2話 悪役令嬢は体力があまりない
翌日、私は昨日手に入れた細長の剣で素振りの練習でもしようと、屋敷の中庭に出ていた。
私は前世で、剣術をかじったことがある。……剣道クラブの体験会に1、2回参加しただけだけど。
たしかその時、私は素振りを20回やっただけで腕は限界を迎えた。
まぁ、私には10年も猶予があるのだ。剣術にもゆっくり慣れていこう。
そう考え、私はさっそく剣を振り下ろす。
「い~ち、に~い…さ~ん……し~い……」
……あれ? 疲れた。まだ素振りは4回しかしてないのに、もう疲れた。
いやまぁ、たしかにこれまでの私は屋敷でダラダラ怠けていて、あまり運動はしないタイプの人間なんだけど、さすがにここまで体力がないとは思わないじゃん。
「………ご~お……!!」
私は最後の力を振り絞り、何とか5回目の素振りを終える。
5回剣を振っただけ。ただそれだけなのに、私の腕はプルプルと震え、こりゃあ明日は筋肉痛になりそうだなぁと、他人事のように考える。
「……筋トレから始めよ」
私は小さくつぶやいた後、剣を腰に差し、今日も今日とてダンジョンへと向かう。
ステータスの1つであるHPを上げれば、今よりも体力は多少マシになるだろう。
……決して、私がダンジョンを探索するための言い訳ではない。
私が今回訪れたダンジョンは、昨日のダンジョンとは多少離れた場所にある、炎属性を主とした魔物がはびこるダンジョン。
昨日は屋敷からそう距離のないダンジョンだったから気が付かなかったが、やはり私には体力がない。
私はダンジョンにたどり着いただけで息も絶え絶えになっていた。
「……ん?」
ダンジョンをぐるっと囲むように広がる森の向こうから、ひそかに人の声が聞こえ、私は耳を澄ませる。
大勢の人の明るい声。この声は、いったい?
一度疑問に思ってしまうと、私はどうしようもなく声の正体が気になってしまい、私は自分の耳を頼りに、声のする方へ近づく。
「わ……町だ!」
声のした方へ向かうと、少し開けた場所に出て、私の眼下にはそれなりの広さがある町が広がる。
二次元の中でしか見たことのない中世ヨーロッパ風の景色に、私は自分ですら信じられないぐらいテンションが上がる。
しかし、町に行ったとて特にすべきこともないだろうと考え、私は本来の目的であるダンジョンへと引き返す。
結局無駄に疲れただけだったなぁ、と考えながら、私はダンジョンの前へと再びたどり着き、ダンジョンへと足を踏み入れる。
私に有利な風属性の魔物が多く出現するダンジョンもあるにはあるが、屋敷から多少離れてているため、今の私の体力では厳しいであろう。
それに、昨日のようにダンジョン最深部に行けば、新たな武器が手に入るかもしれない。炎魔法の武器さえ手に入れば、私の戦力増加につながるであろう。
そんな不確かな可能性に縋りながら、私はワンパターンしかない炎魔法を使って、奥へ奥へと進んでいった。
「あった!」
さほど時間もかからずに私はダンジョン最深部へと到着した。
休憩する必要もない広さでホッと安堵しながら、私は部屋の中心部に置かれた宝箱へと近づき、期待に胸を弾ませながら、ゆっくりと宝箱へと開ける。
「…………」
中に入っていた物を見て、私は言葉を失う。
宝箱の中に入っていたのは弓矢であり、たしかに武器であるのには間違いないのだが、その弓矢は深緑色をしており、これではまるで、風属性の武器みたいではないか…………。
「なんでだよ!?」
たしかに、ゲームではダンジョンによって多少確立が異なるだけで、宝箱に入っている物はランダムだった。
しかし、武器は攻略対象たちにも装備することができるため、それで困らなかった。
だが、今は私一人。私にとっては炎属性以外の武器は無価値に等しい。
「……あ!」
しばらく思考したところで、私はダンジョンの近くに町があったことを思い出す。
町の武器屋で武器を売却することができれば、炎属性以外の武器にも価値が見い出せ、ダンジョンへレベル上げ以外の目的ができる。
そうと決まれば早速町へ向かおうと、私は弓矢を手にしながらダンジョンの出口へと向かうのであった。
町につくと、冒険者っぽい人たちをちらほらと見かけ、ここは本当に私のいた平和な世界ではないのだと改めて実感する。
一瞬だけ、チラリと私の頭の隅に元の世界に戻りたいという考えがよぎる。
しかし、死んだ人間がもう一度同じ人間として、同じ世界に戻ることなんて不可能だろうと思い直し、私はくだらない考えを振り払うように、息が切れない程度に歩くスピードを速め、武器屋へと向かう。
「ここか?」
他の建物よりも少し大きめの建物の中をのぞくと、色鮮やかな武器が私の目に入り、十中八九この建物は武器屋だろうと目星をつけ、私は恐る恐る建物の中へと入る。
「おお、いらっしゃい!!」
もしも武器屋じゃなかったらどうしようという心配を吹き飛ばすかのように、中の店員さんらしき人が私を明るく出迎えてくれ、ほっと胸をなでおろす。
「実は武器を売りたくて……」
「そうか。じゃあ早速だが武器を見せてくれ」
恐らく、幼い私がそんな大層な武器など持っていないと判断したらしい。
軽い口調の店員さんだったが、私の腰に深い青色の細長い剣が差さっているのを目にしたらしく、目を見開く。
「お嬢ちゃん、その剣はどこで手に入れたんだ……?」
「屋敷の近くのダンジョンです」
「へ、へぇ……あ、お父さんか誰かにもらったのか?」
「いえ、自分の力だけで手に入れました」
私を訝し気に見つめる店員さんに、私は内心、苦笑いを浮かべる。
だって、幼い少女が一人でダンジョンへ行き、自分の力だけで剣を手に入れたというのだ。不審に思わない方が無理であろう。
「……で? この剣は買い取れますか?」
「い、いや~……」
渋る店員さんを見て、剣一つだけでこの調子じゃあ、布で包んで隠してある弓矢と一緒の買取などもっと無理であろうと考える。
う~ん、他のお店でも見つけて買い取ってもらおうかな……でも、この店員さんの反応を見た限り、他のお店でも同じような対応を取られるだろうし……。
「――どうしたんだ、ラングレス」
「師匠!」
少しの間、両者ともに沈黙を貫いていると、店の奥から立派な白髭を蓄えた、貫禄のある男性が出てくる。
「こ、この子が武器の買取をしてもらいたいと……」
「なるほどな……お嬢さん、わしはこの店の店主じゃ。少しの間だけ、その剣を預かってもいいかな?」
「はい、どうぞ」
私が店主さんに素直に剣を渡すと、店主さんは白髭をいじりながら深い青色の剣に見入る。
「ほぉ、実に素晴らしい武器じゃのぉ……わかった。お嬢ちゃんさえよければ、この武器は我が店で買い取ろう」
「いいんですか!?」
パッと自分でもわかるぐらいの笑みを浮かべながら、店主さんに問いかける私に対し、ラングレスと呼ばれた店員さんは、いい顔をしない。
「しかし、師匠。俺はこの子をあまり信用できなくて……」
「失礼だぞ、ラングレス。客に性別も年齢も関係ない。このお嬢さんが我が店で武器を買い取ってもらいたいと願った時点で、このお嬢さんは我が店のお客様なのだよ」
店主さんに諭され、店員さんはぐぬぬと言いよどむ。
「すまないね、お嬢さん。言い訳になってしまうが、こいつはまだまだ若造だ。許してやってはくれないか?」
「いえ、全然気にしてませんので大丈夫ですよ!」
「ふむ、よくできたお嬢さんだ。ラングレスも見習ってもらいたいものじゃ」
人好きの良い笑みを浮かべる店主さんは、何かを見抜いたかのように私に問いかけてくる。
「他に買い取ってほしいものはあるかな?」
「あ、じゃあこれもよろしくお願いします」
布で隠してある弓矢を見透かしたかのような店主さんの発言に、私は一瞬だけびっくりしながら弓矢を手渡す。
「あい、わかった。鑑定にあまり時間はかからないとは思うが、店の中を自由に見ていていいからな」
店主さんはそう言い残し、再び店の奥へと消えていく。
「……すまないな、お嬢ちゃん」
店主さんが去った後、シュンとしながら私に謝ってくる店員さんに、私はクスリと笑いながら「大丈夫ですよ!」と返した。




