第14話: 「利権」という名の不要データ ――「暗殺」という因果を、実行前にゴミ箱へ送る。
王城での会議から数時間後。
旧貴族街の一角にあるバルナバス公爵の別邸には、全財産と権限を失い、ただの「金属の塊」を持たされた大貴族たちが集結していた。
「おのれ……おのれレイン! よくも我々をここまで……!」
バルナバス公爵は、かつて金貨だった鈍色の鉄塊を床に叩きつけ、泡を吹いて叫ぶ。
他の貴族たちも、絶望と憎悪に顔を歪めていた。彼らに残されたのは、もはやシステム外の、原始的な「殺意」のみ。
「こうなれば……禁忌に手を出すしかない」
バルナバスが、地下金庫の奥から古ぼけた魔導書を取り出す。
それは、術者の『血統ログ(生命データ)』を代償に、システムが感知できない『概念上の暗殺者』を召喚する、失われた古代魔法の書だった。
「我々の血を啜り、あのゴミ拾いに死のログを刻め……! 『無音の処刑人』!」
貴族たちが次々と自分の腕を切り裂き、魔導書に血を注ぐ。
彼らの生命力が、どす黒い魔力へと変換され、空間を切り裂いて『何か』を呼び出した。
それは、姿を持たない。音もない。魔力反応もない。
ただ、「レインを殺す」という確定した『結果』だけを持った、概念の刃。
システムの監視網を潜り抜け、それは一瞬にして、廃工場のコントロール・センターへと転移した。
---
同時刻。
俺は、コントロール・センターの椅子に座り、シルフィの魔法演算回路のデバッグを行っていた。
「レイン、ここの魔力伝達ログに、わずかなノイズがあるわ」
「ああ。そこは『熱量』の廃棄処理が追いついていない。……【ログ廃棄】でパッチを当てる」
平和な検証作業。
だが、その瞬間。
『警告:未知の概念干渉を検知』
『対象:管理者の「生存ログ」』
「……? マスター。……私の殲滅センサーに反応はありませんが、空間定義に『殺意』のみが存在しています」
エステルが即座に抜剣し、俺の前へと立つ。
リーゼも即座に防御障壁を展開したが、その障壁を無視して、姿なき刃が俺の喉元へと迫る。
【無音の処刑人】。
それは「攻撃した」というプロセスを経ず、「死亡した」という結果だけを強制的に書き込む、システムの穴を利用した攻撃だ。
普通の冒険者なら、何が起きたか理解できずに死ぬだろう。
「なるほど。『プロセス』を飛ばして『結果』を書き込むタイプか。……古典的なバグだな」
俺は、喉元に迫る死の概念を、目で見るのではなく、システムログとして認識した。
$$
\text{Incoming Event:} \\
\text{[Effect: Death of Rain]} \\
\text{Condition: [Unconditional]} \\
\text{Source: [Undefined Malicious Script]}
$$
「だが、残念だったな。……俺は管理者だ。書き込まれる『結果』を、受理するかどうかは俺が決める」
俺は空中に操作パネルを展開し、俺の「生存ログ」に迫る死の概念に、直接パッチを当てる。
「【ログ一括廃棄】――対象、俺に対する『殺意』および『死亡という結果』」
$$
\text{Causality Refinement:} \\
\text{[Effect: Death of Rain]} \xrightarrow{\text{Log Erasure}} \text{[Effect: Null]} \\
\text{Action: Discard [Malicious Intent Flag]}
$$
パキィン。
ガラスが割れるような音と共に、喉元にあった圧迫感が消失した。
「レインを殺す」という概念そのものがゴミとして廃棄され、処刑人は存在意義を失ったのだ。
『システム:不正なスクリプトを検知。……クリーンアップ(廃棄)します』
処刑人は、システムの自動処理によって、ただのゴミデータとして完全に消滅した。
「……マスター。……今のは?」
「旧貴族たちが仕掛けた、システム外の暗殺魔法だ。……自分の生命データを代償にしたようだが、効率が悪すぎる」
俺は、コントロール・センターのモニターに、バルナバス公爵たちの別邸の様子を映し出した。
魔法の反動と、生命力の過剰消費によって、彼らはミイラのように干からび、床に転がっている。
「エステル。……動けるゴミ(旧貴族)たちを回収しろ。……死なせるのはもったいない」
「了解。……回収ログを生成します」
「レイン、あいつらどうするの? まさか、許すつもりじゃないでしょうね?」
シルフィが、不機嫌そうに俺を睨む。
「許す? まさか。……彼らは『利権』という名の不要データを溜め込み、さらに『暗殺魔法』というバグを実行した、深刻な汚染源だ。……だから――」
俺は、コントロール・センターの床に、新たな「座標定義」を設定した。
「――俺が作った、物理的な『ゴミ箱(収容所)』に、彼らの『存在ログ』を一括で転送する。……そこで、自分たちが信じていた『利権』の残滓と共に、永遠にデータの藻屑となってもらう」
$$
\text{Authorization:} \\
\text{[Noble Status]} \xrightarrow{\text{Log Erasure}} \text{[Commoner]} \xrightarrow{\text{Redefinition}} \text{[System Trash]} \\
\text{Location: Move to [Holding\_Cell\_Beta (Trash Can)]}
$$
俺が操作パネルを叩くと、モニターの中の干からびた貴族たちが、黒いノイズに包まれて消失した。
彼らが次に目を開けるのは、俺の拠点の地下深くにある、光も音もない、ただ「存在する」というログだけが維持される、狭い石牢の中だ。
「……ふぅ。これで、国内の不要データ(旧貴族)のクリーンアップは完了だな」
俺は椅子に深く座り直し、窓の外に広がる王都を見つめる。
腐敗した権力者は去り、経済は正常化し、民は俺を「救世主」と讃えている。
だが。
システム側が送り込んだ「アンチウイルス」の反応は、先ほどよりも確実に強くなっていた。
「……第ニ段階(フェーズ2)。……システムの『防人』との、論理の奪い合いだ」
俺は、コントロール・センターの出力を最大に引き上げる。
旧貴族というゴミを掃除した後は、世界そのものが抱える「歪み」を、デバッグしに行く番だ。
第14話をお読みいただき、ありがとうございます!
「死亡という結果」を、書き込まれる前に「廃棄」するという、
管理者権限ならではの概念的な無双。
システムの穴を突いた暗殺を、さらに上の論理で粉砕するカタルシス、
楽しんでいただけたでしょうか?
国内の掃除はこれにて完了!
次回第15話、レインは「ゴミ箱(無限の宝箱)」の奥底から、
廃棄された「旧世界(失敗した周回)」のデータをサルベージします。
そこにあったのは、今の世界の常識を覆す、失われたオーパーツでした……。
第2章の物語の核心へ迫る次回、お楽しみに!




