第十七話 四面楚歌
数は十六人。衛士達を相手に稽古しているときよりもずっと数が少ない。圧倒的に楽な状況のはずだ。だが、時雨はなかなか、相手を倒せずにいた。
――なんだ? こいつらは……攻撃が想像以上に重い
そう、一発一発が衛士団達よりもはるかに重い、だが、動きはそれほど速くは無いので半分以上は捌くことがなんとか出来ている。
動きは遅い。戦い方もどこか素人くさい。なのに、何故か倒しきれない。
――薄気味悪いな。ゾンビか? こいつらは……
ちょうど、そんなことを思っていたら、先ほど後ろのドアが開いた。
見ると、そこには樹達がいた。
――あの馬鹿共め、やっぱり来たか……ちょうどいい
前を向き直し、相手のリーダー格と思しき男に話しかける。
「おい、いい加減に諦めたらどうだ? 援軍が来たぞこっちは」
「何を言っている。さっきもあの者達に言ったが、こちらは十六人だ。貴様ら、五人でどうにか出来ると思っているのか?」
相手は余裕の表情だ。まあ、当然だろう。だが、こちらも引くことは出来ない。
「お前、十六人程度でいい気になるなよ。私は常日頃これの倍は相手にしている」
「ほう! ならば、やってみるがいい」
目の前の三人が細長い角材のような物を持って、こちらに向かってくる。剣を構え直し、迎え撃とうとする。
その間に、両脇から二人ずつ、やってくる。
――疲労が溜まってきている、全員捌けるか……?
まず、目の前の三人を横に薙ぎ払う。一瞬停止する。そして、左側にいた奴を勢いに任せて剣で叩き落す。後一人、だが時雨は背中を向けた状態だ。
――間に合わない……!
また、攻撃を受けてしまう……そう、思った時、五人目が横に吹っ飛ばされた。
「なんだ?」
急いで振り返る。そこには、龍太が立っていた。どうやら、跳び蹴りをやったようだ。普通は当たらないはずだが、相手がこちらに集中していたおかげで、龍太が近づいていたことに気付かなかったようだ。そして、よく見ると、樹と空も周りの近くにいる敵から殴りかかっていた。
「お前ら……」
「何やってんだよ? 時雨さんの実力ならこいつら瞬殺だろ?」
龍太が時雨の脇に立つ。まだ使っていないようだが、背中にはルーン武器も背負っている。時雨は溜め息混じりで説明する。
「いやな、こいつら妙だ。動きも武器の構え方も完全に素人だ。少なくとも、うちの衛士団の連中でこんなに素人みたいな奴は一人もいない。だが、一発一発が重い。振り方見てもそんなに力が入っているようには思えない。大体、あんな角材みたいなものでそんなにダメージが入るはずが無い」
「じゃあ、なんで……?」
龍太が聞き返す。
「分からない。はっきり言って、意味不明だ。何か秘密があるのは明白だが、何かは全く分からない。いや、嘘だ。もしかしたらと思っていることはある。だが、現実的じゃない。ありえない。いや、信じたくないと言ったほうが正しいか……。どちらにせよ、目の前の糞共を叩き潰さなきゃいけないことには変わらないがな」
「もしかしたらって……?」
龍太がさらに聞き返すが、時雨は答えない。変わりに、周りを見渡す。状況はあまり良くない。唯一の救いはこいつらがド素人なので致命傷は避けられていることだ。なんとか、打開できないものだろうか……?
――こいつが使えれば……、いや、本来使うべきではない。
背中の大きな武器、時雨は使いたくてしょうがなかった。この状況を打開するには必要だろう。だが、衛士団長として、悩みもしていた。
――たいした武器も持たない奴相手にこんな大量破壊兵器の一種を使うわけには……だが、あいつらは悪党だ。気にすることは無いとも思う。どうするべきか……。
悩んでいると、脇から声が届いた。
「時雨さん、あれ使っていいよな?」
龍太の突然の確認に急に力が抜けた。
――そうだったな。気にすることは無い、奴らは悪党だ。人権なんてものは最初から存在していないようなものだ
「……まあ、そうだな。ははっ、悩んでた自分が馬鹿みたいだ。……使え、思い切り叩き潰してしまえ」
その答えを聞いて、龍太がニヤッとする。
龍太が空に向かって、言葉を送る。
「おい! 空! 時雨さんの許可が出たぞ!」
「マジか!? これで思いっきり行けるな」
空が敵と取っ組み合いになりながらも龍太に返事をする。
――何考えてるんだか……あいつは……私も
「じゃあ、私も行くか」
四人とも背中に背負った布を剥がし、ルーン武器を構える。樹だけはただのハンマーだが。
――ルーン武器『ing』。持ち主に強運をもたらす能力……
「どれほどのものか見せてらおう!!」
相手も既に立ち上がっている。こちらは四人、空に四人、龍太に四人、樹に三人か。
「おいおい! どうした? 急に威勢が良くなったな? 何か策でもあるのか? この数を相手に」
向こう、リーダーと思われる男が面白そうにこちらへ問いかけてくる。反吐が出るので無視することにした。
「おいおい、無視かよ。ふん、まあいい。精々楽しむがいい」
やはり、徹底して無視だ。
まずは、この杖状の武器を横に振る。右から一人目と三人目のが脇腹を直撃した。残りは身を引いて回避した……が突然足を滑らして尻餅を付いた。よく見ると、微妙に足場が濡れていたようだ。
「何だ? 足場が濡れてたのか? 運が悪いぜ」
滑った男の一人が悪態を付いた。時雨は自分の武器を見た。
――運が悪い……か。こいつのおかげか……?
「悪態付いてる暇あるのか?」
悪態を付いた男に一瞬で近づき、腹に足を蹴り込む。すると、相手は勢いよくむせて突っ伏した。
その間にさっき、避けた一人が角材を振り下ろしていた。
「馬鹿が」
時雨は『ing』を軽く引き、柄の部分を振り上げた。だが当てるつもりは無い。避けさせるつもりでやったのだ。何故なら、一歩引いた隙に体勢を整え、強烈なのを叩き込もうと思ったからだ。だが、しかし、それは叶わなかった。案の定、男が直前で顔を逸らしたせいで当たらず、不発に終わった。しかし、勢いで男が一歩引き、追い討ちを掛けようとした時雨を迎い討とうと武器の角材を握りなおしたところ、何故かは分からないが、角材が腕からすっぽ抜けてしまった。おかげで何も無いものを握った状態で素振りをしてしまった。
「貰った!」
時雨さんが『ing』の頭を男の鳩尾に思い切り叩き込み、悶絶させる。
「さて、残りの二人、本気でかかってきな」
●
空は、『TH』を構えた。
相手は四人。複数人を相手にするのは初めてで緊張が走る。
――大丈夫だ。俺は、ルーン武器所持者とも戦ったんだ。
自分を無理やり納得させ、心を落ち着かせる。
相手も、角材を持ち、前方から四人一斉にこちらに向かってきた。
「――拘束せよ」
まず、真正面の一番こちらに近い男をその場で硬直させた。
「!? 何が起こった!?」
男たちは急に仲間がその場で固まったので混乱したようだ。だが、すぐに気を取り直して、空の方へ向かってきた。
「どうやったのかは知らないが死ね!」
角材を振り抜いてきた。
「死ぬのはてめえだボケ!」
「――拘束せよ!」
さっきの男の拘束を解き、瞬時に角材を振り抜いてきた男を硬直させた。
そして、そのまま『TH』を男の腹に思い切り振り切ってぶつけた。
男は吹っ飛ばされ、倒れこみ、悶絶した。
「どうなってんだ!?」
男たちから動揺の声が漏れる。
「お、お前何をしたんだ!?」
男の一人が挙動不審な様子で問いただしてきた。
「教えてほしいか? ん? じゃあ、教えてやんない。教えて欲しかったら俺に勝つんだな」
「死んだら聞き出せないだろうが!!」
男がイライラした様子で言い返してきた。煽りには弱いようだ。
そして、その間、空は残りのうちの一人を硬直させていた。
「ぐ……離せ……!!」
男が必死にもがいて動こうとするが動けない。
そして、空は距離を詰め、硬直させた男をルーン武器で殴り飛ばした。
「だったら、死なないように手加減するんだな。もちろん、俺は手は一切抜かないからな。こっちはお前らが死のうが損無いからその必要性が無いからな」
男が唇を噛み締めた。
「この、外道め……」
男が悔しそうに吐き捨てる。
空は、溜め息を付いた。
「はあ、お前が言うな」
●
――やばいな、これ。俺死ぬかもな……
樹は、圧倒的劣勢を強いられていた。
何故なら、一対三というこの状況に加えて、空や龍太、時雨さんと違ってルーン武器を持っていない。それは、武器によって戦力差を埋めることが出来ず、一対三というこの状況がそのまま、力の差ということになるからだ。
今、樹は自身の前方以外、左右と背後を囲まれている。逃げ場は一箇所だけ。だが、そこはこの廃工場の奥、そこはボスと思われる男がいる。つまり、実質的な逃げ場は一箇所も無い。かなり、危ない状況だ。
しょうがないので、樹は後ろを振り返り、ハンマーを思い切り男に向かった振り下ろした。
「おらあ!!」
だが、それを軽々と避けられてしまった。そして、両サイドから強烈な一撃が二つ、背中を強打した。
「がはっ……」
樹は倒れ込み、むせ返った。全身が痛い。もう逃げ出したい。
その様子を見た、樹の敵の男の一人が嘲笑った。
「よくそんなんでここに乗り込んできたな」
――やっぱり駄目だ。俺には無理だ。空達とは違う。勇気も力も無い……。俺、死ぬのかな




