1話 緊急の知らせ。
街の家々の窓から漏れる明かりが、一軒、また一軒と消え始める頃、飲み屋のカウンターで独りで酒を飲んでいると、扉が開いて顔見知りの兵士が室内に入ってきた。
「サエマさん、こんな場所にいたんですか。探すのに手間取りましたよ」
「おう、ジェイクじゃないか。今日は財布も暖かいから、一杯どうだ?」
「職務中ですので……それよりも、領主様がお呼びです。至急、邸にお越しください」
頑固な奴に見つかってしまったな。
せっかくのイケメンなんだから、もっと遊び心を持てばいいものを。
だが、ジェイクはオルホース男爵家の兵士だ。
主君の命令を無視して職務をサボるわけにもいかないよな。
「まだ飲み始めたばかりだぞ。明日伺うと伝えておいてくれ」
「それはダメです……もう時間がありません」
「まさか……」
苦渋の表情を浮かべるジェイクを見て、俺は酒杯を置いて椅子から立ち上がった。
そして腰のポーチから革袋を取り出し、銀貨を数枚抜いてカウンターに置く。
「……急ぐぞ」
「ありがとうございます」
オルホース男爵家はご高齢だからな。
あの爺さんに限って、病気で死ぬことはないと思うが。
二人で店を出て小高い丘の上にある男爵家の邸へと駆け走った。
三十分ほどで到着した俺達は、ジェイクを先頭に、建物の三階へと向かう。
扉の前でジェイクは姿勢を正した。
「サエマ様をお連れしました」
「入ってもらえ」
室内から声が聞こえ、ジェイクは扉を開けて、俺を中へと促す。
部屋の中に入ると、キングサイズのベッドに身を横たえた、オルホース男爵の姿があった。
「爺さん、病気にでもなったのか? それともいよいよ老衰か?」
「ゴホ……ゴホッ……勝手に死ぬ方向で話を進めるでない。 風邪をこじらせて静養しているだけだ」
「その様子なら明日でもよかっただろ。慌てて損したぜ」
「すみません……ご領主様からの命で仕方なく……」
「わかってるよ」
私兵とはいえジェイクは男爵の配下だ。
爺さんに無理を言われても従うほかないからな。
「それで俺を呼び出した理由は何だよ?」
「実は王宮から伝令が来てな……このままだとオルホース領が、ジャルダン子爵の手に渡ることになりそうなのだ」
「はぁ、冗談が過ぎるぞ。そんな話、誰が信じるんだよ」
隣へ視線を向けると、ジェイクが無表情のまま重々しく頷いた。
また爺さんの悪巧みかと疑ったが、どうやら違うらしい。
ベッドの隣まで歩いていき、俺は椅子に腰掛けて、胸の前で腕を組む。
すると男爵は、上半身を起こして話し始めた。
「ジャルダン子爵から王宮へ訴状があったらしい。オルホース男爵は領地の経営管理を怠っているとな」
「そんなこと、王都に行って嘘だと言ってやれば済む話だろ」
「そうもいかんのだ。オルホース家が武功を立て、男爵位を授かって以来、目立つような領地の発展が見られないのも事実。それに私は年老いてこの有様だ。このままジャルダン子爵の申し出が通るのは明白だ」
男爵は、貴族の階級でいえば最下位。
貴族としての力関係では子爵の方が男爵よりも上だ。
力のない下級貴族の領地を、上位貴族が乗っ取ることはあるだろう。
それにしてもジャルダン子爵の目的は何だ?
オルホース領の半分を覆う鬱蒼とした森は、『オリジンの大森林』と呼ばれ、昼夜を問わず強大な魔獣が潜んでいる。
なので、タリアの街には俺のような冒険者が多く住み着き、毎日のように狩りをしているのだが。
なんとなくジャルダン子爵の思惑がわかったような気がするぞ。
「目的は、魔獣の素材か?」
「それだけではないだろう……『オリジンの大森林』の奥にはアルジャ連峰がある。開拓を進めていけば、貴重な資源を採掘できるかもしれんからな」
「あの森を切り開こうっていうのか。それは無謀なことを」
「欲に目が眩んだ貴族とはそういうものだ」
そこまで話を聞いて俺は首を捻る。
「領地の状況はわかったが、冒険者の俺が協力できることなんてないぞ」
「普通の冒険者であればな……しかし、今回は異世界人として協力してほしいのだ」
日本の山で遭難し、いつの間にか『オリジンの大森林』の中で倒れていた俺を助けてくれたのはオルホース家の私兵団だった。
異世界人とわかった後も、王国に報告することもなく、俺の身柄を匿ってくれた。
今、冒険者をやっていけるのも、この邸で、読み書きや剣術を教えてもらったからだ。
オルホース男爵には恩義がある。
ここで関係ありませんとは、日本人なら言えないよな。
「わかった。打開策を考えてみる」
「頼んだぞ」
とは言ってみたが、正直に言って自信はない。
日本にいた頃は平凡なサラリーマンでしかなかったからな。
企業を例題にして考えてみる。
王宮は本社の上層部、地方貴族は支社って感じかな。
そうなると子爵は支部長で、男爵は課長ぐらい?
本社と支社は綿密な連携があり、支部長は本社役員とも顔が通じている。
それで支社の課長の仕事を取り上げようとしている。
そして課長は退職間近。
事実とは違いますと告発しても、この状況だと本社内で握り潰されるだけだな。
ふーっと息を吐き、俺は人差し指を立てる。
「オルホース男爵、ここは一度、引退して会長に退こう。新任の社長を置いて、本社と掛け合うんだ」
「会長? 引退? 社長? いったい何を言っているのだ?」
意味がわからないという風の、男爵もジェイクも呆然とした表情で首を傾ける。
しまった。頭の中で企業をイメージしていたから、つい口に出てしまった。




