第7話 形式通りの別れ
三回目の巫女の選定が始まった。
今回は前回を大幅に上回る2000件の応募があったそうだけど、結果面接に進むのは7人に絞られたらしい。
そして今回はかつてない可能性を秘めた巫女候補が現れたと言うことで、斎藤も堀江課長もちょっとテンションが上がってるように見えた。
俺もそのニュースにはワクワクした。
それはいいんだけど、プライベートでは斎藤は少しそっけなくなってきてるように感じた。
誘っても前ならほぼOKだったけど、最近は断られる率が増えてきた気がする。
俺なんかやらかしたか?と思ったけど、もしかしたら二回目の巫女派遣失敗で、斎藤が俺にすがってきたのがきっかけなのかもしれない。
あの時は珍しく感情を出してたし、そして唯一朝まで過ごした日だ。
あれでちょっと気まずくなったとか?
いや、そのあとに俺が慰めてって情けないところ見せたから重くなった?
それもあり得ると思い、ちょっと頭を抱えた。
そうしてるうちに、最後のチャンス、三回目の巫女派遣が決まり斎藤のシオガ赴任が来週からとなった。
さすがに半年会えないからと思い切って誘うと、斎藤は応じた。
「…斎藤ってさ、最後付き合ってたのいつ?」
こういう話を今までしたことがなかったけど、この時は何となく聞いてみた。
斎藤はこちらを見ずに服を着ながら答えた。
「…私、付き合ったことないから」
「え?」
思っても見なかった答えに驚く。
ちょっと一瞬頭が真っ白になった。
「本当に?一度も?」
「学生の時に何度か試したけど、全然ダメだった。女性とならどうかと思ったけど、そっちもダメだったし」
「…女性ともあるんだ」
「でも、やっぱり男とじゃないと気持ち良くないなって」
…だから、そういうことをその口調で言うなよ。
しばらくの沈黙のあと、斎藤はこちらを見て言った。
「私は恋愛感情持たないタイプだと思う。だから矢野のことも好きじゃないし、これからも好きにならない」
「え…?」
「来週からのシオガの窓口対応よろしく。じゃあ」
そう言って斎藤は部屋を出て行った。
残された俺は呆然としていた。
好きじゃない?
恋愛感情がない?
そんなに期待してるつもりもなかったけど、はっきり言われて俺は戸惑っていた。
じゃあ、この関係は何なんだよ。
やっぱり斎藤にとっては体だけの関係だったんだろうか。
その考えが頭の中をぐるぐる巡り、この夜は一睡もできなかった。
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斎藤がシオガへ行き、いつものように毎日業務として連絡を取り会う。
祷雨の答弁草案修正版も、こちらが依頼を送ってからわずか12分後にメールで戻ってくる。
しかも、同時並行で全く別件の省内業務も期限内に上げてくるのだから恐れ入る。
こっちがその対応に追われるくらいだ。
「斎藤さん、頑張って下さってますねえ」
メールにはCCで堀江課長も入ってるので、やり取りは全部見られてる。
堀江課長はいつもの微笑みを浮かべながらも、やっぱり斎藤のことは気になるようだ。
堀江課長は続ける。
「でも、根を詰めすぎてないかと心配になります。シオガとは時差がほとんどないのに、メールの送信時刻が午前3時台や4時台というのは」
「はい。こちらでも業務の依頼は調整するようにいたします」
「皆さんには負荷をかけてしまっていますからね。矢野さんもご無理なさらないように」
「はい、留意いたします」
無理をするな、というのは建前だ。
現場の空気として、それが実現しないのは暗黙の了解。
その辺は自分で何とかするしかない。
祷雨も今回こそは本当に成功してほしいと思う。
二回目の失敗でもあんなに不安定になった斎藤だから、今回もダメだったらどうなるか分からない。
俺が支えられるなら支えたいけど、好きじゃないと言った相手に支えられたいものだろうか?
大きなお世話になるんじゃないか…?
そう思うと、今までみたいに踏み込めない気がした。
そんな日々が過ぎていったある日、俺は国際安全保障企画課への異動の辞令が出た。
そういえば、俺がこの政策課に来てもうすぐ三年になる。
そろそろ、その時期だった。
斎藤とは毎日やり取りしてるけど、何となく伝えるタイミングを逃していた。
そして斎藤がシオガに赴任して三ヶ月半後、祷雨がついに成功したと連絡が来た。
速報メールを読んだ堀江課長も、そして政策課のみんなも喜んでいた。
どこかのおとぎ話のような儀式だけど、それが本当に成功したのか。
でもようやく斎藤のこれまで積み重ねてきた努力が実って、ホッとした。
斎藤から祷雨の動画を保存したSDカードの回収業者手配の依頼があったため、それを手配した旨と、ようやく俺は異動のこと、窓口を白井さんに引き継ぐことを告げた。
斎藤からはすぐに返事が来たけど、それは形式に乗っ取ったお礼メールに過ぎなかった。
そうして俺は、政策課を離れた。




