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私、来月で卒業(=死亡)しまーす☆ 今までスパチャありがとね

作者: まくらない
掲載日:2026/05/21

「みんなー、まっちゃ来月で卒業(=死亡)しまーす☆ 今までスパチャありがとね。まっちゃのこと、忘れないでね」

2083年の病人は、点滴の代わりに投げ銭で生きている。そうなったんだからしょうがない。


ベッドの一台ごとに、枕元へ巨大な残高メーターが取りつけられている。緑のあいだは生きていられて、黄色で警告が出て、赤を割ったら「卒業」だ。卒業というのは延命処置の打ち切り、つまり死である。言い換えただけで、内容は変わっていない。


理屈はこうだ。人間の維持には一秒あたり0.7円ほどかかる。心拍を回し、肉を温め、老廃物を抜く。そういうのにはカネがかかるんだ。これを上回る金を生まない人間は、病院から見れば棚に置きっぱなしの不良在庫だということになる。在庫は処分するのが経営として正しい。


> 当院は患者様を在庫として誠実に管理いたします。お引き取りください。息を。なお、本日の自己延命プランは三秒単位での課金にも対応しております。


合理的だなあ。


私、早世いくよは女子高校生で、ユーイング肉腫という若年性の癌を患っている。誰にも言っていない。陽子線治療とCAR-T細胞療法を合わせると4,000万円かかると見積もられていて、私はバイトと節約で自分の残高メーターを緑に保ち続けている。自分のメーターを自分で投げ銭して延命するというのは、控えめに言って効率が悪い。効率が悪いけど、投げ銭してもらえるほど魅力もないんだから仕方がない。私のメーターは常に赤・貧・赤・貧と点滅する、死にかけのカラータイマーだ。貧って何色だよ。


息抜きに、私は仮想アイドル「金時まっちゃ」の配信を観ていた。自称20歳、魂の年齢は4,000歳、抹茶色の髪をした美少女である。投げ銭がそのまま彼女の残高メーターになっている。つまりこの世界では、視聴者も配信者も、緑を保つために他人へ金を投げ、自分へ金を投げ、同じ円のなかで延命しあっている。ある晩、まっちゃは画面の向こうでこう宣言した。


> 「みんなー、まっちゃ来月で卒業しまーす☆ 今までスパチャありがとね。まっちゃのこと、忘れないでね」


この世界で卒業がなにを意味するかは、もう説明した。


私は投げ銭をした。自分の延命に使うはずの金を、見ず知らずの女へ投げた。一回投げると、もう止まらなかった。コンコルド効果という言葉がある。すでに注ぎ込んだぶんを惜しんで、損が膨らむほうへ進み続けてしまう心理のことだ。私はまさにそれ。


誰かを生かしている、という手応えだけが本物だった。自分を生かすのは、ただの延命で、貸借対照表の数字をいじっているだけだ。でも他人を生かすのは、なんというか、意味があった。意味があるんだから仕方ない。私、何か間違ったこと言ってますかね?


ある晩、配信事故が起きた。まっちゃの音声合成のレイヤーが一枚剥がれて、加工前の生の声が0.4秒だけ流れた。それは、十年来口をきいていない自分の祖母の声だった。


金時まっちゃを操縦している中の人が、81歳の自分の祖母であることを知ってしまった。抹茶色の美少女の奥に、私を「いくちゃん」と呼んでは小言ばかり言っていた老女の顔が透けて見えた。デジタルの記号だと思っていたものに、急に血縁がついた。マックスコーヒーとタバコでめっちゃ臭くなった息も思い出した。最悪だね。


祖母を「卒業」というきれいな言葉で終わらせるのは、どうにも筋が通らない気がした。投げ銭を一人でちまちま投げ続けても、私のメーターが先に枯れるだけだ。私は自分の治療費のことをいったんわきに置いて、まっちゃを救う大規模配信を企画することにした。


協力者として、十代の美少女アバターで配信している「ネカマ太郎」を引き入れた。中身は五十二歳の男だった。


ネカマ太郎の現実の肉体は、私のいる病棟の、ちょうど隣の個室に寝ていた。彼もまた投げ銭で延命している患者で、糖尿病性腎症で人工透析を受けており、メーターの色は慢性的に黄色(しかもおしっこっぽい色)のあたりをうろついていた。透析の管につながれた52歳の体が、ベッドの上では「ぴえん」とか「てぇてぇ」とか言う十六歳の美少女アバターを操縦している。声も加工で女の子になっている。あと、加工しなくてもわりと可愛い声だせる。本人いわく、前職は何かの卸の営業で、退職金と障害年金と前の会社の企業年金で、当院の個室の延命枠をぎりぎり買い支えているのだという。配信は、メーターを緑に近づけるための仕事であり、同時に、灰色だった青春を十六歳をやり直すためでもあった。


私が「協力してほしい」と持ちかけると、ネカマ太郎は二つ返事で乗ってきた。ただし条件があった。まっちゃちゃんに紹介してほしい、と言うのだ。彼は前から金時まっちゃの配信を追いかけていて、本気で恋をしていた。中身が八十一歳の老女だとは、もちろん知らない。


私は黙っていた。中身が老女のアイドルと、中身が中年男のアイドルと、癌の女子高生。この三人のうち、二人の正体を両方とも知っているのは私だけだった。そして、私が癌なのを二人ともしらない。


配信の準備は、それぞれの肉体をそれぞれのベッドに寝かせたまま進んだ。ネカマ太郎は、抹茶色の美少女に毎日メッセージを送った。一通だけ、私のところにも転送されてきた。たぶん間違って送ったのだと思う。


> まっちゃちゃんへ。毎日配信みてるよ☆ ぶっちゃけ一目惚れってやつ? 太郎、まっちゃちゃんと結婚したいんだけど、アリ? ……なお、当方、収入は障害年金および前職の企業年金にて安定しており、持病はございますが透析の予後はおおむね良好、終の棲家として当院個室を確保済みでございます。残されたお時間を、貴女様とともに添い遂げる所存であります。何卒よしなにご査収のほどお願い申し上げます。ぴえん☆


ギャル語と中年男のビジネス文書が一文のなかで何度も入れ替わるこのメッセージを、祖母は、相手を本物の16歳だと信じたまま受け取った。祖母のほうも、自分が抹茶色の十代だと相手に信じさせたまま、まんざらでもない様子で返事を打っていた。互いに、相手が若い女の子だと思い込んでいた。きたない百合の花が咲いちゃったね。


配信イベントは成功した。投げ銭は祖母の延命目標額を超えた。私は祖母に、はじめて自分らしい舞台を渡せた気がして、少し満足した。


満足したところに、プラットフォームから通知が来た。


> 【特別手数料のお知らせ】

> 想定外の高収益が確認されました。つきましては、収益額に対し以下を申し受けます。

> ・成功税……42パーセント

> ・延命プラットフォーム維持協力金……31パーセント

> ・卒業延期違約金……28パーセント

> ・抹茶色使用料、美少女税、年寄りが若づくりをした罪……11パーセント

> ・推しを救おうとした者から徴収する希望税、心拍数が上がりすぎた場合の心室細動リスク補填金、視聴者の涙一滴あたりの塩分処理費……(以下、小計に含む)

> 合計112パーセント。なお不足分は患者様の残高から充当いたします。お慕い申し上げております。お引き取りください。


合計が100を超えていることについて、私は問い合わせる権利を持っていなかった。集めた金は規則によって急速に吸い上げられ、手元には半分以下しか残らなかった。


そして残金は、「祖母の延命」か「私の癌治療」か、どちらか一方にしか使えない額だった。


私はしばらく病室の天井を見ていた。祖母は最悪だった。盆暮れに電話してくる小言、母の葬式での親戚との口論、私の進路への口出し、勝手に解約された学資保険、形見だと言って押しつけてきた割れた茶碗、祖父の葬式で一滴も泣かなかったこと、その葬式で親戚と遺骨を箸で二人羽織のように奪い合ったこと、年金で買った霊感商法の壺、その壺を割った私を血が出るまで正座させたこと、それから——ここまで数えて気づいたが、思い出はぜんぶ私の側の恨みであって、祖母の側の事情は一個も入っていない。恨みは在庫と同じで、棚に置きっぱなしにすると勝手に増える。


それでも、祖母をシステムに数字として処分させる死は、どうしても祖母にさせたくなかった。これは延命ではなく、恨みの供養に近かった。私は残り全部を祖母の延命に振り込んで、自分の卒業を受け入れることにした。最後の振り込みに、こう書き添えた。手続きは三分で終わった。


> いつも応援してます☆ まっちゃ大好きです! 卒業しないで! あとおばあちゃん、茶碗のことは謝ります、でも私もう長くないので先に死ぬのはこっちかもしれません。


ところが、事態は私の悲壮な覚悟をまるで相手にしなかった。


延命資金を得て生存が確定した祖母は、配信で深まったネカマ太郎との仮想空間内での結婚を突然発表した。そして式の夜、仮想空間でネカマ太郎と結ばれている最中に、現実の祖母の心臓が過剰な多幸感に耐えきれず止まった。81歳の心室細動である。要するに腹上死だった。相手の中身が中年男だとは最後まで知らないままの、満足げな死に顔だったと記録にある。祖母はシステムに処分されたのではなく、自分の欲望に従って死んだ。


死後の処理は速かった。


支払い済みの延命資金は、未使用として返還された。配信イベントの収益のうち手数料を引かれて残ったぶんが、相続人の私に渡った。さらに祖母が自分にかけていた延命保険の保険金が下りた。合算すると、ユーイング肉腫の治療費を300回ぶん払える額になった。


後日談①。私の治療は成功した。陽子線とCAR-Tで、ユーイング肉腫は消えた。残高メーターは金のまま安定し、私は退院の手続きに入った。


後日談②。祖母の戒名が届いた。一周忌の段取りで寺から送られてきた書付には、こうあった。


> 抹茶院釈尼配信信女

> 享年八十一(自称二十)

> 生涯投げ銭ランキング 全国八億四千万人中 第四位


享年と自称年齢が二段で並んでいるのが、いかにも祖母らしかった。


後日談③。隣の個室のネカマ太郎から、香典が届いた。「まっちゃちゃんには最後まで本当のことを言えませんでした」と手紙が添えてあった。彼は、自分が中年男だということを最後まで明かせなかったらしい。そして、これは香典の金額と振込明細から逆算してわかったことだが、祖母は生前、わたしが二人を引き合わせる前から、ネカマ太郎に毎日せっせと投げ銭をしていた。彼の慢性的に黄色いおしっこ色のメーターは、祖母のお陰で赤くならずに済んでいたのだ。


後日談④。隣の個室のネカマ太郎は、香典を出した三日後に卒業した。残高メーターが赤を割った。彼を生かしていた抹茶色の老女が、もう投げ銭をしてくれないからだ。最後の配信で、彼は16歳の声のまま「まっちゃちゃんのところに行ってきまーす☆」と別れを告げた。


完治を確認したその日、私の残高メーターは久しぶりに金色を振り切って、見たことのない極彩色に変わった。管理AIが言った。


> 高収益在庫を確認しました。当院は患者様を次世代アイドルとして登録いたします。来月から配信です。あなたはもう卒業できません。


なんてこったい。


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