7話 出発
翌朝、装備を整えた俺、ニーナ、ローザ、エミリ、ボウエンの五人は『ローザの隠れ家』を出発し、大通りの途中にあるドーマさんの店へと向かう。
すると既に店の前に荷馬車を回し、ドーマさんが待っていてくれた。
「小さな女の子を歩かすわけにはいかないからね。サエマ、必ずニーナちゃんを守るんだよ。酒を飲んでサボっていたら、承知しないからね。ローザ、サエマをシッカリと監視するんだよ」
「俺はガキか。歩きながら酒を飲んだりしないわ」
「ドーマさん、心配しないで。サエマのおっちゃんが悪さしたら、後で全部、私が報告するね」
「要らんことを言わんでいい。さっさと行くぞ」
荷台に皆の背嚢を積み込むと、次にローザが軽い身のこなしで台の上に乗り込んだ。
そして彼女はニーナの体を両手でそっと抱き寄せ、二人並んで荷台の奥へと腰を下ろす。
続いてエミリもぴょんと荷台に飛び乗り、俺は御者台に座って二頭の馬の手綱を握る。
最後にボウエンが荷台へ這い上がったのを確認し、俺は静かに荷馬車を出発させた。
「ドーマおばちゃん、行ってきまーす!」
ローザに両手で支えられ、立ち上がったニーナは、いつまでも見送るドーマさんに手を振っていた。
それに釣られて、エミリも両手を大きく振り、バランスを崩して、荷台から落ちそうになる。
「暴れると危ないぞ。大人しく座ってろ」
「あら、パパったら、恐いでちゅね」
エミリの奴、揶揄いやがって。
ニーナの真似をしても、可愛くねーよ。
後で絶対に仕返ししてやる。
大通りには小さな店舗が並び、通りを歩く冒険者の顔見知りが俺達を見ている。
やっぱり住み慣れた街が一番だよな。
街の外壁にある大門で警備兵に声をかけ、俺たちは街道を南下し始めた。
タリアの街の周囲は魔獣対策として樹々が伐採されており、見晴らしの良い草原がどこまでも広がっている。
点在する低い樹木がある程度で、魔獣が身を潜められるような場所はどこにもない。
三十分ほど馬車を走らせると、街道を囲む草原の幅が徐々に狭まり、鬱蒼と茂る森林がじわじわと迫ってきた。
このあたりはタリアの冒険者たちが頻繁に狩りを行っているため、屈強な魔獣が出没することは稀だ。
だが、その先にある『オリジンの大森林』の本質的な恐ろしさは、大森林の深部を探索した者が誰一人としていないことにある。……いや、正確には、探索に踏み込んだ冒険者が誰一人として帰ってこないことだ。
大森林の最奥は高くそびえる『アルジャ連峰』へと続いており、そこにはドラゴン種さえ生息しているという噂も絶えない。
オルホース領は南下するほどに平地が失われ、代わって大森林が広がっていく。
南部へ向かうほど屈強な魔獣の姿も多くなり、人の居住地はわずかな村々が点在しているだけだ。
二時間ほど荷馬車を走らせ、街道近くの小川があったので、休憩を取ることにした。
ボウエンは馬二頭を連れて小川に向かった。
荷台の背嚢から弁当を取り出し、ローザ、エミリ、ニーナの三人は、地面に布を敷いて食事の用意を整えている。
俺は周囲の警戒にあたる。
「パパー、一緒にお弁当を食べよー!」
「おお、待ってたぜ」
ニーナに呼ばれ、三人の元へと駆け寄る。
すると網籠の中に入っているサンドイッチを見せ、ニーナがニコリと笑う。
「ローザママと、エミリお姉ちゃんが作ってくれたの」
いつの間にか、ローザはママに格上げか。
しかし、ニーナよ。ローザを真似るのは止せよ。
性格が狂暴になるからな。
布の上に座り、俺は差し出されたサンドイッチを手に取った。
「そうか、ニーナの作ったサンドイッチが食べたかったな」
「私達で不服なら、食べなくていいのよ」
「文句を言ったわけじゃないだろ。いつもローザの料理は美味しいって」
「ママ、パパと喧嘩しないで」
「ニーナちゃん、サエマをパパから外そうね。世の中には沢山、良いパパがいるわ」
「イヤー! パパはパパだもん!」
ローザも俺の夫婦扱いされることが嫌のようだな。
その点では激しく同意する。
こっちも願い下げだ。
サンドイッチを頬張りながら、エミリが俺達三人を見回す。
「もう仲良くしなよ。傍から見れば、お似合いの家族なんだからさ」
「「お似合い!?」」
俺とローザに睨まれ、エミリは目を白黒させ、喉を詰まらせた。
慌ててニーナが、水筒を手渡す。
「ゲホッ……ありがとう、ニーナちゃん」
「パパもママも、エミリお姉ちゃんをイジメないで」
「そういうわけではないんだが……」
俺とローザは気まずくなり、互いに顔を背けた。
そして気を取り直して、食事を続けていると、周囲の樹々が妙にざわめきだす。
違和感に気づき、俺、エミリは立ち上がり、周囲を見回した。
ローザはニーナを抱きしめ、荷台の上に飛び乗って体勢を整える。
すると馬を連れて、ボウエンが早足で戻ってきた。
「小川で水を飲ませていたんじゃが、馬が怯えだしてな。周囲に魔獣がいるのかもしれん」
「ああ、風に乗って、微かだが魔獣の臭いがする。小物だとは思うが用心したほうが良さそうだ」
「念の為、ニーサと周りに結界魔法を展開させておくね」
エミリは首から吊るしている小型の魔道書に片手を沿え、短杖をクルリと振る。
あの魔導書は、エミリが描いたグリモアである。
所持しているだけで書に描かれた魔法陣を起動させることができる彼女特製の代物だ。
「障壁、展開!」
馬と荷馬車を包むようにキラキラと眩い光のドームが現われた。
これで、いざという時、ローザも自由に動けるな。
俺は腰のポーチから、一粒の錠剤を掴み取り、口の放り込んで、ガリッと歯で噛み砕く。
「これで準備万端だ、どこからでもかかってこいよ!」




