第十五話 浅川優希
キタコレ
案内役の女性、その人がまさに捜し求めていた浅川優希だった。
樹は、驚きを隠せないでいた。まさか、同じ宿屋にいたとは……。しかし、何故あの宿屋にいたのか? 疑問はあるがそれよりも重要な話題が今目の前にある。
「え? あなたが浅川優希さん……? すいません、失礼ですが本当ですか?」
まず、樹が確認を取る。無いとは思うが、なりすましがあってはまずいからだ。
「ええ。正真正銘、私が淺川優希です。後ろにいるのが私の父、淺川秀樹です。そうだよね? 父さん?」
浅川さんが後ろいた父親に話を振った。父親はと言うと、一言だけ、『ん? ああ』とそっけない返事をした。まだ口だけだ、これだけでは正直な所、本当かどうかは分からない。親子でグルの可能性は無くは無いからだ。
――どうやって、本人であることを確認しようか……?
樹がそんなことを考えていると、後ろの方から樹の悩みを解決する一言が飛んできた。
「そこの女は間違いなく、淺川優希だ。私が保証する」
時雨さんだ。しかし、何故確証できるのか?
「どうして分かるんですか?」
時雨さんにそう聞き返すと、樹の両脇にいた空と龍太が口を揃えて樹を馬鹿にした。
「お前馬鹿だろ…………あれが誰だか分かってんの? むしろ、疑問なのは時雨さんが何故、手助けしてくれたのかだ」
「何が……あ!」
そこまで言われて、初めて気が付いた。
確かに、時雨さんは衛士団の人間だ。別に、淺川優希のプロフィールを知ってても不思議ではない。だが、基本介入不可のはずだ。疑問はあまりにも尽きない。
「まあ、お前らあまりにもとろいからサービスだサービス。もう二度としないぞ。さっきの宿屋の件もサービスだ。私は知ってたからわざと声を掛けた」
時雨さんがそこまで説明すると、今度は浅川さんが口を開いた。
「そうだったんですか……。薄々感付いていましたけど、やはり、あなたは衛士団長の霧島時雨さんですね? 今は普段着のようですけど、顔はそのままですもんね。あなたくらいの有名人なら顔は知ってますよ」
「そうか。それは光栄だ。で、本題に入るが、この馬鹿共の話を聞いてやってくれ」
浅川さんの視線が時雨さんから樹達三人に注がれる。緊張で汗が出る。
樹が代表して浅川さんと話す。
「浅川さん、これから話すことを真剣に聞いてください。浅川さん自身にも深く関わることです」
「はい、なんでしょうか?」
浅川さんが返す。
「私達は、今とある目的のためにある物を探しています。それを、浅川さんに譲ってもらいたいのです。もちろん、浅川さんが持っているものです」
「”ある物”とはなんですか?」
「ルーン武器。……知っていますね?」
樹の全身を汗が流れる。嫌な汗だ。それとは対照的に、浅川さんはいたって冷静に穏やかに返答する。
「ええ、知っています。巷で有名な大量破壊兵器ですよね。それがどうかしたんですか? そして、どうしてそれを私の所に求めに来たのですか?」
「貴女は、ルーン武器『W』を所持している。出来ればそれを私達に預けていただければと思います」
そこまで言うと、浅川さんは深く溜め息を付いた。
一度視線を落とし、数秒の後、また上げて樹をまっすぐに見た。
「やはりそこまで、知っていますか……。個人的にはルーン武器は重荷なので変換して構わないのですが、その前にいくつか質問して良いでしょうか?」
「出来る限り答えます」
「まず、一番重要なところから。あなた方はどうして、ルーン武器を集めているのですか? また、どれくらい集めてるのですか? 二十四あると言われている全部ですか? それとも、私のだけですか?」
いきなりの核心を突く質問に樹は息を呑む。龍太と空が固唾を飲んでいるのがなんとなく分かる。
――さて……本当の事を言ってしまっても大丈夫なのだろうか……?
そっと、時雨さんの方を見ると、わずかに頷いた。
――教えてもいい……か
「…………霊夢って知っていますか?」
ゆっくり且つ慎重に尋ねる。
「知っていますが、それと今の質問と何の関係が?」
「実は、国王が霊夢と思われる現象で世界の滅亡を予知しました。そして、それを防ぐには、世界中に存在する全てのルーン武器が必要であることも分かりました。つまり、世界の滅亡を回避する為、それがルーン武器を集める理由です」
「にわかには信じ難い話ですが……」
浅川さんは、樹から目を外し、後ろの時雨さんを見た。明らかに疑いを持った視線を時雨さんに向けている。実際、急にこんな話を聞かされて信じろと言う方が無茶だ。樹達は、国王から直接話を聞いたから、一応は信じられたものの、今、ここで樹が逆の立場だったら、間違いなく信用していない。それは、空と、龍太も同じだろう。
今、浅川さんが時雨さんに視線を向けて、樹の話の真偽を確かめようとしているのだろう。士団長の言うことならある程度の信憑性があるからだ。少なくとも、どこの誰だか分からないような子供が言うよりマシだ。だが、時雨さんは基本介入不可だ。どう答えるのだろうか。
「安心してくれ。こいつらが言っていることは全部本当だ」
意外にも、時雨さんが手助けをしてくれた。朝といい、どういう風の吹き回しだろう……?
「衛士団長のあなたが言うのなら本当なのでしょうね。まだ半信半疑ですが、世界が滅亡すると言う話は一応信じましょう。ではもうひとつ質問をします」
浅川さんの視線が樹に戻る。
「あなた方は今、いくつルーン武器を持っているのですか?」
「三つです」
「つまり、私がルーン武器を渡せば、極東のルーン武器は全部、集まるということですね?」
「はい」
「大体の話は分かりました。ですが、今はまだルーン武器をお渡しすることは出来ません。今日のところはお引き取りください」
拒絶された。理由は分からない。
「ですが……」
食い下がろうとする。だが、結論は変わらない。
「二度は言いません」
これ以上は話が進展しないだろう。やむなく、何も収穫の無いまま浅川宅を出ることになった。
●
「ルーン武器所持者は見つかっても何も得られないままか……」
時雨さんが溜め息混じりに言った。
「何で、ルーン武器を渡してくれなかったんだろう……」
樹が肩を落とす。初めての交渉は決裂し、何も成果は得られなかった。
はじめの一歩が大失敗となってしまった。これは、精神的にかなり傷を負う。これから先のこともたくさんあるのに、一歩目から挫折しかけてしまっている。
「まあ、理由はよく分からんが、明日また訪れよう。時間はまだある」
龍太が樹の肩に手を置いたが、邪魔なので振り払った。
「そうは言っても、後四日だ。このまま、拒否し続けたらどうする?」
時雨さんが、そう問いかけてきた。
「四日も交渉し続けたら精神が折れるんじゃないですかね? そうすれば、諦めて渡してくれるんじゃないですか?」
空が、そう言った。
だが、時雨さんは首を横に振った。
「それは分からないな。でも、なんで自分でも重荷と言っていた物をしかも、世界を救うためと言う理由があるにもかかわらず、渡すのを拒んだのか? 心の整理でもしたいのか? それだったらいいが別の理由でもあるのか?」
「どうなんですかねえ……」
居つきも頭をかしげた。
「とりあえず、明日まで待つかしかないだろう。昨晩泊まった宿屋に戻るぞ」
「そうですね」
昨晩泊まった宿屋にまた戻ることになった。
●
「なんで、ルーン武器を渡すことを拒否した?」
「まだ、心の整理が付いてないだけ。明日には渡すつもり」
「そうか……」
続けて父親が言葉を作る
「お前、一年前に俺からルーン武器を渡された時、どう思った?」
「それは、ビックリしたよ。都市伝説くらいにしか思ってなかった物を自分の父親が持っていたんだから」
「まあ、それもそうだろうな。俺も、母親から渡された時は遂に頭がいかれたかと思ったもんだ」
「全く酷いね」
「はは、そうだな。世界はもっと酷い状態らしいがな」
「そうだね……」
「どうなることのだろうな……」
●
次の日の朝、突如異変が発生した。
朝、騒々しくて目を覚ますと、誰かがドアを強く叩いていた。
時雨さんが樹達の方を向いて口に指を当てて、そっとドアに近づいた。
すると、ドアを叩いていた人が大声で語りかけてきた。
「頼みます!! 助けてください!!」
聞き覚えのありすぎる声が響いてきた。
「!? どうした!? とりあえず中に入れ!!」
時雨さんが慌ててドアを開けると、声の主がなだれ込むように中に入ってきた。
「おい! どうした? 何があった?」
時雨さんが、声の主を落ち着かせてから、何があったのか聞いた。
「私のお父さんが……」
息を呑む四人。
「何者かにさらわれました……」
衝撃の展開が待っていたのだった。
親父酷いです




