言葉にすること
(矢野視点)
斎藤と付き合って半年がたった。
その日俺は、斎藤の家のリビングのソファに座ってスマホをいじっていた。
いくつか契約したままになってたサブスクの整理をしていたのだ。
この日斎藤は、用事があると言って出掛けていた。
俺が一人で家にいることを許してくれるようになったのは、俺にとって嬉しい一歩だ。
動画のサブスクを見ていると、いくつかアダルトサイトもでてきていた。
最近は見ることもなくなったなと思ったけど、ついサムネを見ると開いてしまうのは男の性だろうか。
いくつか動画を見てみたけど、自分でもびっくりするほど興奮しなかった。
と言うかどれを見ても斎藤がちらつくと言うか、この女優は斎藤より地黒だなとか、声が高いなとかそう言うことばっかり考えてしまう。
そう思いながらぼんやり動画を見ていると突然耳元で声がした。
「何見てんの?」
心臓が止まりそうになりながら慌てて画面を消し、そちらを見ると斎藤がいた。
「さ、斎藤、なんで?夜まで帰って来ないはずじゃ…」
「忘れ物取りに帰っただけ。また出掛ける」
斎藤はいたって普通だ。
イヤホンはしていたから音は聞こえてないはずだし、画面も見られなかったかと少し安心したところ、斎藤があっさりと言った。
「別に隠さなくていいのに。男なら普通に見るでしょ」
や、やっぱり見られてた…
「ご、ごめん」
すると斎藤は不思議そうな顔をした。
「なんで謝るの?別にいいのに」
本当に心の底から気にしてないようだった。
この辺の心理はよく分からないな、と思ってたら斎藤からまさかの発言がでた。
「私もたまに見るよ」
一瞬、思考が止まる。
「え?見るの?」
「うん、まあ参考がてらと言うか。普通の男はこういうのが好きなのかとか、この女優演技が大袈裟だなとか」
…ああ、そう言う分析をしてるわけね。
斎藤のことだから仕事モードでAV見てそうだな。
と思いながらも、少しモヤついた部分もある。
「…なあ、その普通の男のこと考える必要ある?俺のことだけ考えてればよくない?」
すると斎藤は少し目を細めてこちらを見た。
「AVこっそり見てた矢野がそれ言うの?」
ズバッと返されぐうの音もでない。
「…はい、すみません」
「だから謝らなくていいって。人にはいろんな性癖があるんだし」
事も無げに言うので、思わず俺は聞いてみた。
「斎藤もあるの?そう言う性癖みたいな」
「あるよ。もちろん」
「そ、それは俺は知ってる?」
すると斎藤は小悪魔みたいに、ニヤッと笑った。
「さあ、どうだろうね」
「…すげえ知りたいんだけど」
「じゃあ…」
そう言って斎藤は俺に近寄り、耳元でささやいた。
「…今夜、教えてあげる」
固まってる俺を横目に、斎藤は軽く笑った。
「夕食は白井さんと食べてくるから。じゃあ行ってきます」
そう言って、斎藤はさっさと部屋を出ていった。
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その夜、斎藤は21時前に帰ってきた。
「ただいま」
「お帰り。何か食べるか?コンビニで適当に買ってきたけど」
「いい。矢野は夕飯食べた?」
「うん、外で適当に。今は晩酌してるけど、斎藤は飲まないよな」
「うん、お酒は苦手」
そのまま冷蔵庫に行き、水のペットボトルを手にとって俺の隣に座った。
「おまえ、白井さんと仲いいよな」
白井さんは政策課にいる女性事務官だ。
「色々聞かれるんだよね、スキンケアとか服のブランドとか。そう言う話も楽しいからいいんだけど」
「でもおまえ意外と無頓着だよな。服がほとんどユニクロって知ったときは驚いたよ」
「そう?定番はハズレないし洗濯にも強いからいいと思うけど」
斎藤は仕事は容赦ないし一見取っつきにくいけど、話せば意外とフランクだから、男女ともに人気がじわじわ広がるタイプだ。
女性はまあいいけど、男はあの志水みたいなのもいるから油断ならない。
話しながら斎藤は俺の肩に頭を乗せてきた。
そこでふと昼の話を思い出す。
まあ、その話をいきなりするのも急だしな。
「矢野はさあ…」
「うん?」
「どんな性癖あるの?」
口に含んだビールを吹きそうになる。
「…そう言う話を前触れなくするなよ」
「そう?気になってるかと思ってた」
「いや、気になってはいるけど」
斎藤は特に感情も見せず、じっと見てくる。
俺は戸惑いながらもゆっくり答えた。
「…性癖って言うか、まあ、細身で色白の人が好きかなと思うし、どっちかと言うとショートカットで…」
言いながら気づく。
これもろ斎藤のことじゃん。
「…それ、性癖って言うよりただの好みだね。もっと変態っぽいこと言うかと思った」
「…おまえ俺のこと、どう思ってんの?」
「いや、何となく」
そこで斎藤が黙ったので俺も聞くことにした。
「斎藤の性癖はなんなんだよ」
「そうだねえ…」
珍しくはっきり言わない。
「それはあとでベッドでよくない?」
いやいや、話振ったのおまえだろ?
本当に振り回されてばっかりだな。
「…でも」
斎藤は俺の首に手をかける。
「仕事中はかっこいいのに、プライベートは違う面見せる人はたまらないなって思うよ」
「俺、かっこいい?」
「あくまで一般論」
なんだよ、それ。
徐々に抑えきれなくなって斎藤の腕をつかむと、斎藤はスルッと抜けた。
「まだ早いから」
モヤっとしてる俺の顔を見てクスクス笑う。
「その耐えてる顔もいいね」
「焦らしてんの?」
「うん。楽しい」
「悪趣味だな」
「知らなかった?」
そして顔を近づけてくる。
「今まで会ったどの男よりも、セクシーだよ、矢野は」
「…他の男の話やめろよ」
「せっかく褒めてるのに」
「やめろつってんだろ」
「矢野は私のことを元カノたちと比べたりしない?」
「しない!」
頭の中でブチッと切れる音がした。
勢いのままソファーに力付くで押し倒す。
「煽んのやめろよ。どうなっても知らねえぞ!」
「どうなるの?」
「いちいち聞くなよ」
斎藤は一瞬目を丸くしたあと、フッと笑った。
「そう言う矢野が見たかったんだよ。…それが私の性癖」
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(斎藤視点)
目を覚ましたら深夜だった。
ソファで二人で寝てるから狭いし体も痛い。
覆い被さってる矢野の体を押しやって、何とか抜け出す。
立ち上がって水を飲みに行こうとしたけど、脚に力が入らなくてその場でへなへなと座り込んでしまった。
まだ全然起きる気配のない矢野の顔を見る。
のんきに寝てる寝顔が憎たらしい。
…あそこまでするなんて聞いてなかった。
思わず矢野の頬をつねる。
「…う、痛い」
それでようやく、矢野も目を覚ましたようだ。
しばらくぼんやりしてたようだけど、私の顔を見てはっと気づいたようだ。
「体、大丈夫か?」
「脚に力入んないよ、やりすぎ」
「煽ったのおまえじゃん。どうなっても知らねえって言ったのに」
そう言いながらも、心配そうにこちらを見てくる。
「…やっぱり嫌だった…?」
そうやってこちらを気遣うのは、いつもの矢野だ。
「…嫌じゃなかったよ。驚いただけ」
「…悪い。俺もあそこまでやるの初めてだったから」
「まあ…」
脚が立たないのでズルズルと、矢野にすり寄る。
そして、軽く矢野のおでこにキスをした。
「たまには刺激的なのもいいかもね。でも普段の優しい矢野も好きだよ」
そう言うと矢野はガバッと身を起こした。
「もう一回言って?」
「刺激的なのがいいってとこ?」
「いや、その後」
ああ、と気づいた私はあっさりと返した。
「矢野も言ったことないじゃん」
「俺はいつでも言えるよ」
「じゃあ言って?」
すると矢野は顔を近づけてきて、耳元で小さく囁いた。
「愛してるよ」
「…」
「…何か反応しろよ」
「えーと…告白されたの、今?」
「そうだよ」
「じゃあ、お返しに『いつもお世話になってます』って言っとく」
「ふざけんな」
矢野はフッと笑った。
「でも、そういうところもお前らしいよな」
「でしょ。…まあ、なんだかんだ一番大切なのは矢野だから、それは信じてくれていいよ」
一瞬の間のあと、腕を引かれ思いっきり抱き締められた。
「…やっぱりお前じゃなきゃダメだわ、俺」




