第八話 Turning point
新章突入です。
第八話よろしくお願いします。
八月七日午前十時。
あの激戦から一週間が過ぎた。
未だにあの時の感覚が消えることはない。
手にはあの時の激戦の感覚が残っていた。拳を握ると、手に汗を握るような感覚がある。
あれから、病院で診察をしてもらったが、樹も空も、一番容態が心配された龍太も酷い外傷は無かった。三日から四日程度で怪我も全て完治した。石田と緑川が油断していたおかげでこの程度で済んだそうだ。
樹はベットから体を起こすと、いつもと変わらない平凡な日常にいつものように苛立ちを感じ始めていた。
ベットから降り、最早、追い返すのも面倒になり、苛立ちの原因は全力で無視する事に決めた。
まずは朝飯を食べる為、冷蔵庫を開けた。
牛乳を取ろうと冷蔵庫のポケットに手を伸ばす。だが、牛乳は手に入らなかった。
なぜなら、本来置いてあるはずの牛乳は無く、そこには大量の炭酸飲料が置かれていた。
樹はひとまず落ち着こうとした。
ポケットから視線を外し、今度は真正面の冷蔵庫内の三段ほどの棚を見た。
そこには、買った記憶が全く無い、トマトやらきのこ、その他の樹の嫌いな食材が大量に投入されていた。さすがに、そろそろ我慢の限界だった。
冷蔵庫に視線を当てたまま、声を上げる。
「おい! お前ら、集合!」
部屋全体に聞こえるように大きな声で言うと、声が二つほど返ってきた。
「おっ、やっと起きたか。遅えなあ」
「いつまでも寝てやがって、どうしたらそんな寝続けられる?」
相変わらずの返事に樹は無視する。
「いいか? ここに集合だ」
二人は『なんだ?』とか『どうしたどうした?』などの怪訝そうな声を出して樹の下にやってきた。
樹がそれを確認すると、冷蔵庫を指差した。
「これについて、何か言う事は?」
炭酸飲料を一つ手に取り、相手を睨むように見る。
だが、相手にはなんの効果もない。
「あー、それね。俺達の今日の飲食だよ、余った分は差し入れとしてくれてやる」
「へえ、差し入れねえ……。お前らには、俺が炭酸飲料が苦手な事、話している筈なんだが……俺の勘違いだったかな?」
「いいや。お前は確かに、炭酸飲料が苦手だったな」
一言では言い尽くせない究極の馬鹿、龍太が、何故か否定に入る。
樹は自分を落ち着かせ、極めて平静を装い、相手に聞き返す。
「ん? じゃあ、何故炭酸飲料を持ってきたんだ?」
「はあ? 分からないか? 俺と隣に馬鹿、空は今日、お前の家に泊まりに、もとい、侵略する。そして、お前の家に来るにあたって、俺達はお前に対して、泊まりに来る代わりに何か差し入れを持ってきたという言い分が成立し、尚且つ、俺らはお前なんかに食べ物一つやりたくは無いという感情を満たす必要がある。ここまで言えば後は分かるな?」
「ああ。お前らがどうしようもないキチガイで今すぐに拳で鉄拳制裁した方が良いということだけは分かった」
樹は拳を握り合わせる。
「何を言っている? あの時以来あまり会ってないだろう? せっかくだから今日戦勝祝いをしよう。いいな? こればっかりはお前に拒否権は無い。強制参加だ」
龍太が樹の右肩に左手を置く。
そして、右手で親指を立てる。
さらに空が左肩に右手を置く。
「そうだな。俺ら、ルーン武器所持者に勝ったんだもんな!」
二人の中で随分と自分達に都合のいい解釈がされているようだったが、夢から目覚めさせた方が良いだろう。
「お前ら、少し待て。あれで勝ったとか言うのは都合良すぎる解釈だ。単純に時間稼ぎしただけだし、大体、お前ら終止ボコられてたじゃねえか」
すると、空が反論してきた
「何を言っている? 生き残った時点で俺達の勝ちだろう。こんな素人相手に十五分もかける方が悪い」
「そうだな。元々、時間稼ぎのために戦いに行ったわけだしな。目的を果たしたわけだから俺達の勝ち。そして、あいつらは捕まった。今頃、牢屋にでもいるんじゃないのか?」
龍太が口を半開きにしておかしそうに笑った。
「まあ、そうだろうな」
それには樹も同意する。
……だが
「お前らは、分かりやすくすぐ話を逸らそうとするのはやめたほうが良いんじゃないのか? はい、お前らそこに土下座。今すぐな?」
樹が二人に命令する。
だが、そうも行かなかった。
二人は毅然と立ち、樹を睨む。
「お前、随分な物言いだな? 友人二人を見捨てようとした奴の言う台詞じゃあねえよな。この程度の嫌がらせで済ましてんだからありがたく思えよ」
「ちっ! だが、お前ら帰る時には全部持って帰れ。でなきゃ、お前らが帰った後に全部処分する」
「ふん。まあいい、ところで……」
空が樹に話を振ろうとしたとき、ドアのインターホンが鳴った。
それを聞いて、樹が玄関に向かう。
「ちょっと待ってろ」
玄関まで歩いていき、ドアを開ける。
すると、そこには一人の身長の高い見覚えのある女性が立っていた。
「やあ、樹君。久しぶりだな。まあ、用件は言わなくても分かるだろう。怪我も順調に治ったようだし、今から大丈夫か?」
樹はしばらく唖然として、言葉を口にすることが出来なかった。
ちょっとして、ハッとした様に後ろを振り向き大声で龍太と空を呼んだ。
二人は、『何だ?何だ?』と言って、玄関までやってきたが、玄関の先に立った女性を見て、樹と同様にその場で固まってしまった。
その様子を見て、女性がニコッと笑い、手を横にして縦に振った。
「まあまあ、そんなに堅くならないでくれ」
そこまで言われて、やっと樹が口を開いた。
「堅くならないでくれって言われても無理ですよ、そんなの。何で衛士団長がいるんですか!?」
そう、そこには一週間前に樹達が緑川達との戦いで遭遇した衛士団長がいたのだ。
今日は、どこかの遊園地にでも遊びに行くかのような、かなりラフな格好をしている。衛士団長ともあろうものが平日の昼前にこんな姿で現れたことにも驚きだった。
「まあ、さっきも言ったが、聞かなくても分かるだろう? どれくらいで準備できる?」
「え……いや、何が必要ですか? その、あんまりそういう場所行った事無いんです」
樹が遠慮がちにそう言うと衛士団長は大きく笑った。
「ハハハ、何、別に私服じゃなくてスーツでも着てくれればそれでいい。私たちも君達がそんな大層な身だしなみが出来るとは思っていないよ。龍太君、空君。君達も準備できるかな? 一旦、自分の家に戻って準備してきてくれ。どのくらい時間が掛かる?」
龍太と空は、突然話を振られて困惑した様子だった。
「え、あ、三十分もあれば着替えて戻って来れます」
「では、すまないが今すぐ行ってきてくれ」
「は、はい!」
龍太と空が大慌てで家の外に飛び出していった。
二人がいなくなったのを見て、樹が衛士団長に声をかける。
「あの、出来れば立ってるのもなんですから、中に入ってくつろいでください」
「ああ、そうさせてもらうよ」
そう言って、靴を脱いで、遠慮なく樹の家に入っていった。
そして、樹が手招きをして、ソファーに座らせた。
樹は、自分の部屋でスーツに着替え、その後、樹は脇で立っていたが、衛士団長に座る様に促され、最初は断ったが、二度三度と促されたのでやむなくテーブルを挟んだ向かい側のソファーに座る事にした。
「さて、そう言えば、自己紹介がまだだったね? 龍太君と空君にも後で自己紹介するとしよう」
「私の名前は、霧島時雨。この国の首都、つまりこの町にある、城及び、この国を警備する衛士団の団長をやらせてもらっている。年齢は……まあ想像に任せよう」
「改めて自己紹介します。俺の名前は大神樹です。今年十九歳で大学一年生です」
樹が自己紹介の後に軽く頭を下げる。
そして、頭を上げると、霧島さんが言葉を続けた。
「改めてよろしく。君や君の友人、龍太君と空君も一週間前の出来事以来、城内でも噂になっているよ。『大人にも負けない勇敢な子供達だ』ってね。皆して将来有望だといっているよ。もちろん私も君たちのような勇敢な者にぜひとも衛士団に入ってもらいたいと思っている。まあ、必ず入れるというわけじゃないけどね。基準もそれなりに厳しいしね」
「いや……衛士団なんて、そんな大層な事はしてませんよ」
樹は苦笑いで否定するが、霧島さんは首を横に振った。
「いや、そんな事は無いよ。あの状況下で敵に立ち向かっていき、そして、全員たいした怪我もなく生き残った。普通では出来ない事だよ」
霧島さんはそう言ってくれたが、樹はこの言葉が胸に突き刺さった。
樹は最初、空と龍太を見捨てようとした。
だから、霧島さんの言葉が重く樹を刺した。
樹の顔がほんの少しだけ俯いた。
「はは、そうですね…………」
「どうした? もっと自分に自信を持ったらどうだ?」
「…………はい」
何とか口を開いて返事をした。
霧島さんは怪訝そうな顔をしていたがすぐに別の話題に切り替えた。
「そう言えば、樹君が首から下げてるそれ、ペンダントかな? 珍しい形をしているね」
霧島さんが興味深そうに樹のペンダントを見た。
「ええ。一週間前、緑川たちと会う前に、父から送られてきたんです。家から出てきたからくれるとか言って」
「そうだったのか。なんか、見てると不思議と力が沸いてくる気がする。何か、特別な力があるみたいだな」
「いや、そんなこと無いですよ」
樹は照れくさくなって後頭部を掻いた。
その後も何気ない話が続いた。
「さて、そろそろ、龍太君と空君が来る頃だろう」
すると、インターホンの音が聞こえてきた。
「ちょっと待っててください。今呼んで来ます」
「いや、いい。どのみち、これから城に向かうのだからここを出よう」
「もうですか!?」
樹が驚きの声を上げた。
その声を聞いて霧島さんが聞いてきた。
「用事でもあるのか?」
「あ、いや、無いです」
「そうか」
樹と霧島さんが居間を出て廊下を渡り、玄関に向かった。
玄関のドアを開けると、そこには、スーツ姿でビシッと決めた龍太と空がいた。
随分とスーツの似合わない奴らだった。
「さて、それじゃあ行こうか」
霧島さんはそういうと足早に樹の家を出た。
ちょっと歩いてから、霧島さんが空と龍太に樹に言った様な自己紹介をした。
そして、空と龍太もそれぞれが霧島さんに自己紹介をした。
「ところで、霧島さんってどうして今日はそんなラフな格好なんですか? 今、一応、勤務中ですよね?」
空が慣れ親しんできたのか、こんな質問をした。
すると、霧島さんが照れくさそうに答えた。
「私は、実を言うとそんなに目立つのは苦手というかそんなに好きではないんだ。何故か、鎧を着ていると平気なんだけどね。そして、今はこの国の極東の衛士団長をやらせてもらっている。意外と顔は広いんだ。正装で出てきたら目立ってしまうからね。なるべく、目立たないような格好で来たんだ」
「ああ、そういうことだったんですか」
空が納得行った表情をした。
すると、今度は霧島さんの方が真剣な顔をした。
「今のうちに言っておこう。城に着いたら、おそらく王様と謁見する事になるだろう。そこで、王様にとんでもない事を言われると思うけど何を言われてもひとまずは信じてくれないか? ものすごい突拍子もないことだ」
「なんですか? それ」
「それは今は言わないでおく」
そう言って、霧島さんは硬く口を閉ざした。
そこから会話が途切れ、三十分ほど歩いたところで城門までやってきた。
霧島さんが振り返り、樹たち三人をまっすぐ見た。
「さあ、ここがわが国、極東を統べる城だ。よくぞ、いらしてくれた」
ギギギと高い音を出し、城門が開かれる。
その奥には広い芝生が生い茂る庭が広がり、中央を石の道が突き進んでいる。その石の置くにはさらに大きな扉があり、城に入ることが出切るようになっていた。
霧島さんの先導の下、目の前の大きな階段を上り、脇の廊下を抜け、奥に突き進んだ所に『謁見の場』と書かれた大きな扉があった。
そこで、霧島さんは立ち止まり、ドアの前に立っていた衛士の一人に声をかけた。
「予定通り、大神樹、月島空、西崎龍太の三名を連れてきた。時間とともに中へ案内しろ」
「はっ!」
衛士がビシッと背筋を伸ばし、霧島さんに敬礼をした。
霧島さんはそれを見て、こちらに振り返り、一言だけ
「では私は着替えてくる。あの衛士に従ってくれ」
樹たち三人は各々が返事をして、それを聞いた霧島さんは脇の小部屋へと入っていった。
「君達久しぶりだな」
目の前の衛士が声をかけてきた。
その人は、一週間前に樹たちに駆け寄ってきた男の衛士であった。
「お久しぶりです」
樹たちが返事をする。
「まあ、とりあえず、中に入ったら、なるべくビシッ立って王様の言葉を聞いていてくれ。王様は真正面の大きな玉座に座っているから。何か聞かれたのなら、ゆっくりでいいから大きな声で返事をしてくれ。こんな所を気をつければ大体大丈夫だよ。時間まで後数分ある。それまで待っていてくれ」
衛士さんから注意事項を聞き、三人とも大きく頷いた。
そして、五分が過ぎた頃、衛士さんが樹たちに声をかけた。
「よし、時間だ。中に入ろう」
言うと、目の前の両開きの大きな扉がゆっくりと内側に開いた。
衛士さんが中に進んだので、樹たちも後ろを付いていく。
中ほどまで進んだあたりで、衛士さんが立ち止まり、大きく声を上げた。
「大神樹、月島空、西崎龍太の三名をお連れいたしました!」
そう言うと、一番奥、玉座に座った王様らしき人が右手を軽く上げた。
「ご苦労だった。下がってよい」
「はっ!」
そう言って、衛士さんは脇に下がっていった。横目で一瞬見ると両脇にはたくさんの衛士がずらりと並んでいた。
これだけでだいぶ緊張して手に汗が出てきた。
王様を見ると、身長は高く、目は鋭く、口周りはひげを長く伸ばし、下でまとめている。とても、六十歳には見えないほどしっかりした体付きに見えた。
そして、玉座の脇に、一人の衛士が立っている。おそらく衛士団長の霧島さんだろう。いつの間に入ったのか気になるが。
「さて、楽にしてくれたまえ」
王様は衛士が下がったのを確認してから、正面を向きなおし、樹達に促した。
樹達は気を付けの姿勢のまま少しだけ体の力を抜いた。
「よろしい。ではさっそくだが、本題に入ろうかの」
樹たちが息を呑む。
ゆっくりと、王様が口を開いた。
「大神樹、月島空、西崎龍太」
名前を呼ばれ、思わず背筋を伸ばす。
「どうか、世界を救ってはくれまいか?」
「……え?」
あまりに唐突の発言に三人とも声が漏れ、慌てて口を閉じる。
世界を救ってくれと言われた。どういうことなのだろうか?
樹達三人は口を閉じても顔は困惑の表情が浮かんでいた。
『自分達はこんな所まで来てからかわれている?』そんな風に思った。
王様はそんな様子を感じ取ったのか、さらに言葉を繋いだ。
「突然の事に戸惑っているだろうが、どうか頼まれてくれまいか?」
沈黙。
誰も返事をする事は出来なかった。
質問されたら答えるようにとは言われたが、これを素直に答えれる人間が果たしているのだろうか? 疑問である。
が、相手は王様だ。何かしら答えは返さなくてはいけない。
「…………答えられないか。まあ、仕方あるまい。ならば、こう言い換えよう」
「お前達三人で世界を救うのだ」
お願いではなく、命令が出た。
王様から、こう言われた以上、断る事は出来ない。
ただし、気になることがある。
「王様、恐れながら申し上げます。世界を救うって具体的にどうすればいいんですか? そして、どうして滅ぶんですか?」
樹が代表して王様に質問した。
「世界を救う方法はただ一つ。それは――」
息を呑む。一瞬の沈黙。
「世界中のルーン武器を一つに集まる事」
「!?」
樹たちに動揺が走った。
ルーン武器を集める事で世界を救う事が出来ると言ってきた。
全く理解が追いつかない。どういうことなのか?
王様はさらに命令をした。
「そう、世界を救う為に――」
「世界中に散らばったルーン武器を回収しろ」
王様からとてつもない命令がなされた。
樹達の人生は大きく変わろうとしていた。
どうでしたか?
やっとこさ、あらすじの台詞回収できました。
これから、物語は加速していきます。
どうぞよろしくお願いします。




