05. ティーカップは変わらない
1話目を大幅改訂しましたので、もし良かったら1話目からご覧くださいm(_ _)m
フォルテの執務室は、大きな窓から陽の光が入る、とても明るい雰囲気の部屋だった。
アイボリーとダークブラウンでコーディネートされた部屋に置かれている調度品は少なく、直射日光の当たらない所に執務用の大きな机と、その背後にある凄く大きな本棚、おまけに箪笥。それ以外にあるのは、執務机から少し離れた所に敷かれたラグの上に配置された来客用の応接セットだけであった。
だが、これらもやはり、パッと見は普通の調度品だが、見る人が見れば超一流の技工が施された逸品揃いだった。
あの蜂蜜色の髪をした王子がここで仕事をしている優美な様が、目に浮かぶようだ。
「メイ様、どうぞこちらにお掛けください。今、ミルクティーをお持ちいたしますね」
リアノに促された芽依は、応接セットの3人掛けソファーにゆっくりと腰を下ろした。
絶妙なスプリング配置と強度が、座っただけで人を幸せな気分にしてしまう。このソファーといい、実験室の椅子といい、この世界は椅子の完成度に命でも掛けているのだろうか。
ソファーの座り心地に思わず芽依がふにゃっとすると、リアノはその様子に微笑んでから、先程通った扉とは本棚を挟んで反対側にある扉を開けて、奥へと入って行った。どうやらあちらが給湯室らしい。
やる事がない為、ふにゃっとしながらも執務室のレイアウトや窓の外の景色を見ていると、奥の扉が再度開いて、小振りのワゴンにティーセット一式とお茶菓子を乗せたリアノが戻ってきた。
「お待たせいたしました。丁度フィナンシェがありましたので、よろしければご一緒にお召し上がりください」
「あっ、ありがとうございます。いただきます」
にこやかにお茶の用意をするリアノに、芽依は、つい姿勢を正して返事をした。
目の前にテーブルには、フィナンシェの並べられた皿やティーセットが置かれ、ティーコジーを外したポットから鮮やかな紅赤色の紅茶がティーカップに注がれる。
ちなみに、芽依の心を和ませようとしたのか、ティーセット類は全て、芽依も良く知る世界最王手陶磁器メーカーのうさぎさんシリーズで統一されていた。
――わー、400年後でも健在なんだ。さっすが世界最王手!
などと若干明後日な方向ではあるが、芽依の気持ちを解す事ができたのだから、リアノの心遣いは無駄ではなかったようだ。
しかし、ほのぼのタイムが長続きしないのは、世の中のお約束である。
給仕を行っていたリアノだったが、突然猫耳がピクっと動いたかと思うと手を止め、同時に彼女の顔からにこやかさが消えた。笑顔ではあるのだが、気配が怒っている。
どうやら、人間のものより集音能力に優れる猫耳が、何かムカつく対象をキャッチしたようだ。
彼女の変化に、何だろうと思った芽依は、耳を澄ませてみた。
しばらくすると、廊下からバタバタと足音が聞こえ、直ぐに、バンッ! と遠慮の無い音を立てて扉が開いた。
「リアノ、居るのか!? 居るなら実験室にはしばらく入らな……って、あああ~~~~っ!! 遅かったかっ」
声を上げながら部屋に飛び込んできたこの部屋の主――フォルテは、応接セットにてリアノに給仕されている芽依の姿を見ると、がっくりと項垂れた。
王子にしては情けない様子であるものの、一応その身分に敬意を払い、再度でっかい猫を被った芽依は、立ち上がってフォルテに体を向けた。
一方、事前に察知していたらしいリアノは、半眼でフォルテを出迎えた。
「フォルテ様、まずは扉を閉めてくださいませ。そして、きっちりじっくりお話していただきたい事がございます」
「うっ……」
フォルテは、リアノの低い声にたじろぎながら後ろ手で扉を閉めると、芽依の元へとやって来た。
すると、リアノへの説明の前に、まず芽依に話し掛けてきた。
『とりあえず、遅くなってすまない。誰かに見つかる前に色々片付けておこうと思ったんだけど、予想外に時間が掛かって……』
フォルテが日本語――もとい魔法語で話し掛けてくる。
お陰で魔法語能力に問題が無い事は確認できたが、脳が”普段使う言葉”として日本語を認識していない感覚にも気付いてしまい、芽依は返事をするタイミングを逃してしまった。
だが、その事にさっぱり気付いていないフォルテは、次にリアノの方を向いて説明を始めた。
「この子の事は、色々手続きが終わってからお前に紹介するつもりだったんだ。彼女は、その……とある事情で保護した、魔法語しか話せない民族の生き残りなんだ。そんな存在が外部に知られたら、彼女の身が危険になるだろう? だから……」
「? 何を仰っているのですか? メイ様はきちんとした対応をなされる、お小さいながらもご立派な淑女でいらっしゃいますよ?」
「は? きちんとした対応って、どういう事だ?」
意味が分からないと言う顔のフォルテに、芽依は事実を述べた。
「お待ちしている間に、こちらの言葉を理解できるようにしました。勿論、日ほ……魔法語も使えます」
「!?」
すると、驚いた表情で芽依の方を振り返ったフォルテだったが、徐々に相好が崩れ、終いにはあのオタク度満点なキラキラ目になった。できれば見たくない変化だった。
しかし、フォルテはそんな事お構いなしに、芽依の両手を取ると身を乗り出して叫んだ。
「凄い!! 召喚されてからこんな短時間で、しかも独力で言葉に対応できたなんて記録、今までに見た事がない!! 本当に、キミは凄い逸材だよ!!」
興奮のあまり、ケロッと真実を暴露してしまったフォルテ。先程同じ口から出たインスタント設定が台無しである。
それは同時に、妙に主に対して強気な猫耳侍女の鎮まりかけていた心を、再度荒ぶらせる事となった。
「……今、“召喚”と言う、本来我が国では禁止されている行為を指す言葉が聞こえた気がしましたが、気のせいでございますよね?」
リアノの冷ややかな言葉に、フォルテは、氷水をぶっかけられたかの様に一瞬で凍りついた。勿論、芽依から手は離している。
どうやら、この国では禁忌とされている召喚を、この残念王子はやらかしたらしい。
キャラが残念になればなるほど、筆が進むという不思議。