第5話 優しさの代償
シオガへの祷雨巫女派遣は二回目も失敗に終わった。
チャンスは三回だから、もうあとはなくなってきた。
霞ヶ関に戻った斎藤は、表情はいつも通りだったけど、今回はどうなんだろう。
すぐにでも話を聞きたい気持ちもあるけど、下手に触れたらダメな気もした。
このプロジェクトに、斎藤がどれだけ賭けてるか分かってるから余計に。
シオガから帰ってきて一週間後、斎藤から会いたいと連絡が来た。
断る理由はない。
久しぶりに部屋で会った斎藤は、珍しくすぐに抱きついてきた。
そのまま廊下に押し倒される。
「斎藤…?」
「矢野、したい、すぐに」
「ちょっ、ま…」
あっという間に服を脱ぐ。
そのまま俺の服も脱がしてくる。
その手が微かに震えていた。
なんでそんなに辛そうなんだよ。
シオガで何かあったか、誰かに何か言われたか?
いや、斎藤はそんな他人の言動で、動揺したりするやつじゃない。
斎藤が追いつめられるときは、自己嫌悪だ。
やっぱり巫女派遣がもうあとがないということが、斎藤にとって相当ダメージのようだ。
祷雨計画が失敗したら、堀江課長含めいろんな人に迷惑をかける。
国家予算も動いてるから、ごめんなさいでは済まない。
それを知り尽くしてる斎藤は、多分相当焦っている。
斎藤の弱さ、脆さを見せられて、俺は自分の甘さを恥じた。
そして思った。
斎藤を支えたい。
でも今の俺じゃダメだ。
俺は瑠美に向き合う覚悟を決めた。
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その日は珍しく、終わった後も斎藤は俺から離れなかった。
小さい子供みたいにしがみついてくる。
俺はそんな斎藤を抱き締め、頭をゆっくり撫でてやった。
そうしてるうちに斎藤は眠ってしまったようだ。
無防備に寝てる姿に、俺は今まで感じたことのない感情を感じた。
これを愛しいって言うんだろうか。
それに前に斎藤は、人がいると眠れないと言っていた。
ということは俺には心を許してくれてると言うことか?
そう考えるとますます、俺は斎藤を手放したくないと思うようになった。
結局、斎藤は朝まで起きなかった。
目が覚めたとき、斎藤はどこにいるのか分かってなかったようだけど、俺と目があって全てを察したようだ。
すぐにガバッと起き上がる。
そしてすぐに服を身に付け始めた。
「…おはよう。ゆっくりしていけばいいのに。今日は休みだろ?」
「…帰る」
そのままこちらを見ることなく、斎藤は部屋から出ていった。
その後、俺は瑠美にいつ電話できるかLINEで聞いた。
別れ話をするのにLINEは論外だし、会いに行って時間を割いてもらうのも申し訳ない気がする。
今回はあくまで俺の身勝手な別れだから。
瑠美から返事があり、その夜電話することになった。
電話をしたいと言う話から、瑠美は察していたらしい。
俺が別れたいと言うと、瑠美はあっさり受け入れた。
でもそこから意外だったが、瑠美は泣き始めた。
「悠くん、ごめんね」
「え、なんで瑠美が謝るんだよ?」
「私、悠くんのこと、全然支えてあげられなかった。お母さんのことがあったけど、こっちに帰ったのも私の都合だし」
「それは仕方ないよ。俺こそ仕事ばっかりで、瑠美のこと大事にしてやれなかったし」
そんなことないよ、と瑠美は続ける。
「悠くんは優しかったよ。大好きだった。ごめんね。ありがとう」
そうやって瑠美との電話は切れた。
しばらく呆然とする。
もしかして瑠美はずっと寂しかったんだろうか。
でも俺に気を遣って言えなかった?
俺はずっとそれに甘えてたんじゃないか。
…俺ってやっぱり最低じゃん。
こんな俺が斎藤を支える権利なんてあるんだろうか。
俺は頭を抱えて、ため息をついた。
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「矢野、何かあった?」
「え?」
うちに斎藤が泊まった翌週、珍しく続けて斎藤から会いたいと連絡があった。
いつも通り抱こうとしたけど、俺の下にいる斎藤はそんな俺を止めて、心配そうに見てきた。
「なんか辛そうな顔してるけど」
「…うん、今はちょっとしんどいかも」
そのまま斎藤の首筋に顔を埋める。
「だから斎藤、慰めてよ」
すると斎藤は、ゆっくり俺の頭を撫でてきた。
この間とは反対だな。
女に別れを告げて傷ついて、その傷を他の女で埋めようとする。
俺は本当にどうしようもなく最低かもしれない。




