01. 異世界なんて認めません
2013.11.27に大幅改訂しました。
登場人物が大いに変質してしまいました。ごめんなさいm(_ _)m
チョコレート色の目をぱちくりと瞬かせた少女は、自身に何が起こったのか理解出来なかった。
とりあえず、少女は超高速で今日の出来事を振り返ってみる。
朝、目覚まし時計でオレンジ色の瞳の愛猫と共に起床し、紫紺のブレザーとチェック柄のフレアスカートに着替えて身支度を済ませると、愛猫を連れてリビングへと移動した。
そこには既に、室内着姿でコーヒーを飲みつつ新聞やタブレットに目を通していた父と年の離れた兄がいて、彼女に気付くと笑顔で、おはよう、と声を掛けてくれた。
同じ様に明るく挨拶を返しながら、制服の上にエプロンを纏うと、手早く3人+1匹の朝食を用意。
家族揃って一日の予定を確認し合いながら朝食を済ませると、片付けを父と兄に任せて家を後にした。
1時間程電車に揺られて、自由な校風、充実した設備、更に進学校として名高い在籍高校へ登校。
昇降口から図書室へと直行し、『倉数芽依』の名が印刷された顔写真付きの学生証を提示して入ると、お気に入りの席に座った。
そこで一人静かに借りた本を読み、始業時刻15分前になったところで、教室へ行こうと鞄を肩にかけて立ち上がった。
ここまでは、分単位でいつもと同じ日常だったのに。
窓の向こうに見える別棟の理科実験室の窓ガラスが、キラリと不自然に光った次の瞬間――。
彼女は、見知らぬ部屋の中央に立っていた。
広さは20畳程だろうか。
正面は、本棚ではなく、タペストリーの掛かった石造りの壁。
右手の傍にあった大きくて何もない机は綺麗さっぱりなくなり、離れた壁際にあるのは、数冊の本が煩雑に置かれた個人用の長机と椅子。
左側の壁は、大量の書籍で占められた、造り付けの棚。
そして、それらの全てが“中世ヨーロッパ”な風情を醸し出している。
小説などを数多く読んでいる所為か、“異世界”とか“召喚”なんて不吉な単語が芽依の脳裏をちらついたが、とりあえず無視を決め込む事にした。
「……えっと……何、これ……?」
不安やら混乱やらで硬直していた芽依は、何とか声を搾り出す。
すると――。
『『『●●●●●●●●ー!!』』』
聞いた事のない言語だが歓声と思われる声が3つ、背後から綺麗にハモって聞こえた。
驚いた芽依が、慌てて間合いをとりつつ振り返ると、そこには、タイプの違う3人の美形男性達が歓喜の表情で立っていた。
最も存在感があったのは、向かって右側にいた、30才前後のとても美しい顔立ちをした男性だった。
長い亜麻色の髪を左側で一括りにして前に流し、前開きの白いローブを纏ったその姿は一見するとたおやかだが、その赤紫色の眼差しには支配者特有の威圧感がある。
けれど、それは無意識のもののようで、今、芽依に向けられている視線には、何やら小動物を愛でるかの様な愛おしさが溢れている。それはそれで何だかコワイ。
次いでインパクトがあるのが、向かって左側に立つ、芽依の兄と同年代の男性だった。
後ろに流した緋色の髪、青みを帯びた銀色の鎧と真紅のロングマントが、如何にもワイルド系騎士団長っぽい。絶対に女性ホイホイだ。自分の兄と同族の気配をビリビリと感じる。
しかし、こちらは右側の男性と異なり、芽依に対して完全に小さい子どもを見る目で見ている。子ども扱いされるのは癪だが、どうしてかこれが一番まともに思えた。
最後に、真ん中にいた一番若い青年。
芽依より2、3才程年上と思われる彼は、着崩したホワイトシャツにベージュのスラックスと言うラフな格好の上に、フードの付いた紫紺のハーフマントを羽織っていた。
甘く端正な顔立ちはどこか他の2人と似通っており、青紫色の瞳は強い意思の光を宿している……のだが、ノブレス・オブリージュ的なものよりも、オタク属性な輝きを感じるのは何故だろう。念願のフィギュアを手に入れたかの様な達成感溢れるキラキラ目で芽依を見つめている。
とまぁ、3人共美形なのにどうにも受け入れがたい印象であった為、芽依はどうリアクションすれば良いか分からず、固まってしまった。
そんな彼女の元へ、ハーフマントの青年が笑みをたたえて歩み寄ってきたかと思うと、芽依の濡羽色と好対照な蜂蜜色の髪をサラリと揺らしながら彼女の前で片膝を付いた。
一連の優雅な動作と姿は、正しく“ザ・王子様”だ。オタク全開な眼差しなのが残念でならない。
などと芽依が思っている内に、彼はその姿勢のまま、彼女の顔を覗き込みつつ口を開いた。
「言葉、分かるよね?」
どっぷり西洋の王子様から発せられた言葉は、先程背後で聞こえた言語とは異なる、日本語であった。
芽依は思わず目を丸くしだが、理解不能な状況下でパニック状態になっていた思考は、相手が日本語を話せると分かっただけで少し冷静になってくる。そして、対偉い人用のでっかい猫を瞬時に被る。
青年の問い掛けに対して、芽依は一拍置いてから、はい、と言って頷いた。
すると、彼はより一層目を輝かせて、僅かばかり身を乗り出した。
「ボクはフォルテ。キミの力を、ボク達に貸して欲しい」
フォルテと名乗った青年は、嬉しそうに、けれどどこか有無を言わせぬ声色でそう言うと、じっと芽依の目を見つめた。どうやら返事を期待されているらしい。
しかし、下手にリアクションをすれば、国によってそれが肯定の意味だったり、逆に否定の意味になったりする事を芽依は知っている。よって、こんな情報の無い中では判断できず、安易にリアクションはとれない。
こんな時は、この言葉しかないだろう。
「……考えさせていただきます」
何とも曖昧な、日本語らしい表現である。
だが、それが十分期待に応える反応だったらしく、オタク感と入れ替わりに浮かべたどこか王子然とした笑顔で小さく頷くと、振り返って後ろの男性2人と、また聞いた事のない言語で何か話し合った。
それが終わると、再び芽依の方を向いてこう告げた。
「キミに危害を加える気はないから安心して。とりあえず、不自由なく生活できるように手配してくるから。この部屋の中でなら自由にしていて構わないよ」
何やら彼らの中では芽依の処遇が決定しているらしいが、それがどんなものなのか分からないので、やはり明確な返事をすることはできない。
フォルテはそんな彼女の考えを読み取ったのか、やはり嬉しそうな顔をすると、立ち上がって頭を撫でた。
「相手の言葉に直ぐには乗らず、きちんと状況を把握して不利にならないようにする姿勢は見事だね。うん、希望通りだ」
どうやら、この異常な状況での対応能力を試されていたらしい。
フォルテは芽依から離れて2人の男性の元に行くと、少しだけ引き締めた表情で彼らと話をしながら、足早に部屋を後にした。
去り際のローブやマントを翻す姿が、3人共無駄に格好良かった。
部屋から足音が離れていったのを耳で確認すると、ひとまず危機が去って安堵した芽依は、ようやく肩から力を抜いてでっかい猫を放り投げ、大きく息を吐いた。
「……さてと。じゃあ、少しでも情報を集めますか」
落ち着いて現状を考えてみると、中世ヨーロッパ的な何処だか分からない場所にいて――“異世界”とか“召喚”とかは、まだ無視している――、最初の遭遇者であるフォルテ達は友好的。そして、周囲にはわんさか書物がある。
となれば、下手に逃げたりするよりは、フォルテ達が戻ってくるまでに手近なものから情報を集めておく方が得策だろう。
そう考えた芽依は、まず右側の机に近付き、置いてある書物に手を伸ばした。
数冊適当に開いて見てみると、簡素なものから豪奢なものまで装丁のランクは様々だが、全てアラビア数字以外は見知らぬ言語で書かれていた。流石に、数字だけでは内容がまるで分からない。
他に何かないかと芽依が視線を下げると、少しだけ開いたままの引き出しの中に、毛色の異なる本を見つけた。
心の中で「すみません、ちょっと拝借します」と謝りながら手に取ってみると、それは、『日々の言の葉』と言うタイトルのついた、芽依の知っている一般的な装丁の日記帳であった。
「やった! これなら、何か分かるかも!」
見知った文字と形状に、安堵と希望を抱いた芽依は、早速表紙を開いた。
確かに、中に書かれていたのは日本語だった。だが――。
1ページ目は、「彼女にフラれた(泣)」の一行のみだった。
芽依の方が泣きたい気持ちになった。早くも希望の火が消えそうだ。
とは言え、今のところこれしか役立ちそうなものはないので、気を取り直して2ページ、3ページと捲ってみる。
結果、トータルで20ページ強に渡ってお気に入りのメイド喫茶について事細かく書いてあり、またそこで毎日慰めてもらっていた感想が書かれていた。どれだけ通っていたんだ。
とりあえず、語感や情景描写から、あの残念王子の日記ではなく、研究職の日本人が書いた物だと言う事だけは分かった。
一縷の望みを託し、何とか気力を振り絞って読み進めると……。
その後の15ページ程は、趣味であるらしいロボットやらファンタジーやらについて同僚と熱く語った日々がびっちりと克明に記されていた。
メイドさんな猫人族? 「ワンでし」と喋るドラゴン? 理解不明な言葉のオンパレードだ。
そして最悪な事に、残りのページは真っ白けっけだった。
「つ、使えない……っ!」
期待を見事に裏切られて、ばっきりと心が折れた芽依は日記帳を閉じた。
だが、ここで幸か不幸か、芽依は裏表紙に違和感を覚えた。
「……ん、あれ? これって、アルファベット?」
裏表紙を良く見てみると、模様と見間違えそうな書体のアルファベットが、背景色に近い色のペンで書き込まれていたのだ。意味深過ぎる。
途中に読点が有る事から、ローマ字読みで読み上げてみた。
「えっと、だ・い・い・っしゅ・て・ん・か・い、ら・じ・え・る・の・しょ・き・ど・う? ……え、“ラジエルの書”っ!?」
すると、紡がれた言葉に反応して、日記帳が光り出す……事はなかった。
その代わり――。
「遂に僕を起動できる人材が現れましたか」
割と素敵なバリトンボイスと共に、声の主が”日記帳の上に”現れた。
それは――手足の生えた、妙に態度の大きい、ミニチュア日記帳であった。
割と素敵なバリトンボイスです。←大事な事なので2回言います。