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処刑投票の村に転生しました。僕だけ死に戻りできます  作者: しげみち みり


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第8話 公開審査を奪え

【前ループの変更点】

・宣誓台を三基用意(会所前・井戸脇・粉屋前)し、読む声を同時化

・「録画=多読確認」の手順書を配布(三人以上が同文を読み上げて記録に固定)

・送辞文言をさらに改訂「儀式完了=未処刑=票の潔白」

・祈祷の順序を入れ替える合意書を長から取得(会所印付き)

・門外小石盤の合わせキーを半歩ずらす微細調整


朝、門の前に旗が立った。布は薄く、印の縁は冷たい。宰の使いが来た合図。広場には囲いが組まれ、石盤の周りに白い粉で円が引かれている。円は観客席の境界。火を太らせるための線でもある。


使いは四人。先頭はあの女、杖の先に小石盤を付け、目はよく乾いている。彼女の後ろに、低い卓を担いだ者が続く。卓の上には封筒が重なり、封に押された印が赤い。審査の台本。こちらの段取りを飲み込む前に、段取りを差し出すつもりだ。


長サウラは会所印の入った紙を掲げ、先に宣言した。

「本朝、公開審理とする。順序は、記録、所作、祈祷の順。会所印」

会衆のざわめきがいったん沈む。女の眉は動かない。

「順序の変更は審査対象です」

「審査なさるなら、審査の順序も記録の後に」

僕は宣誓台の一つに立ち、声を広げた。

「読む。『本朝、儀式完了。未処刑により、票の潔白を確認』」

会所前の台で僕が、井戸脇でミラが、粉屋前でリオが、まったく同じ文を同時に読む。三方から同文が響けば、紙に刻まれるより早く、耳で“録画”が始まる。観客は目と耳で同時に“見る”。見る数が増えるほど、出来事は固定化する。

観客席の内側に立っていた狩人ダゲンが、口の端を上げた。

「舞台は三面舞台だ」


鐘が一つ。

女は杖を下ろし、小石盤を卓に置いた。補助を強めるつもりだ。

鐘が二つ。

ミラが配る。今朝はパンではない。薄い木札だ。手順書が刻んである。

『多読で録画——同文を三人以上で同時に読むこと。読了後、指を一本上げる』

木札は軽く、読み終えれば指が上がる。十本、二十本、三十本。指は視線を分散させ、火を細くする。


女が卓上の封を一つ切った。

「審査開始。第一項、『未処刑は結果か、欠陥か』」

「結果」

僕とミラとリオが同時に言う。

「理由、『未処刑が票の潔白を示すため』」

木札の文が、三面から重なる。観客は首を振り、誰かは指を上げる。指が増えるたび、神火の筋がほどける。

女は目を細め、次の封を切る。

「第二項、『最初の名の立ち上がり遅延は、儀式妨害か』」

「妨害ではない。安全装置」

三面の声。

「理由、『最初の名の偏りを避け、真の多数決に近づける』」


鐘が——三つ。


石盤が息を吸う。

光は立ち上がろうとして、ぐらりと揺れた。

裏の刻印は、合わせキーに合わせて半歩ずれている。最初の名に寄るはずの重みが、わずかに遅れて空白を作る。その空白に、読む声が滑り込む。

女はそこで初めて杖を持ち上げ、小石盤をこちらの盤に向けて押し付けた。補助の溝がきらりと太り、外からの“最初の名”を送り込もうとする。


僕は宣誓台から降り、石盤の縁に掌を当てた。

「本朝、記録先行」

リオが頷き、筆を走らせる。末尾は昨日と同じ、「儀式完了。未処刑」。ただ一行、すぐ上に一文を増やした。

「観客三十以上の多読録画により、順序の正当性を確認」

文は道具。道具は理屈を運ぶ。理屈が先行すると、所作は追認になる。


祈祷師ナヘルは香炉を持ち直し、煙を立てようとした。昨夜、結び目を崩した数珠は使えない。新しい木珠は軽く、指の上で踊る。

僕は彼の前に立ち、静かに頭を下げた。

「祈祷は、未処刑の完了の後にするよう、願います。今日は“感謝の祈り”を先に置く。燃えなかった朝のために」

長サウラが会所印の紙を上げる。「願いではなく、決める。会所印」

ナヘルの頬がぴくりと動いた。

「定めを軽んずるのか」

「定めを守るために、順序を整える」

彼は香炉を胸元に戻し、わずかに頷いた。所作が外れ、重りが落ちる。火はさらに細る。


女は小石盤に手を置き、低く呟いた。

「補助、増圧」

外からの光が瞬間的に太る。

そのとき、ダゲンが門の柱にぶつかり、持ち込まれた二基目の小石盤を支える若者の肘を押し上げた。小石盤は卓のへりで空転し、刻印の面が半拍だけ星空を映す。

星の光は火を喰わない。

半拍の空白。

僕はそこに文を滑らせた。

「読上げる。『最初の名に神意を寄せるのではなく、最後の名を残さないための多数決』」

逆定義。

三面から同時に読まれ、木札の指が一斉に上がる。

“最後の名を残さない”。誰かひとりも取り残さない。未処刑は、そのための形だ。


石盤は迷い続ける。

女の視線が僕に刺さり、次の封を切る音がやけに大きく響いた。

「第三項、『設計の権限は誰にあるか』」

「記録にある」

リオが答え、筆を止めずに言葉を続けた。

「送辞が宰席に届く。宰は読む。読むなら、読んだ文が式の形を決める」

女は首を僅かに振る。「宰は筆記に従うわけではない」

「宰は観客を必要とする」

僕は宣誓台に戻り、観客席を指した。

「今日の観客は、宰席のほうが多いですか。こちらのほうが多いですか」

人々の指が上がる。木札の板が鳴る。

「観客が火を太らせる。今朝の火は痩せている。どちらの観客が多いかは、火が示す」

女の目に、初めてほんの少しだけ熱が乗った。怒りではない。測る熱。

「観客性を逆利用するのか」

「観客は燃料だ。燃料なら、流し方で温度が変わる」


鐘楼の影が石盤の上を横切った。

最初の名は立たない。

門外の小石盤は所作を乱され、合わせキーは半歩ずれている。

火は、腹ぺこのまま。


女は封を最後の一枚まで切り、卓の上に置いてから、杖の先を地に突いた。

「結論。儀式の停止を提案」

ざわつきが一度ふくらみ、萎む。

彼女は続ける。

「ただし、停止の条件を付す。『未処刑が“設計”であると認められる場合』」

長が顎を上げる。「今日が、その日となるか」

女は僕を見た。

「なれるのか」

「なる」

僕は言い、リオに目で合図した。

彼は筆を置かず、送辞の末尾に一行を加える。

「以上、会衆三十以上の多読録画により承認。未処刑は“設計”」

ミラが息を吸い、三面の台から最後の読み上げを同時に始めた。

「本朝、儀式完了。未処刑により、票の潔白を確認。以上、承認」

声が重なり、観客の指が上がり、石盤の上で光が一度だけ瞬いた。

弱い。

けれど、確かに——

火は、上がらなかった。


鐘楼が、四つ、打つ。

生活の鐘。

二度ではない。三度目の未処刑。

巻き戻りは起きない。

胸の煤は四粒のまま。視界の端の暗さも、そのまま。

だが、宰への送辞は、今度は“事故”でも“手順どおり”でもなく、設計として封じられた。


女は杖を引き、息を一度深く吐いた。

「審査、暫定終了。宰席は“停止手続き”に入る。外の盤は一基を残し、引き上げる」

彼女の背の若者たちが、小石盤を持ち上げる。

ひとつは卓の上に置かれたままになった。

僕は視線で尋ねる。

「置いていくのか」

「設計変更の監視用。読むために置く。燃やすためではない」

女は初めて、ほんのわずか笑った。「名前が要るなら、ひとつだけ渡す。私の名は、綺」

名は、呼びかけの最短経路。

僕は頷く。「綺。また来るのか」

「読むために」

背を向け、彼女は門の外へ消えた。


広場に息が戻る。

ミラが台から降り、手を振った。

「パン、今日は甘いのもある」

ダゲンが大げさに拍手して、肩で笑う。

「舞台は成功。次は大道具を片付ける」


長サウラが石盤の縁に触れ、低く言った。

「儀式の停止手続きは時間がかかる。宰席は動きが遅い。朝は、しばらく“未処刑のまま完了”で続く」

「続けるほど、設計は馴染む」

リオが紙に最後の印を押し、封をする。「紙は慣れる。人も、慣れる」


僕は石盤の裏に手を差し入れ、合わせ直した刻印を指でなぞった。灰は乾き、木は固い。封鎖に使った布はまだ湿っている。

胸の煤が疼く。

やり直しのための借金は残っている。

だが、今日、借金は増えなかった。


空はもう昼の色だ。

観客は少しずつ家路につく。

残った木札が、砂の上に散らばっている。三人以上の声で読まれた跡。

火より長く残る、声の灰。


【次回の実験】

・停止手続きの間に「宰席への代替送辞」を整備(多読録画の常設化)

・外に残された監視用小石盤の“読む専用”化を検証(送信溝を無力化)

・村外の線へ出て、宰席周辺の網の結び目を調査——設計を村から外へ拡張する準備に入る。

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