第1話 祷雨の巫女に出会うまで
「もう帰んの?」
下着をつけようと伸ばした手を捕まれる。
「…明日も仕事だし」
「分かってるけどさあ…」
ベッドで横になりながらその男、矢野はこっちを恨めしげに見る。
「斎藤、いつも終わったらとっとと帰るじゃん。たまには泊まってけば?」
「嫌だ。見られたら面倒だし」
「時間差で出たらバレないよ」
しつこく腰に腕を絡めてくる。
矢野は体の相性はいい方だと思うけど、この鬱陶しいやり取りが苦手だ。
「じゃあまた明日、職場で」
腕を振りほどきさっさと服を着て、私は矢野の家を出た。
最近、あいつはめんどくさいから、そろそろ切るか…。
疎遠になってた奴に連絡すれば、何人かは釣れるだろう。
…私は、その場で楽しめる相手がいれば、それでいい。
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翌日、祷雨計画の書類作成に取りかかる。
祷雨は日本では400年、シオガでも130年前に行われた儀式だ。
でも今や、すっかり過去の遺物となっていた。
異世界カーランティの同盟国であるシオガとの繋がりも続いているが、どちらかと言うと最近はシオガ側から技術提供の依頼が多かった。
最近シオガが興味を持っているのはインターネットだ。
日本からすると30年ほど遅れてるシオガだが、そんな技術でも提供すると、契約金はたっぷり払ってくれる。
シオガは金回りがいいので、そう言う面ではいいお得意様ではあった。
だから今回の祷雨計画も、省内では思ったよりすんなりと通った。
シオガにも祷雨復活の話を納得させたし、巫女を派遣する予定回数を三回取り付け、一度でも祷雨を成功させたら契約完了。
祷雨はシオガの他国への威圧として十分機能するから、それでこちらの負担金はチャラになることになっている。
あとはこっちで巫女候補を見つけるだけ。
「斎藤さん、五菱に委託してる巫女選定、進んでますか?」
「…矢野さん。はい、今回は2000件応募があったそうです」
矢野は目を丸くした。
「2000件…すごいですね」
「高額報酬ですからね。でもその7割は対象外の男性なんで即破棄してもらってますが」
「これが最後のチャンスですからね。慎重に選ばないと」
周りから見えないように、座ってる椅子の背もたれを軽く叩かれる。
…矢野と関係を切るのは簡単だけど、仕事仲間に手を出したのは不味かったと今さら後悔する。
そしてシオガ派遣の最後のチャンスと言うのもその通りだ。
今まで巫女候補を二回派遣したが、いずれも失敗した。
もう後がない。
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他部署との調整に向かうため通路を歩いていると、給湯室から会話が聞こえてきた。
「祷雨計画、あれ本当に形になるんですかね?」
「あんな龍とか祷雨とか、そんなことに税金使ってるなんてばれたら、なに言われるか分かりませんよ」
「まあ、斎藤は優秀だけど、女がどこまでできるのかね…」
「まずいですよ、それ。それこそ国民に聞かれたら」
「悪い悪い、まあここだけの話で…、うわ」
じっと見つめてる私に三人は気づいた。
バツの悪そうな顔をしてるけど、バカにしてる人間に見られた程度で何で動揺するんだろう。
「…三人とも余裕がおありのようですね。国会答弁、目処がついたんですか?」
その言葉に気まずそうにしながら、三人は慌てて出ていった。
もう21世紀になって20年以上たつのに、体の性別で全てを判断する人間は未だにいなくならない。
本当にうんざりする。
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祷雨の巫女の選定は、民間の五菱に委託していた。
過去の資料によると、龍声紋を持つ女性は顔に特徴がある。
頭蓋骨の形、黒目の位置、左右対称の顔立ちーー。
要は巫女候補は、美人が多い。
今回も応募してきた女性600人の履歴書に貼られた写真をAIで読み取り、巫女の可能性の高い女性を選別する。
結果、面接に進むことになったのは7人まで絞られた。
面接時に行う龍声紋の声質検査では、辛うじて残っていた130年前の巫女の音声データを解析し、そこから読み取った特徴を数値化していた。
5人まで面接を終えたが、声質検査をしても及第点には届かなかった。
今までの失敗した巫女候補の経験から、この程度では巫女にはならない。
そして6人目の巫女候補として現れたのが彼女だった。
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「早川歩美です。よろしくお願いいたします」
入ってきた瞬間、美人だと思った。
巫女候補はみんな綺麗な人ばかりだけど、この早川さんは群を抜いている。
顔立ちはもちろん、振る舞いも面接時の受け答えも問題なさそう、人を惹き付ける吸引力もある。
少し精神的に脆そうな気もしたけれど、直感的にこの人かもしれないと感じた。
その予想は的中し、声質検査ではあらゆる数値が測定不能を叩き出した。
思わず画面に見入る。
五菱の担当者たちも目の色を変えて食いついていた。
ーーーついに見つけた。
しばらくして、肝心の早川さんを放置していたことに気づいた。
早川さんは戸惑い、呆然と立っている。
「ありがとうございます。本日の面接は以上です」
彼女は困惑しながらも、私が室外へ案内するとちょっと安心したようだった。
その緊張が緩んだ顔も、人を惹き付ける。
そうだ、ついでにあの事も聞いておこう。
「最後にひとつお聞きしたいのですが、ーー龍に抵抗ないですか?」




