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第8話 契約未満、恋愛以上

俺が政策課から企画課へ異動になった翌日、例のSDカードが堀江課長へ届いたらしい。


それは即政策課内で確認後、外務省の共有クラウドにアップされた。


20分ほどの動画だが、まるで映画のような光景だった。


祷雨の巫女である早川さんの履歴書は見たことがあって、それだけでも綺麗な人だと思っていたけど、祷雨を行う早川さんは神々しさすら放っていた。


現れた龍のインパクトもすごかったけど、それに引けを取らない抜群の存在感、そして徐々に集まってくる女性たちを牽引する力。


女性の声が集まり稲光が走り、空気や地面が震えてるのが分かる。


そして雷に撃たれ消える龍の姿、その後の豪雨。


パソコン画面でもこの迫力なんだから、現地ではすさまじかったと思う。


これを斎藤は日本でやろうとしているのか。


祷雨に否定的で陰口を叩いていた連中も、これを機にピタッと口を閉ざした。


堀江課長が首相官邸、そして総理にも話を通したと言う事実に、もう誰も口を挟めなくなっていた。


省内の空気は、「どこまで上が話を通したか」で変わるからだ。




その一ヶ月半後、シオガから帰任した斎藤は霞ヶ関に出勤し始めたらしい。


らしいと言うのは、今の俺がいる企画課は政策課とはフロアが違うので顔を会わせないからだ。


行き来はなくはないけど、階が違ったら顔を会わせる機会が格段に減る。


そして斎藤からは戻ってきたと言う連絡もない。


こちらから連絡するのも気が引けて、そのまま日にちだけが過ぎていった。



──────────────



日本で祷雨を行うのに協力が必須の神羅儀神社。


そこへの現地訪問も無事に済んだらしい。


その段取りは俺が立てていたけど、とりあえず龍の召喚もうまくいったようだ。


同行した事務官の白井さんがその映像を撮っていてそれもクラウドにあげられていたけど、日本の山並みの上に現れた龍の存在感も圧倒的だった。


龍が神格化されるのも分かる気がする。


あとは早川さんの同意を取れれば祷雨は実行できるはず。


斎藤の夢はもうすぐ叶いそうな段階まで来た。



もう俺にできることはなさそうだけど、このままうまく行けばいい、そう思っているとーー



ある日、斎藤から「会いたい」とLINEが来た。



────────────────



以前と何の変わった様子もなく、斎藤は俺の部屋にやってきた。


何となくソワソワする。


今まで何度もこの部屋で会ってたのに、どうやって時間を過ごしていたか忘れそうになっていた。



斎藤はいつも通り部屋に上がると、そのまま寝室のベッドの上に座った。


そしてこちらを見る。


「…何か言うことないの?」


「え?」


「お帰りとか」


「あ、お帰り」


「ただいま」


何だか様子が今までと違うような?


斎藤の内面が全く見えない。


「矢野」


「うん?」


すると斎藤は、両腕を広げてきた。


「来て、早く」


吸い込まれるように斎藤を抱き締める。


斎藤も腕を絡めてきてしがみついてくる。


相変わらず華奢な体。


それでも、あんなことをやってのけてきたこいつは、改めてすごいと思う。


でも斎藤は俺のことは好きじゃないと言っていた。


じゃあこのハグは何なんだろう?




「矢野、抱いて」



熱っぽい声で言われる。


一瞬躊躇ったけど、俺は細かいことを考えるのはやめることにした。




─────────────




やっぱり俺は斎藤じゃなきゃ無理だなと思った。


斎藤以外、欲しくない。


斎藤が何を考えてるかは分からない。


でも言うなら今しかない。


いつも通り終わって服を着てる斎藤に、俺は勝負をかけた。



「俺たち、籍入れない?」



「…………………はあ?」



その時の斎藤の顔を、俺は一生忘れないと思う。


「まあ、その恋愛感情はさておき、性格も知り尽くしてるし、仕事も信頼できるじゃん。夫婦と言うよりいいパートナーになれる気がするんだけど」


どうだ。


これで断られたら、俺は二度と立ち直れないかもしれない。


「私、他の男とも寝るけど」


「いや、それはさすがに…」


「じゃ、却下」


見事撃沈してしまった。


生まれて初めてのプロポーズがこれかよ。


もうこのまま斎藤とも終わりかもしれない…と思ってると、斎藤からまさかの発言が来た。



「…今度、うちに来る?」


ガバッと顔を上げる。


「え、前向きに考えてくれんの?」


「籍は無理だけど、パートナーなら考えてもいいかも」


そう言って斎藤はふわっと微笑む。



昇天しそうになる、というのはこんな感じなのかもしれない。




「…じゃあ、これからもよろしくな。紀子」


初めて名前を呼んでみると、斎藤は少し複雑そうな顔をしたけど、そのままスルーされた。


「…うちに来るときは、泊まる準備してきて」


「泊まっていいのか?」


「矢野のベッド狭いもん。うちならセミダブルだし」


じゃあ、と言って帰ろうとするので、俺は最後のお願いとばかりに言った。


「なあ、俺のことも名前で呼んでよ」


「嫌だ」


あっさり拒否される。


まあ、そういうところが斎藤らしいけど。


これからゆっくりいけばいいか、と思い下だけ履いてドアまで見送る。




「…じゃあ、またね。悠樹ゆうき


そう言って俺に軽くキスをして、斎藤は帰っていった。



頭を抱えてしゃがみこむ。



……俺は、とんでもないやつに捕まったのかもしれない…



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