1話 悪役令嬢の底力
朝起きたとき、私の中にふわりと流れ込んできた記憶。
私の前世はゲームと漫画だけが友達という、オタク気質な女子高生。……そして、この世界が乙女ゲームの世界であり、私は悪役令嬢に転生してしまったということ。
「……いやいやいや、ないないない」
一人言い聞かせるようにそうつぶやきながら、私は自分の頬を強くつねる。
……痛い。じゃあ、ここは夢ではない。
私は、無駄に豪華な部屋を睨むように見据えながら、自分が置かれている状況を整理する。
私はレミラクシャ侯爵家の一人娘、スティラ・レミラクシャ。年齢は5歳。
この名前は、とても聞き覚えがある。乙女ゲーム「5色の魔法と王子様」略して「まほ王」の悪役令嬢の名前だ。
……やはり、私は巷でよくある、乙女ゲームの悪役令嬢転生というやつをしてしまったのだろうか?
「どうして、よりにもよってこの作品なんだ……」
まほ王は貴族のみが通う魔法学園に、唯一の平民としてヒロインが入学し、三年間の学園生活で攻略対象と愛と友情を育むというゲーム。
一方で、誰にでも好かれるヒロインに嫉妬し、悪役令嬢ポジのスティラはヒロインをいじめ倒しすのだが、スティラの末路は断罪だけ。
例えゲームがハッピーエンドで終わろうがバッドエンドで終わろうが変わらない、悪役令嬢の雑な死亡。
このままゲームの通りに進めば、私の死ぬ未来は免れない……。
「そんな未来、認めるものか!!」
死ぬ未来? そんなもん関係ない。ヒロインと一切関わらず、ゲームの展開に関与しなければ、きっと断罪を回避できるはずなんだ!!
……と、意気込んだものは良いものの。もしかしたら、ヒロイン側から私に関わろうとし、私は死の運命を回避できなくなるかもしれない。
ゲームでは、スティラは断罪されて王都追放後、自分一人で生きる力がなく死んでしまった。
それならば、私は断罪された時の為、一人で生きていけるぐらいの力を身につければいいだけだ。
まほ王の世界では魔法が存在し、今から鍛えればゲームの舞台である魔法学園入学までにはかなりの強さを手に入れることができるだろう。
「よし、そうと決まれば頑張るぞ!」
まほ王は一部RPG要素があり、レベルやステータスなども存在している。
ステータスはHP、攻撃、防御、魔法、素早さの5つがあり、レベルを上げればステータスも同時に上がる。そして、一番レベルなどを効率よく上げられる方法が、この世界にはびこる魔物を倒すこと。
ゲームではRPG要素はあくまでおまけ程度であり、ゲーム本編の三年間でレベルやステータスのカンストはかなり難しい。
しかし、私たちゲームの主要キャラが学園に入学するのは15歳。すなわち、私には学園入学までの猶予がまだ10年近くあるのだ。
たしか、レミラクシャ家の屋敷近くには、初心者向けのダンジョンがあったはず。
スティラはゲーム内で親と顔を合わせる機会などほとんどなく、親と一緒には住んでいないと語っていた。親に愛されないせいで歪んでしまったスティラだが、今の私には関係ない。
むしろ、屋敷には私のお世話をするためのメイドさんしかいないため、親の目なんて気にする必要がない。今の状況は私にとっては好都合だ。
まずは行動あるのみ、と私は意気込み、動きやすい格好に着替え、メイドさんたちの目をかいくぐりながら、屋敷の門へと向かった。
この世界は炎・水・風・光・闇と、5つの属性の魔法が存在しており、その中でも光魔法と闇魔法を扱える者は希少だ。
ヒロインはそんな希少な光魔法と闇魔法を両方とも扱うことができるため、貴族のみが通える魔法学園への入学を許可されたという経緯がある。
闇魔法は炎・水・風魔法の3属性に強く、光魔法は3属性に弱い代わりに闇魔法に強い。すなわち、そんな2つの魔法を扱うことができるヒロインは名目上、作中最強キャラということになる。
……まぁ、この設定はヒロインのすごさを強調させるための死に設定であり、ゲーム内の戦闘パートはほとんどが攻略対象たちが戦うことになるのだが。
ちなみに、悪役令嬢である私が扱うことができるのは炎魔法だけ。そもそも、ヒロインが特別なだけで、この世界で2つ以上の属性を扱えるのは異例中の異例である。
相手が闇魔法を扱える時点で私に勝ち目はない気がするが、ヒロインが鍛えていない状況であればまだ、レベルやステータスでのごり押しがいけるかもしれない。
「……まぁ、色々考えるだけ無駄かな」
ダンジョンを前にして怖気づいたかのように考えこんでしまう自分に呆れながら、私はダンジョンへと一歩、また一歩、歩みを進める。
初心者向けのダンジョンといっても、ここのダンジョンに多く生息している魔族は水属性を持つ魔物ばかり。
炎魔法は風魔法には強いが水魔法には弱いため、慎重に進んだ方が良いだろう。
この世界はゲームの世界のように、死んでもリトライなどできない、一度きりの世界。せっかく好きなゲームの世界に生まれ変われたのだ。今度こそ長生きしてやる。
「……グルルルルルル」
「!?」
決意を胸にダンジョンを進み続けていると、猛獣の唸り声のようなものが聞こえ、私は身構えずにはいられなかった。
私が声のした方へ体ごと向けると、そこには、半透明な体を持つ、狼のような生き物がいた。
あの特徴からして、恐らくウォルクルスと呼ばれる水属性の魔法を使う魔物だろう。
ゲーム本編には登場せず、設定資料集にしか出てこない、ガチ勢しか知らない魔物。
私は記憶の隅に追いやったウォルクルスの生態をひねり出す。
凶暴な生態ではあるが魔力が少なく、弱点である頭のコアを壊せば簡単に討伐できる。
ふぅ、と大きく息を吐きながら、右手の人差し指を頭のコアへと向ける。
……あれ? 魔法ってどう出すんだっけ?
たしか、ゲームでは魔法の名前を唱えれば出せていたはず…………やばい、肝心な時に炎魔法の名前がパッと頭に浮かばない。
「……バァ――ン!!」
ウォルクルスの生態は案外あっさりと思い出せたのだが、肝心の炎魔法の名前がなかなか出てこず、私は声音で銃音をまねし、魔法が自分の指から出てくれるのを祈る。
……まさか本当に魔法が指先から出てくるとは思わなかったが。
「クゥウウンンン……!!」
「は?」
呆気にとられる私をよそに、私の指先から出てきた炎の玉が一直線にウォルクルスの弱点である頭のコアに吸い込まれるかのように飛んでいき、ウォルクルスは一瞬にして黒い灰のようになって消滅する。
「ほ、本当に出ちゃうんかい!?」
自分の身に起きたことがいまだ理解できず、私はじっと右手の人差し指を見つめる。
「……これが、才能ってやつ?」
ゲームの工程を無視して魔法を打てたことに感嘆しつつ、私はもう一度、適当な所に指先を向け、銃声をまねした声をあげる。
すると、またしても私の指先からは炎の玉が飛び出し、ダンジョン内の一部で派手な音と共に煙が上がる。
「ヒャッハア――!!」
前世では信じられない状況に私はテンションが上がり、何度も何度も魔法を発動させる。
何度か甲高い声や低い唸り声も聞こえた気がするが、私はそんなことなんて気にせず、ダンジョンの奥へ奥へと突き進んでく。
そして、気がつけば私はダンジョン最深部に到達していたらしく、私は部屋の中央に置かれた豪華な箱のようなものが目に入る。
「まさか、これは貴重なアイテムとかが入っているタイプの宝箱では……!?」
私は嬉々として宝箱に近づき、宝箱をそっと開ける。
「えっと、これって…………」
宝箱の中に入っていたのは、深い青色をした細長い剣。
ゲーム内では、たしか武器と使用者の属性が合わないと、武器は装備することができても大して意味をなさない。
残念ながら、私は目の前に置いてある宝箱の中に入っている剣に見覚えはないが、何処からどう見てもこの剣は水属性の物。すなわち、私はこの剣を上手く扱うことなどできないだろう。
というか、よくよく考えればこのダンジョンは水属性の魔物がはびこっているダンジョン。そんなところでドロップするアイテムなんて、水属性のものが大半を占めるのであろう。
若干の肩透かし間を喰らいながらも、私の目的はレベルとステータス上げだと自分自身に言い聞かせ、私は宝箱の中の剣を手に持ちながら、ダンジョンの出口へと向かう。
まぁ、素振りの練習ぐらいにはなるだろうしね。




