9話 商人を助ける
目的地であるコボレ村 は、タリアから馬車で一日走った位の距離にある。
このまま急いで向かえば夜には到着するが、夕暮れ以降の移動は危険を伴う。
真夜中に近づくほど、魔獣達の活動も活発になるからな。
朝、タリアを出発したおかげで、行程の半分ほどは過ぎただろう。
太陽が大森林に隠れる頃には、街道近くの空地で野営の準備を始めたほうがいいな。
そんなことを考えながら荷馬車を走らせていると、街道の脇に馬車が倒れ、ゴブリン達が集団で車体を壊していた。
大森林の周辺に点在する村々では、護衛も付けずに住人が外壁の向こう側へ足を踏み出すことは、まずあり得ない。
姿がないということは、護衛の冒険者達は逃げたのか。
ゴブリンは低級魔族だが、幼児位の知能はある。
獲物の姿がないのに馬車を壊すのは変だな。
車内に、誰か取り残されているのか?
俺は後を振り返り、エミリに声をかける。
「ちょっと、魔法でゴブリン達を追い払ってくれ」
「わかったわ。はい、ウォータージェット!」
杖を馬車に向け、エミリは何気なく呟く。
すると胸元の魔道書が輝き。空中から水が噴射し、ゴブリン達めがけて飛んでいく。
それに驚いたゴブリン達が「ギュイ! ギギィ!」と叫び声をあげ、一斉に森の中へと散っていった。
壊れた馬車の近くに荷馬車を停め、御者台から下りた俺は、剣を抜いて慎重に近づく。
警戒しながら馬車によじ登り、扉を開けると、予想通り、車内に気絶した男性が倒れていた。
「おい、大丈夫か!」
「イタタタタッ……生き延びることができたんですね。ゴブリンに襲われ、護衛が逃げた時は、もう命はないものと覚悟しましたよ」
「怪我をしていなければ、自分で動いてくれ。俺達の荷馬車で近隣の村まで送ってやろう」
俺は男の手を握り、車内から連れ出した。
足を引きずってはいるが、大怪我はなさそうだな。
男の肩を担ぎ、荷馬車に戻ると、ローザが驚いた表情をする。
「ミローネさんじゃないですか。どうしてこんな危険な場所にいるんですか?」
「おや、ローザさん、お久しぶりです。お元気でしたか」
「顔見知りか?」
「この方はミローネさん、王都にも店舗を持つミローネ商会の会長さんよ」
「なるほど。とりあえず、ミローネさん、荷台に乗ってくれ。この場から離れるぞ」
「お世話になります」
身形も綺麗だし、大商会の会長というのも頷ける。
荷台に上ったミローネはローザの隣に座っていたニーナの顔をジーっと凝視する。
「少しお聞きしたいのですが、その少女はもしや、オルホース男爵のお孫様では?」
「私、ニーナ。おじちゃんはお爺様のお友達?」
「やはりそうでしたか。私は運がいい。馬車は壊されましたが、良縁に恵まれたようです」
ローザが警戒していないようだから、悪い商人ではないのだろう。
俺は御者台に乗り込み、荷馬車を出発させた。
しばらくして後の荷台で、エミリが話はじめた。
「ミローネさん、何しに、こんな場所まできたの?」
「実は、男爵領の南方だけ、栽培されている特殊な芋があるのですよ」
「お芋?」
「ええ……その芋を蒸かして、半分に割ると、中に肉が黄金色をしていて、食べると凄く甘いのです。二年前に南方の村で、その特殊な芋を分けいただき、王都で売ったのですが、街の人々からすごく好評だったのです」
この異世界に来て、ジャガイモは食べたことはあるが、その他の芋を食べたことがない。
芋の肉が黄金色で、食べると甘い……
俺は後を振り返り、ミローネに問いかけた。
「それってサツマイモのことか?」
「芋の名は、農夫達もわかりませんでした。私は『黄金芋』という名で王都で売っています」
名前だけですごく高価な芋に感じるな……いかにも商売人らしい発想だ。
その特徴、俺の知っているサツマイモのことなら、荒れ地でも育つ最強の救荒作物だぞ。
サツマイモがあるなら、俺も食べてみたい。
冬に食べるサツマイモ……元気かな、軽トラで回ってた焼き芋屋のおっさん。
今では俺も十分におっさんだけどな。
エミリも興味があるようで、前屈みになり目を輝かせる。
「そのお芋、美味しいの? どこの村で栽培されているの?」
「以前に芋を分けてくださったのは、南方の端にあるコボレ村の農夫でした。今回、その村まで行く予定だったのですが、途中で馬車を襲撃されてしまい、残念です」
「ワシらも、同じ目的地じゃ。一緒に乗っていくがいい。じゃが、帰りはいつになるかわからんがな」
長い髭を撫でながらボウエンが提案すると、ミローネは姿勢を正して、「タリアに戻りましたら、キッチリと謝礼をさせていただきます」と頭を下げた。
途中の村でミローネを下ろそうと思っていたが、ボウエンもいいというなら、同行させてもいいだろう。
エミリの結界魔法もあるが、ニーナを守る者が一人でも増えるのは大歓迎だ。
そうと決まれば、そろそろ野営地になりそうな空地を見つけないとな。
俺は手綱を打って、先を急いだ。




