第十四話 鍛冶屋の名
やっと書けたぞ。女……
八月十五日の午前三時。
樹たちの寝室、空は早くに目が覚めてしまった。理由は、間違いなく時雨さんの拷問で体中痛くてうまく寝付けなかったからなのだが、仕返しできないのがどうも悔しい。
――世界滅亡か…………
「本当に今年の年末に末世が訪れるとは……。冗談のつもりが本当になるとはな」
空が小さく呟く。
そして、天井に向かっていた顔を起こし、上半身を上げ、軽く伸びをする。もう一度寝ようにも、目が覚めてしまって、二度寝は出来なかった。しょうがないので、外の空気を吸いに行くことにした。
まだ誰も起きていない様なので誰かを起こさないように、そっと歩き、ドアを開け、静かに出て行った。
外に出ると、まだ日が昇ってなく薄暗い。周りには風は無いが、夏の暑さが少し抑えられていて、どこか気持ちがいい。
空は大きく深呼吸をして、十分程ここで空気を吸ったら戻ることにした。
「ルーン武器回収か……急にワールドクラスの厄介事をやる羽目になっちまったな……」
誰に話しかけるでもなく、空を仰いだ。
「全くだな……何もかも厄介事だ」
ふと、後ろのほうから声がかかった。後ろを振り返るとそこには、眠たそうにしながらこちらに来る樹の姿があった。どうやら、彼も途中で目を覚ましてしまったようだ。
「どうした? 寝れないのか?」
空が聞き返すと、樹は半笑いで返した。
「ああ。どうにも、時雨さんの拷問が体に響いてる」
「はは、俺もそうだ。あの人、容赦無いからな…………」
それきり会話が途切れる。空と樹の間で沈黙が生まれる。
「俺さ…………」
樹が空に一言だけ呟く。その先の言葉が無い。何とでも取れるような言い方だ。
「どうした?」
空が聞き返す。
だが、樹は首を横に振った。
「いや、なんでもない」
「なんだ? 言いたい事あるならはっきり言えよ」
「いや、なんでもないよ」
「あそ…………」
また、二人の間に沈黙が生まれた。
二人は黙って空を見上げていた。
「明日も早いだろう。そろそろ戻ろうぜ、寒いし」
「お前、寒がりだもんな」
「うるさい」
樹と空はそのまま宿屋に戻って、再び眠りに付いた。
そして、朝を迎えた。
●
「よしお前ら、今から戦場へ行く!」
朝の七時、時雨さんが部屋で戯言を言っている。関わるとろくな事が無いし、今はそんな暇は無い。空達は全力で無視してチェックアウトまで準備をすることにした。
「樹! お前、荷物こっちまで侵食しすぎだ! さっさと片付けろ!」
空が自分の周囲にまで広がってきている樹の荷物を指差し、怒鳴りつける。
一方、龍太は荷物の整理すらしていなかった。
「ぎゃあぎゃあうるせえぞ! 黙って支度できねえのか!?」
今度は龍太が言い返す。
「お前も黙れ! 十九にもなって静かに支度できないのか!? また死にたいか? ああ?」
時雨さんまで、参戦してきた。これはまずい。だが、徹底して無視を続ける。面倒なので。
「誰だ!? 俺のバッグにポテチの袋入れたの! というか、こんな物持ち込んでんじゃねえ!! 修学旅行じゃねえんだぞ!!」
空が喚く。
そこに、ニヤリとした龍太が近づいてきた。
「あれ~? どうしたのかな~? 修学旅行気分の人がいませんかねえ~?」
「てめえか!! 殺す!!」
空と龍太は取っ組み合いを始めた。だんだん収拾が付かなくなっていった。
樹は徹底して黙々と片付けている。自分だけは巻き込まれまいとしているのだろうが、空と龍太が見逃すはずも無い。
「おい! 樹! てめえも人の荷物に侵食してないで、さっさと片付けろ! 出来ないなら
、今から、ポテチの空袋と空が鼻を咬んだティッシュ、さらに俺のいろいろやばいゴミを叩き込むぞ!!」
「あ? 調子に乗ってるとぶっ飛ばすぞ!?」
樹が冷たく言い放つ。だが、空と龍太もヒートアップして言い返す。
「あ? やれるもんならやってみろ!! バーカ!!」
三人で取っ組み合いになった。さらに、その一分後、時雨さん参戦。
事態は軽く小規模の戦争状態になった。終始、時雨さんの無双状態だが。
収まったのはそれから十分後、周りの苦情を聞いて、様子を見に来た宿屋の人に鉄拳制裁で四人が沈んだ時だった。時雨さんも一般人には手を出せないようだ。空達も一般人のはずだが…………。
そして、ものすごく怒られた後、静かにチェックアウトまでの準備をさせられた。
●
「ったく……、宿屋を出るのにも一苦労だぜ」
宿屋のロビー、出口の前、空が悪態を付く。その言葉に、他の三人は呆れ返るのみである。
「お前が悪いだろう」
「お前が馬鹿なのが悪い」
「貴様らは少し静かにしろ」
「あんたもだよ!!」
最後の最後、トンデモ発言が出たので落ちは付いた。
チェックアウトを済ませ、一行が宿屋を出ようとした時、後ろから声をかけられた。
振り返ると、女性が立っていた。年齢は樹達より少し上、肩にかかるくらいの黒髪、端整な顔立ちの人だった。
「あなた達、朝、ものすごくうるさかった人達よね? みんなすごい迷惑してたよ?」
「はあ、どうもすいません」
とりあえず軽く会釈してから、そのまま去ろうとした。
だが、時雨さんがそのまま、女性に聞き返した。
「朝方は迷惑を掛けてしまって申し訳無い。ところで、我々はとある人物を探しているんだが、何か知ってないか? 浅川優希という人物なのだが……」
空達はちゃっかり人探しをする時雨さんに感心した、何かルール違反している気がするがこの際はあまり気にしない。後で聞けばいい。
時雨さんが尋ねてみると、女性は一瞬びっくりした顔になり、すぐに表情を戻した。
「淺川優希か……。私なら知っているよ。見てたから知っているけど、君達もチェックアウト済ませたようだし、私もチェックアウトしたところだから、案内しましょうか?」
空達の表情が明るくなった。やっと、一つ手がかりが掴めた
「それはありがたい。ぜひ頼む」
時雨さんと女性がお互いの顔を見て意味ありげににっこりと笑った。
そして、四人で宿屋を出た。
●
「へえ、君の家は鍛冶屋をやってるのか」
樹は、時雨さんと案内の女性の会話がすごい弾んでいるのを少し離れたところから聴いていた。
宿屋を出た後、時雨さんがすぐに案内の女性とものすごい勢いで喋り始めた。出身、趣味など語り合って、その後、家の話になった。樹にとって、あまり興味も無く重要な話でもない。だが、聞き耳を立てていた。もちろん、興味は無いものの女同士の会話というのも聞いてみたいという気持ちもある。だが、一番の目的は……
――似ている……
おそらく、思い違いだろう。いや、思い違いだと思いたい。樹はそう考えていた。もし万が一、思い違いではないのなら…………この先に、想像も付かない重大な何かがあるだろう。どちらにせよ、今すぐ分かることでもない。今は、何も考えないことにした。
「父は、『鍛冶屋って言うな!! 錬成術師の家系だぞ!』ってうるさいんですけどね。錬成術師なんてもう廃れているのに」
「錬成術師か……。あれも、謎の存在だよなあ」
「そうですね。大昔、精霊戦争の前には少なくとも錬成術、あらゆる物質を瞬時に超強化、超弱化する力があったとかって話ですけどいつの間にかその技術は失われていて、今では殆どの錬成術師の家系はただの鍛冶屋と化していますね」
「そうだな……歴史書には錬成術消失のタイミングが一切記載されていないが、精霊戦争以前の歴史書には明確に錬成術師の存在が明記されているな。歴史の謎のうちの一つだ」
時雨さんは溜め息混じりでそう語った。案内の女性も頷いている。
そして、時雨さんが別の話題を振った。
「まあ、そういう話は置いといて君はさ……」
また、二人で盛り上がってしまった。
樹もまた、二人の後を付いていくようにして、自分の世界に閉じこもった。空と龍太はとっくに外との接触を遮断していた。完全に一人モードだった。樹は、何も考えることをやめ、無心状態に入った。
●
それから、三十分ほど歩いた後、小さな作業場……と言っても、普通の一軒家よりは大分でかいのだが、鍛冶屋っぽいところに付いた。ここが淺川優希の家なのだろうか。むしろ、案内の女性の家に見える。
「着いたよ。ついてきて」
女性が一言だけ言うと、作業場に入っていった。それに続いて、樹、空、龍太が横一列に並んで付いていき、その後ろを時雨さんが付いていく。
奥まで行くと、女性がこちらに振り返った。その後ろには父親と見られるおっさんが剣を打っていた。カキーンカキーンと高い音が響く。
「ここが淺川優希の家です。そして、私の家でもあります。つまり、私が淺川優希です。では、聞きます。私に何の用でしょうか?」
衝撃の、そして突然の出会いだった。
よし来た。だんだん展開加速していきます。




