最終話 ざわめきの在処
「斎藤さん、シオガの長期任務お疲れ様です」
シオガから帰任後、久しぶりに霞ヶ関に出勤した私は、まず堀江課長への報告を済ませた。
「ありがとうございます」
「シオガでも普通に、祷雨の件以外の省内業務もこなしてくださって、皆さん驚いてましたよ。本当に斎藤さんはシオガにいるのかって。
あの祷雨の動画もかなり反響があって、防衛省や首相官邸も前向きになったようです」
「…祷雨の動画、総理にまで共有されているとは驚きました」
「総理はアニメやサブカル好きをアピールして、若者の支持を広げようとされてますからね。龍の儀式とか、多分お好きだと思って」
確かに、総理が前向きだと実現の可能性は格段に上がる。
「…しかしあの動画を見て、一部の人から懸念の声が上がりましてね」
「懸念ですか?」
「はい、龍が苦しむ姿を見て、故意に虐待していると取る人が出るのではないかと。
人に危害を与えた熊を駆除しただけで、苦情が集まる時代ですからね。『動物への配慮がない』と否定的な動きが出るかもしれません」
「…分かりました。各方面と調整のうえ、対応方針を整理いたします」
「本当に…」
堀江課長はわずかにため息をついた。
「自分が守りたいものを、身を切って守る覚悟がある人は、どのくらいいるのでしょうね…」
そう言って、すぐに堀江課長はいつもの微笑みを浮かべた。
「来月の神羅儀神社での視察、よろしくお願いします。現地の雰囲気も一度見ておきたいので」
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神羅儀神社での龍穴開放、そして龍の召喚はなんとか成功した。
あとは肝心の早川さんの同意を得るだけだ。
神羅儀神社からの帰りの車の中で、早川さんはスマホをずっとさわっていた。
シオガから来た龍、ライタンの画像がSNSで拡散されてると伝えたから、それを必死で確認しているらしい。
しばらくして、ほっとしたようにこちらを見た。
「斎藤さんがおっしゃったように、はっきりした画像はないですね。龍だと断定できる証拠はなさそうです」
「これから新しい画像が上がらないとも限らないので、こちらでも確認は続けますが」
そう言うと早川さんは複雑そうな顔をしたが、やがてスマホを見ながら呟いた。
「…私、スマホをシオガに持って行かなかったので、龍たちの写真を持っていないんですよ。だからこの画像でも嬉しいなって」
何かを思い出したように微笑みながら言う。
「ライタンもメイリンも、最初はなかなか心を開いてくれなくて困りました」
「かなり悩んでおられましたよね」
「はい。でもそのあと心を開いてくれてからは、本当に甘えてくれて。
高坂さんが言ってたんです。警戒心の強い子ほど甘えたい性格が多いって……、斎藤さん、どうされたんですか?」
「え?」
はっとして早川さんに聞き返す。
「いえ、斎藤さんもそんな顔されるんだなと思って。ちょっと意外でした」
早川さんはクスクス笑ってまた視線をスマホに戻したけど、私は何となく早川さんの言葉が頭に残った。
なんだろう、このざわざわする感じは。
初めての感覚に私は戸惑っていた。
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「それで早川さんは、祷雨やりそうなの?」
「分からない。来週また連絡取ってみるけど」
結局、矢野との関係は切れなかった。
シオガの半年赴任、矢野の異動と重なったのでこのまま自然消滅かと思ったけれど、結局こいつが一番都合がいいのも事実だ。
「あの堀江課長に圧をかけられたら怯むよなあ。俺でもビビるもん」
起き出してさっさと服を着てる私を見ながら、矢野はベッドから身を起こして言った。
「…なあ、この半年考えてたんだけど」
「何?」
「俺たち、籍入れない?」
「……………………はあ?」
「あ、その顔すげえ傷つくんだけど」
「いや、何言ってるの?」
「だってさあ…」
膝の上に肘をついて、こちらを見る。
「恋愛感情はさておき、お互い性格も知り尽くしてるし、仕事も信頼できるじゃん。体の相性もいいし、夫婦と言うより良いパートナーになれる気がするんだけど」
「…私、他の男とも寝るけど」
「あ、それはやめて欲しいかな」
「じゃ、却下」
矢野はガクッと落ち込んだ。
…でも。
「…今度、うちに来る?」
「え、前向きに考えてくれんの?」
「籍は無理だけど、パートナーって言葉は考えてみてもいいかも」
矢野は一瞬驚いたようだったけれど、その後ニッと笑った。
「…じゃあ、これからもよろしくな。紀子」
斎藤編はこれにて終わりです。
次回より矢野視点で話が始まります。




