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03. きっとそれが原因

「えっと、話を戻しますね。電気が無くなった理由がナノマシンだって事は分かりましたけど、じゃあ、魔法はどこから来たんですか? どうすれば使えるんですか?」


 舞台背景は何となく分かったものの、“今”に役立つ知識をまだ得ていない事に気付いた芽依めいは、言いながら机の上にアール――正確には日記帳――を置き、自身も脇にあったなだらかな意匠の木造り椅子に腰掛けた。

 絶妙なカーブで接触面にかかる負荷を分散させている為、木とは思えない程素敵な座り心地だ。そして机も、良く見てみればへりに繊細な彫刻が施されている。

 こんな簡素な部屋でも置いてある机と椅子がコレなのだから、芽依を召喚したと思われる青年――フォルテは、アールが言う通り、王子なのだろう。

 などと、芽依が変な所で感心している間に、アールは魔法について話し始めた。


「魔法は、この世界全てに満ちるナノマシンに命令する事で発現します。現在、その命令言語は“魔法語”と呼ばれ、修得するには、難解な表現を的確に理解した上で、柔軟な発想力と地道な発音練習が必要です」

「うぅっ、そう言う難しい言語を覚えないと使えないんですか? 召喚チートとかあると嬉しいんですけど」

「チート機能は有効ですよ。何しろ、今話している言語こそが魔法語ですからね。数少ない手順を踏めば、直ぐにでも魔法を使う事が出来ます」

「えっ! 日本語が魔法語なんですかっ!? よ、良かったぁ~~~」


 取り敢えず、この世界で有用な“魔法”を直ぐにでも使えるようになれる事は、頼れるものが殆どない今の彼女に大きな安心を与えた。

 胸を撫で下ろす芽依に、アールは、魔法の手順を簡潔に説明した。


 その一、“始まりの言葉”で対象の指定しよう!

 ただ魔法語で喋っただけでは、魔法は発現しない。それは、今までの芽依とアールの日本語による会話で魔法が発現していない事からも分かる。

 通常、魔法を発現させる時は、対象が単体であれば『第一種展開』、周囲であれば『第二種展開』、広域であれば『第三種展開』と、対象の規模を指定する“始まりの言葉”を最初に付けなければならないらしい。日本の国家資格のような指定である。

 確かに、言われて思い返せば、アールを起動させた言葉は単体対象の『第一種展開』から始まっていた。

 尚、第二種展開と第三種展開の範囲は、唱える者の空間認識力によって異なるそうな。その辺はやはり、言語以外の学習やセンスが必要と言う事らしい。


 その二、指示を出そう!

 始まりの言葉で対象を特定したら、今度は事象を指示する文章を唱える。

 ナノマシンがある程度脳内イメージを拾ってくれるので、そんなに厳密な文章は必要ないが、細かく設定すればする程、精度の高い魔法を発現させる事ができるらしい。

 尚、元が日本語なだけあって文法はかなりアバウトであり、アールの起動時に唱えた「ラジエルの書、起動」と言うシンプルな言い回しでも、「我は放つ、雷の矢」と言ったいかにも呪文的なものでも大丈夫だそうだ。

 尤も、そのファジーさこそが魔法語を難解にしている大きな要因なのだが、アールによれば、これによって魔法の乱用をやんわり抑えているのだと言う。確信犯だったのか。

 ちなみに、アール自身は既に生体ではない為、魔法を使う事ができないのだそうだ。


「――とまぁ、こんな手順で魔法は発現します。ああ、制約が2つばかりあるので、それは押さえておいた方が良いですね」

「あ、やっぱり制約とかあるんですか」

「ええ。1つは、『生物に直接害を与えることはできない』。ゲームで言うところの、状態異常系や即死系の魔法は使えないと言う事です」


 他者を傷付ける為にナノマシンを作った訳ではないので、と元医療関係者として意外と倫理観のあるセリフを吐いたアールに、芽依は初めて尊敬の念を抱いた。ちょっとだけだが。


「それから、既にナノマシンと言う概念のないこの世界では、誰一人知らないものですが……。『ナノマシンはこの世界から出ることは出来ない』――これが、もう1つの制約です」


 自己複製機能を持った“電気殺し”であるナノマシンが他の世界に行けば、ほぼ間違いなく、この世界と同じ様にまるっと世界を作り替えてしまう。

 なので、ナノマシンの特性が発現した後、真っ先に開発者コードを使ってナノマシンの最上位命令に組み込んだのだそうだ。

 趣味や性格はともかく、どうやらまともな倫理観を持つアール――のオリジナル――からすれば、そんな余所様に迷惑をかけるような真似をしたくなかったのだろう。

 芽依は、更に少しだけ尊敬の意を込めた眼差しでアールを見つめた。


「視姦しないで下さい。減ります」

「なっ!? 視姦って何ですか! あ、ちょっと、足元から徐々に透けていくなんて無駄に細かな芸当いりませんよっ!」


 アールの残念な言動により、敬意は綺麗さっぱり霧散した。


「まぁ、お遊びはこれくらいにしておいて。彼の第3王子が戻ってくるまでに、魔法を一つ、試してみませんか?」

「え? あっ、そ、そうですね。練習、したいです」


 元の姿に戻って、何事もなかったかのように話を進めるアールに、芽依は若干呆気にとられながらも頷いた。

 何かの時に、本番ぶっつけで失敗などしたら洒落にならない。それどころか、本気に生命の危機に陥りそうだ。

 芽依は、無意識に身を乗り出してアールの言葉に集中した。


「では、チートを維持する為の魔法を使ってみましょう」

「維持する……って、え? 逆に言えば、何もしないとチートが無効になっちゃうって事ですか?」

「ええ。この世界の生物は、全てナノマシンによって最適化されています。貴女も1ヶ月程度で最適化され、この世界唯一の言語を自然と操れるようになります」


 どうやら、何もしなくても勝手にこの世界の言語が理解できるようになるらしい。ナノマシン様々である。

 ですが――、とアールは話を続けた。


「最適化が完了すると、統一言語以外の言語が消去される――つまり、日本語能力がリセットされてしまいます。なので、貴女の優位性を保つ為には、最適化が完了する前に日本語能力を保護する必要がある訳です」


 そこまで聞いた芽依は、アールから少し視線を外すと、軽く握った左手を顎に当てた。そして、情報過多で昂る心を根性で押さえつけて、思考を巡らせる。

 この世界で第一声を発した際のフォルテ達の歓喜と思わしき声と、「力を貸して欲しい」と言う言葉から察するに、彼等が芽依の日本語能力に期待している可能性は極めて高い。

 つまり、魔法に関する優位性は、芽依が身の安全を確保する為の絶対必要条件と言う事だ。

 加えて、1ヶ月後にナノマシンによる最適化が完了すると言う事は、切り口を変えれば、既に最適化が始まっていると言う事だから、日本語能力の保護は、遅かれ早かれ行わなければならない。


 ――ここで、芽依は気付いてしまった。


 ゆるゆると胸の前で軽く両手を広げると、その何の変化もない手に視線を落とした。


「最適化……ここに現れた瞬間から、始まってるんですね」


 口から溢れ出た言葉には、何の感情も乗っていなかった。

 外見的にも感覚的にも、全く変化は感じられない。

 けれども、現在進行形で体はこの世界に適応する様に作り替えられているのだ。

 まさか、世界跨ぎで拉致られて、心身の自由がある状態で人造人間……もとい”異世界の人類”に改造されるなんて日が来ようとは。

 帰省本能なのか、まずは生き残り、そして元の世界に帰る、と無意識の内に思っていたが、これでは色んな意味で、元の世界に帰れない。

 事態の深刻さを認識したお陰で、不安や恐怖を突き抜け、感情が職務放棄をする。

 だが、育てられた環境の賜物か、思考は”最善”を求めて動き続けた。

 退路を断たれていると分かったのだ。なら前を向くしかない。

 生きたいか、生きたくないか、と問われたら――生きたい。

 楽して生きたいか、苦しんで生きたいか、と問われたら――楽して生きたいに決まっている。残念ながらマゾヒストではないのだ。

 となれば、芽依のやるべき事は自ずと決まる。

 両手に力を込めてしっかりと握り締めると、目を閉じて大きく息を吐いて心を鎮める。

 それから、しっかりと目を開けると、迷いのない強い意思の光を宿した瞳をアールに向けた。


「じゃあ、チートと言うか、日本語能力保護の魔法を使いたいと思います。巧い文章を教えて下さい!」

「……良いでしょう。では、額に手を当てて、私が言う通りに唱えて下さい」


 じっと黙って芽依を見守っていたアールはそう言うと、彼女が額に右手を当てたのを確認してから、魔法文を唱え始めた。

 『第一種展開』から始まった魔法文を、1センテンス毎に止まって芽依に復唱させていく。

 その言葉には、日本語能力保護以外にも数種のオプションが組み込まれており、予想外の親切設計に芽依は少々戸惑いながらも従った。

 最後に、この魔法を彼女の生体と直結させて永続化させる言葉を唱えたところで、”魔法”は発動した。……多分。

 と言うのは、アール起動時と同じ様に、やはり何のエフェクトも起こらない為、変化を実感できなかったからである。

 やや不安な面持ちで、芽依はアールに魔法発動の有無を確認しようと、口を開いた。

 その時だった。


 ガツンッ!!


 鈍器で豪快に殴られたかの様な痛みが、突如芽依の頭を襲ったのだ。

 脳を揺さぶる余りにも激しい痛みに、意識が猛烈な勢いで刈られていく。


「言い忘れていましたが、言語機能の再設定に伴い、暫くシャットダウンしてもらいます。生命の危機はありませんから、安心して下さい」


 両手で頭を押さえ、悶えながら机に倒れ込む彼女に、アールは重要事項をしれっと言った。今更だ。

 そんなアールの発言に対し、急激に薄れる意識の中で芽依は思った。


 ――きっと肝心な事言わないから彼女に振られたんだ!


 何事にも、説明は必要不可欠である。

この世界の“魔法”は、基本的に余計なエフェクトが付きません。

ナノマシンは実用一辺倒くんです。

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