2話 俺がパパ。
俺が出した答えはシンプルだ。
本社(王宮)の意向に真っ向から逆らっても勝ち目はない。
それなら課長(男爵)が自ら遅延を、本社に報告し、責任を取って引退。後任へ席を譲る。
その代わりに、事業撤退ではなく、規模の縮小で妥協してもらう。
事業の一部は支部長(子爵)に奪われるかもしれないが、それは後からでも取り返せばいい。
重要なことは、 オルホース男爵領を存続させること。
手短に俺の提案を説明すると、オルホース男爵は厳しい表情で、あごに手を当てる。
「既にジャルダン子爵の申し出を王宮は受け取っている。男爵の私が城に行っても簡単には結論を翻せん。しかし、私が責任を取ったとあれば、王宮も領地の全てを子爵に渡すことはあるまい」
「爵位と領地さえあれば、再興もできるさ。後は頑張ってな」
「まだ話は終わっていないぞ。ジェイク、扉を固めるのだ。サエマを逃がしてはならんぞ」
「わかりました。絶対に部屋から出しません」
椅子から立ち上がり、部屋の中央まで歩いてきた俺に、ジェイクは腰の鞘から剣を抜き、油断なく身構える。
チッ……勘のいい爺さんだ。
これ以上、巻き込まれないように、さっさと逃げるつもりだったのに。
後を振り返ると、オルホース男爵はニッコリと笑みを浮かべて手招きをする。
「私が領主を退いた後、誰が領地を治めればいいのかな」
「それは……オルホース男爵には孫がいるでしょう……」
「ニーナは六歳の女子だぞ。サエマもよく知っているではないか」
「女男爵、カッコいいじゃないか。ニーナなら大丈夫。しっかりと家を継いでくれるって」
俺は気軽にそれだけを言い、一歩後に退く。
すると、ジェイクはサッと剣を振って、扉は通さないと圧をかけてきた。
男爵の邸で大立ち回りをしたくはない。
俺は諦め、体の力を抜いた。
「領地経営のことは、ニーナが成人するまで、男爵が後見人になればいいだろ。それぐらいのことは王宮も大目に見てくれるさ」
「それはわかっている。しかし、私では領地の発展もできないのも事実。次にジャルダン子爵が悪巧みを仕掛けてきても、ニーナを守ってやれぬかもしれん」
弱い貴族はいずれは強い貴族に潰される。
それが貴族社会の常だ。
爺さんが、孫娘を案じる気持ちもわかるが。
「それで、俺に何をやらせたいんだ?」
「ニーナが成長するまでの間、領主代理を頼みたい」
「いやいや、それは無理だって。領地経営なんてしたかことないんだからさ」
「普段の領地管理は、陰ながら私がニーナを指導しよう。しかし、それだけは足りんのだ」
恩人である老人から深々と頭を下げられると嫌と言えない。
気軽で自由に暮らせる冒険者の生活の方がいいんだけど……
そういえば転移してすぐの頃は、チートスキルを操って、上位貴族になって優雅な暮らしをする夢もあった。
男爵の邸にある能力鑑定の水晶で、才能を鑑定してもらって、チートとは違いそうなので諦めたけどな。
「よし、ニーナと会わせてくれ。子供でも意志を確認しないとな」
「サエマ、感謝する」
日本で言えば、小学校一年生だぞ。
祖父の代わりとはいえ、急に領主になるのは荷が重すぎる。
少しぐらいなら協力してもいいだろう。
そういえばニーナと会うのは三年振りだな。
オルホース男爵と俺は今後について話し合い、その後、ニーナの私室へと向かうことにした。
男爵の後に続いて廊下を歩いていると、隣に並ぶジェイクが、両手を合わせて謝ってきた。
「サエマさんに剣を向けてしまい、すみません」
「男爵の命令だったんだから仕方ないだろ。それなら今度、一杯奢ってくれ」
「わかりました。お付き合いさせていただきます」
今度、ジェイクが酔い潰れるまで飲ませてやる。
ジェイクにはもう少し、遊び心があってもいい。
邸の奥にある真っ白な扉を開けて、オルホース男爵は室内に入っていく。
「ニーナ、ニーナはいるか?」
「はーい、お爺様、私に何かご用?」
ソファから立ち上がたニーナが、とことこと男爵に歩み寄ってくる。
俺がまだ邸に居た頃は、ヨチヨチ歩きだったのに、すっかり可愛い女子になっていた。
銀髪の長い髪。
白磁のような滑らかな肌。
鼻は低く、小さくて可愛い。
青色の瞳に切れ長の目が印象的だ。
これは将来有望な美少女になりそうだな。
オルホース男爵はニーナの頭を撫で、俺に視線を向ける。
「以前、邸に住んでいたサエマが遊びにきてくれた。ニーナもご挨拶しなさい」
「サエマ?」
ニーナはジーっと俺を凝視した後、身を翻して本棚へと走っていく。
そして羊皮紙の束を手に取って、駆け足で戻ってきた。
「パパ、またお絵描きを教えて」
「ニーナ、久しぶりだな。俺のことを覚えていたんだな。でも、俺はパパじゃないぞ」
「ううん、ニーナのパパだもん。ニーナ、ずっと待っていたんだからね」
そういうと、ニーナは目に涙を浮かべ、俺の足にしがみ付いて顔を埋める。
確かに、邸にいた時、絵を書いてあげたり、よく遊んではいたが……しかし、断じてパパと教えたことはないぞ。
焦って顔を上げると、オルホース男爵が仁王立ちで俺を睨んでいた。
「ほう……いつから、サエマがパパになったのか詳しく聞かせてもらおうか。ジェイク、サエマを逃がすでないぞ。抵抗するようなら怪我をさせてもよい」
「承知しました! まだ幼児のニーナ様を誑かすとは、サエマさん、見損ないました」
「違う! 誤解だ! 俺は何もしていない!」
この様子だと、二人を説得するには時間がかかりそうだ。
体を硬直させている俺を、下から見上げて、ニーナが大声をあげる。
「パパ、お帰りなさい!」




