24話 作戦開始
作戦実行の当日、昼過ぎに岩陰からトンネルに潜り、 空き屋の床に開けられた出入口から街の中へと侵入した。
臨戦態勢を取りつつ、待機していると、家の周囲が騒がしくなった。
「ようやく始めたようだな」
「『ポピー』の連中、派手に暴れてくれよ」
「あの『血濡れの乙女』が相手では、敵ながら兵士達が気の毒じゃのう」
そう言ってドンガルは髭を摩り、不憫そうな表情を浮かべた。
『血濡れの乙女』とはリリアンの二つ名だ。
彼女には地竜と一騎打ちしたという逸話まであるからな。
本当に人族だろうか?
「そろそろ街に出るか」
「では、ワシらも食糧庫に向かうとしよう」
「我々は兵士の拠点へ」
「ケイネス、ヤバくなったら暴れていい。だが殺すなよ」
「わかっている。慎重に行動する。熱くなればわからんがな」
ケイネスは冷静な方だが。
戦いとなると獣人の血が騒ぎだすからな。
捕まることはないと思うが、無茶はするなよ。
玄関の扉を開けて、外を様子を伺い、ロッタが皆に声をかける。
「誰もいません。街の人達に紛れ込むなら今です」
「よし、皆、作戦通りに頼むぜ」
俺の号令を聞いて、ドワーフ達と『ヘルキャットの牙』の面々が外へ飛び出し、続いて『バーサクベアの咆哮』の獣人達が街へと散っていった。
クロウドは目を細め、ヒシノとロイズ を見据える。
「二人共、遊ぶのはなしだ。手を抜くなよ」
「女子達がいないんじゃ、しゃーないですね。本気でやりますか」
「悪ふざけも好きなんですが、仕方ありませんな」
やっと本腰入れてやる気になったようだ。
女子達に罵倒されて、喜んでいるは、二人の遊びだからな。
本来はずる賢く、腕が立つ冒険者なのだ。
「じゃあ、行きますか」
「「「応!」」」
顔に布を巻きつけ、俺達四人は空き家を出て、細い路地を一気に駆け抜け、大通りを目指す。
俺達の役割は、兵士や警備兵を引き付けて攪乱することだからな。
「南にも不審者が出たぞー!」
「南にも変質者が出たぞー!」
「南に露出狂がー!」
ヒシノ、ロイズ、誰がお前達の性癖を叫べと言った。
兵士達の注目を集めるだけでいいんだよ。
「まあ、いいじゃねーか。変な奴と思われた方が、兵士達も混乱するだろ」
「リーダーのお前がそうだから、二人がおかしな行動をするんだぞ」
「冒険者なんてそんなもんさ」
何でもかんでも冒険者のせいにするな。
ロッタのように真面目に頑張っている冒険者もいるんだぞ。
辻々を曲がり、適当に叫んでいると、後方で兵士達が集まり、俺達を追いかけ始めた。
「そろそろいいかもな」
「ヒシノ、ロイズ、散開するぞ。落ち合う場所はわかっているな」
「クロウド、私達を舐めすぎです」
「見事、兵士達を煙に巻いてみせましょう」
俺達は一斉に四方へと分かれて駆け走る。
後を振り向くと、なぜか大半の兵士が俺のことを追ってきていた。
「おーい! こっちだ、こっちー!」
注目を集めるのはいいが、遊べるほどの余裕はない。
そのまま速度を落とすことなく走っていると目の前に外壁が近づいてきた。
このままでは追いつめられると俺は、辻を曲がって街の中央を目指す。
すると、街の北側からモクモクと煙が立ち上がっている。
あれは『ポピー』の連中が何かやったんだな。
リリアンと対峙する兵士達には可哀そうけど。
派手に陽動してくれて助かるね。
そろそろ疲れてきた俺はポーチの中に手を入れて悩む。
『瞬発力増強剤』を使うか、『持続力増強剤』にするか。
どちらにしても『ドーピング』の効果を維持できるのは約十分。
連続で錠剤を利用すると、後で副作用が出るからな。
「まだ温存しておくか」
後を振り返ると、兵士と警備兵の団体が、必死の形相で、走ってきている。
俺よりも重い装備なのに、まだ体力があるんだな。
おっさんに無理をさせないでくれよ。
重くなってきた両太腿を必死で動かし、俺は意識を前方に集中させる。
街の中央広場まで逃げてくると、左右から、なぜか『グリフィンの嘴』の三人が駆けてきた。
そして北側から、大剣を肩に担いだ、リリアンが笑いながらドシドシと走ってくる。
「あら、サエマじゃないの。こんな場所で会うなんて奇遇ね」
「リリアン! どうして南に下ってきてるんだよ! お前は北側担当じゃないか!」
「いやーねー。仲間を逃がすために決まってるじゃない。そういえばサエマの仲間達も無事に任務を完了したみたいよ」
「おい、世間話をしている場合じゃないぞ。周囲を見てみろ。囲まれちまったじゃねーか」
リリアンと言い争いをしていると、焦ったクロウドが俺の肩に手を置く。
ハッと気づいて、周りを見回すと、兵士達が武器を構えて、俺達を取り囲んでいた。
「ウフフ、これは暴れるしかないわね」
「喜んでいいシーンじゃねーだろ! サエマ、お前、奥の手があるなら、さっさと使え!」
「この人数を相手では、我々でも、無傷で脱出するのは難しいようです」
「幾人か道連れにして、自爆するしかありませんな」
仕方がない……できることなら使いたくなかったが、アレを試すしかないか。
俺はポーチの中から錠剤を取り出し、口に放り込んで噛み砕いた。
この薬は、エミリが持たせてくれた、謎のゴブリン薬だ。
「奴等を取り押さえろ!」
兵士の一人が喚き、周囲にいた兵士達が一斉に俺達の方へ押し寄せてきた。
薬の効果はまだなのかと、不安がよぎった瞬間、俺の体から悪臭が周りに広がった。
「ゲボッ!」
「オエー!」
「体が!」
「鼻がもげる!」
俺達を捕らえようと駆けてきた兵士達が、苦悶の声をあげて、バタバタと倒れていく。
周囲を見ると、『グリフィンの嘴』の三人は必死に布で鼻を押さえていた。
「臭すぎる。目も鼻も痛い」
「口の中まで苦くなってきています」
「頭が朦朧としてきましたぞ」
俺も悪臭で腹が気持ち悪くなってきた。
ゴブリンの魔石から抽出したと聞いたから、嫌な予感はあったんだ。
うー、今にも吐きそうだ。
立っているのもやっとの状態でフラフラしていると、リリアンの野太い声が響き渡る。
「サエマ、今のうちに脱出するぞ! 呆けているなら、ぶっ殺すぞ!」
その声に反応して顔をあげると、リリアンが凶悪な面持ちでニヤリと頬を歪める。
どうして悪臭が効かないんだ?
その逞しい乙女の姿を凝視して、俺は戦慄するのだった。




