第2話: 起動不良の殲滅姫 ――蓄積した「10年分の失敗」を、今ここで廃棄する。
「……マスター、ですか」
泥の中に伏した少女が、力なく呟く。
銀糸のような髪は汚れ、その右腕は肩の付け根から無残に欠落していた。
魔導人形――それも、数千年前の遺物だろうか。
「便宜上、そう呼んでも構わない。俺の名はレインだ。……お前、動けるか?」
「……個体名、エステル。機能不全……内部エラー。蓄積された『痛覚ログ』が許容値を超過。再起動……不可能……」
エステルの瞳から光が消えかかる。
彼女を構成する魔導回路が、赤く点滅していた。
システムの診断によれば、彼女は戦闘のたびに「敵の痛み」と「自壊の苦しみ」をログとして記録し続け、その膨大な負のデータによって演算がロックされているらしい。
まさに、心優しすぎたがゆえの「欠陥品」だ。
「なるほど。ゴミ(負のログ)が溜まって動けないのか。……なら、俺の出番だな」
俺が彼女の額に手を触れようとした、その時だ。
ズゥゥゥゥン……!
奈落の闇の奥から、巨大な振動が響いてきた。
現れたのは、全高五メートルを超える岩石の巨像。
廃棄ダンジョンの番人――『スクラップ・ゴーレム』だ。
深層に迷い込んだ異物を排除し、粉砕して「完全なゴミ」へと変える、システムの掃除屋。
『ギ、ギギ……排除……対象……確認……』
絶望的な実力差。
俺の攻撃力は「5」。対するゴーレムの防御力は推定「5000」以上。
普通に殴れば、俺の拳が砕けて終わりだ。
「マスター……逃げて……ください。私は……もう……」
「逃げる? いいや、必要ない。ちょうどいい実験台が来たところだ」
俺はエステルに触れたまま、脳内のシステムにアクセスする。
【ログ廃棄】の対象を、自分ではなく「外部」へと拡張。
(抽出開始。対象、エステルの内部エラーログ。及び――俺がこの10年、パーティのために行ってきた数万回の『清掃記録』)
視界が真っ赤な警告で埋め尽くされる。
$$
\text{Log Extraction: 12,408 hours of "Failure" and "Pain".} \\
\text{Compression Ratio: 0.0001\%}
$$
普通の人間なら、この負の感情の奔流だけで発狂するだろう。
だが、俺にとっては慣れ親しんだ「ゴミ」の山だ。
「エステル。お前の『痛み』、全部俺が引き受けて――捨ててやる」
【スキル発動:残滓抽出 & ログ一括廃棄】
一瞬間。
エステルの体を覆っていた赤いノイズが、霧散するように消えた。
代わりに、俺の右手に「黒い光」が凝縮されていく。
それは、実体を持たないはずの「失敗という事実」が、物理的な質量を持った瞬間だった。
『排除……実行……!』
ゴーレムの巨大な拳が振り下ろされる。
俺はそれを避けない。
凝縮された黒い光――「10年分の廃棄ログ」を、ただ指先で弾いた。
「廃棄」
ドォォォォォォォォン!!
爆音すらなかった。
放たれたのは、純粋な「消去」の波動。
ゴーレムの巨大な腕が、胴体が、そして背後の岩壁までもが、消しゴムで消されたかのように「存在しないログ」へと書き換えられていく。
$$
\text{Damage Calculation:} \\
D = (\text{Waste Log Mass}) \times (\text{Conceptual Friction}) \\
5 \times (\infty) = \text{ERASED}
$$
数秒後。
そこには、完璧な円形に削り取られた空洞だけが残されていた。
レベルアップのファンファーレは鳴らない。
なぜなら、俺は「倒した」のではない。「ゴミとして処理した」だけだからだ。
「……う、そ……私のエラーが、消えた……?」
エステルが、驚愕に目を見開いて立ち上がる。
欠損していた右腕さえも、レインが流し込んだ「再構築ログ」によって、黄金の光を放つ義肢として再生していた。
「お前のバグは、俺にとってはただの資源だ。……エステル、お前はまだ戦えるか?」
エステルは静かに、だが力強く俺の前に跪いた。
その瞳には、先ほどまでの絶望はない。
ただ、自分を「救い」ではなく「定義」し直してくれた主への、底知れない忠誠だけが宿っている。
「オールグリーン。マスター……いえ、レイン様。私の全機能、及びこの命のログ……すべてをあなたに委ねます」
「いい返事だ。……さて、ヴォルグたちが今頃、上層でのんびり祝杯をあげている頃だろうな」
俺は、ゴーレムが消えた後の空洞を見つめる。
そこには、地上へと続く「システム管理用ルート」の入り口が露出していた。
「あいつらが『正攻法』で攻略している間に、俺たちはこの世界の『裏側』を通って、すべてを追い抜くぞ」
最弱のゴミ拾いと、壊れた殲滅姫。
二人の「欠陥品」による、世界への逆襲が始まった。
第2話をお読みいただき、ありがとうございます!
「10年分のゴミ」が「最強の消去魔法」に変わる瞬間、楽しんでいただけたでしょうか。
エステルの覚醒により、物語のスピードはここから一気に加速します。
「設定が緻密で面白い!」「エステル可愛い!」と感じていただけましたら、
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第3話、いよいよ地上への進軍準備。レインが「廃棄物の山」から次に作り出すチート武器とは……?
次回もロジカルに暴れます!




