16話 悪いうわさ
あぁ、イラつく。どうしてわたくしが責められなければならないのか。
だって、平民なんて部外者じゃない。誇り高きわたくしたち貴族と同じ立場だなんて、到底受け入れられるわけがない……そうだ、あの目障りな令嬢を貶めれば、わたくしの批判は消えて無くなるかもしれない。
「ねぇ、スティラ様って、魔法を発動する時に不正をしているらしいわよ。それに、自分よりも立場が低い人間……例えば、あの平民のシャイリン様とかをいじめているらしいわ」
初めはわたくしの言葉なんて、誰も信じてはくれなかった。
それでも、何度も何度も繰り返し嘘を広めていくと、だんだんと信じてくれる人も増えてきた。
それに、わたくしの話がどんどん尾ひれをついて、スティラ様が人を殴ったとか、お金を巻き上げたりとか、色々な彼女の悪いうわさが学園中で飛び交った。
あぁ、人間って何て愚かなんだろう。こんなにも簡単にわたくしの嘘を信じてくれるだなんて。
スティラ様はいまだ、自分のうわさに気が付いていないようだけど、それも時間の問題であろう。
「ふふ、貴女の驚き、苦しむ姿が恋しいわ。スティラ様」
あの忌まわしき令嬢の苦しむ姿を思い描きながら、わたくしはかりそめの笑顔を浮かべた。
「?」
初授業から一週間ほどが経ったある日、私が教室に入ると、何故だかクラスメイトのみんなが私の方に一斉に軽蔑した視線を向け、なんだか居心地が悪い。
いったい、何があったんだろう……? ハッ! まさか、私の顔に今朝食べたラーメンのカスでも付いているのだろうか!?
「あ、ス、スティラ様ぁ……!!」
私がクラスメイトのみんなを不審に思いながらも、とりあえずどこかに座ろうと教室を見回してみると、何故か焦った様子のシャイリンに話しかけられる。
「あら? どうしたのですか、シャイリンさ……え、ちょっと!?」
私が軽く首をかしげると同時に、シャイリンに思いのほか強い力で手を引っ張られ、よろめきながらも私はシャイリンについていく。
「ちょ、急に何!?」
人通りの少ない学園の廊下に到着すると、シャイリンが歩を止めたため、私は若干取り乱しながらも、シャイリンにそう尋ねる。
「あ、あああ、あの!! な、なんだかクラス……というか、学園中で、スティラ様の悪いうわさがたっているようでぇ……!!」
「悪いうわさ……?」
ま、まさか、内緒でダンジョンに通っているのがバレてしまったか!? いやでも、ダンジョンに行くときはちゃんと変装をしているし……。
「はいぃ……スティラ様が私をいじめているとかぁ、人を、こ、殺した、とかぁ」
シャイリンの語る私のうわさはどれも身に覚えがなく、どうしてそんなうわさがたっているのだろうと、私は不思議で仕方がない。
「――大方、スティラ嬢を恨む何者かによって、噂は広められたのであろう」
「うん。姉さんはたしかに頭のネジは数本取れてはいるけど、噂されているような人間じゃないのは、僕が一番分かっているしね」
「ルイシュアに殿下!? いったいどうしたのですか……?」
一瞬、ルイシュアに貶されたような気もしたが、そこは気にしたら負けの精神でスルーし、私は突然現れたティルセラとルイシュアにそう問いかける。
「なに、シャイリンとスティラ嬢が教室から慌てた様子で出ていったのを見てな。不審に思って後をつけてきた」
「で? 私たちの話を盗み聞きした、と?」
「……」
私の言葉にだんまりを決め込むティルセラに呆れながらも、私の”悪いうわさ”について考える。
「わ、私はもちろん、スティラ様のうわさなんて信じてませんよぉ……! だって、スティラ様は階段から落ちた私を、自分が汚れるのを顧みず、助けてくれたんですしぃ!!」
「それに、クラスメイトならわかることだ。スティラ嬢がシャイリンをいじめるなどという行為をしていないことぐらい」
「あとは魔法についての件だけど……。姉さんが長い間をかけて魔法の実力をつけてきたのを、僕は間近で見続けてきたんだ。それを他人にケチをつけられる筋合いはないね」
「みんな……!」
私を庇ってくれる心強い言葉に、私は感動の声をあげる。
「……そうだよ。私はうわさになるような行為は何一つしていないんだ! 私は他人の悪意には決して屈しない!!」
私が声を大にして決意を言葉にすると、三人はうんと頷いてくれる。
でも、今はとりあえず、もう一人ぐらい心強い味方を増やしてみよう。
とはいっても、私に親しい人なんてなかなかいない。味方にするなら信用できる人がいいし……。
(ハハっ。な~に気に病んでんのさ。お前は自分を貫き通すんだろ?)
「――姉さん? どうしたの、急に顔を赤くして」
「な、何でもない!!」
私は手で頬を仰ぎながら、当たり前のように頭に浮かんできた顔を必死に振り払う。
どうして自分がこんなに取り乱して、恥ずかしいと思ってしまうのか、私は理解ができない。
……でも、やっぱりあの人は自分の味方になってほしい。悪いうわさを信じてほしくはないと、そう思った。
その後、私は三人に無理を言って先に教室に戻ってもらい、あの人を探しに学園中をさまよっていた。
「フェリナズ様!」
「スティラ嬢……? って、別に様付けしなくてもいいのに」
早速、私があの人――フェリナズ様のことを見つけ、意気揚々と彼に話しかける。
中々見つからないと思ったが……何故かフェリナズ様は学園の東屋で分厚い本を読んでいた。
「こんなところで何をしているんですか? もうそろそろ授業が始まりますけど……」
フェリナズ様に軽蔑した視線を向けられないことにほっとしながら、私は気になったことを口にする。
「あぁ、いや……」
もごもごしながら頬を掻くフェリナズ様をじっと見つめると、彼は観念したように口を開く。
「実は、なかなかクラスになじめなくて……サボっちゃってた」
いたずらっ子のように笑うフェリナズ様の言葉に私は目を見開く。
「ん? どうした?」
「いえ……てっきり、フェリナズ様は真面目な生徒だと思っていたので……」
「はは、そんなわけないよ。何を隠そう、俺はA組の生徒だからな」
「……え?」
フェリナズ様の言葉に、私はピキッと固まる。
A組の生徒は問題児で固められているらしく、その理論でいけば、目の前にいるフェリナズ様は問題児ということになる……。
「……意外です。フェリナズ様のどこが問題児なのでしょうか?」
「え?」
今度はフェリナズ様が驚いた声をあげ、フリーズしたように固まってしまう。
「えっと……だって、フェリナズ様は私を笑って肯定してくれて。それがどんなに私にとっての救いになったことか」
「そ、それは……お前の自分を貫く姿があまりにも眩しかったから……。だから、肯定してあげないと失礼だろ?」
照れたように目をプイっと私からそらすフェリナズ様のしぐさで、私の胸はどうしようもなく高鳴る。……やっぱり、フェリナズ様と一緒にいると変になるんだよなぁ。
「まぁ、俺のことは良いんだよ。どうする? スティラ嬢はこのまま授業をサボっちゃう?」
「う~ん……」
多分、今から急いで教室に戻ったって授業には絶対に遅れてしまう。それに、この後はつまらない座学の時間。きっと、フェリナズ様と話していた方が数百倍は楽しい。
「えっと……フェリナズ様さえよければ、ご一緒しても良いですか?」
謎に緊張しながらそういうと、フェリナズ様は嬉しそうな笑顔を浮かべながら「もちろん!」と答えてくれる。
「ほら、ここに座りなよ」
自分の横をポンポンと叩くフェリナズ様の言う通り、私は静かにフェリナズ様の横に座る。
「で? 俺を探してたようだけどどうしたの?」
早速本題に入られて、私は胸をドキリと弾ませる。
「……フェリナズ様は、私のうわさについて、耳にしていますか?」
「あぁ、スティラ嬢の性格が悪いとか、魔法を発動するときに不正をしているとか、人を殺してるとか……」
予想通りというかなんというか、やはりフェリナズ様も私のうわさを耳にしているよう。
私はフェリナズ様の言葉を受け、遠い目で嫌われちゃったかなと考えていると、フェリナズ様は暗い顔をしているであろう私の顔を覗き込んでくる。
「でも、俺は信じてないぞ? 信じてたら、お前とこんな風に二人きりになるなんてことは避けたいからな」
ニヤッと笑いながらそう言われ、私はうッと言葉を詰まらせる。
ちっちゃいころからルイシュアを振り回してきた自信はあるけど、他人に振り回されることなんてなかなか無くて……なんかちょっと、調子が狂う……。




