06話 - 決意
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
「電撃的奇襲で群れの頭を潰す」
よく通る声で宣言した。
皆が一様に息を飲んだのが分かる。
ここでさらに言葉を重ねる。
「元々、数の絶対数が絶望的なまでに違う以上、長期戦は不利。ならば短期決戦でもって勝敗を決する必要がある。故に、頭を潰す」
そう、長期戦になればどうしても此方が不利、さらにいうのなら此方には女子供などの非戦闘員も数多く抱えている。どうしても長期戦には耐えられない。
しかし、聞こえてきたのは。
「そんなの無理だ!」
「そうだ、どうやって頭を潰すんだよ!?」
などという、反対意見だけだった。
さらには。
「そうだな、それにどうやって統率個体――群れの頭を見分けるんだ?それにそんなものが本当にいるのか?」
と、翁波さんも難色を示す。
だがそれに対し。
「ええ、それについては……」
と、頷きで返し、部屋の外で待っていてもらった女の子に声をかけた。
「輝夜、頼む!」
俺の声で、扉から入ってきたのは墨のような艶やかな黒髪を長く伸ばした女の子、俺に隣村での出来事を教えてくれた女の子だった。
……。
先程、広場での会話の続きである。
「実は……、私、見ちゃったんです。普通のジェヴォーダンより遥かに大きな体つきをした黄金の毛並みのジェヴォーダンを……」
「…………黄金?」
ジェヴォーダンの毛は黄土色と聞いている、何かの見間違いではないのだろうか?
「はい、あれは確かに黄金でした。月の光や松明の光が反射してキラキラとしているその姿を、あれは間違いなく黄金でした」
「……ふむ」
「あれは朝日が顔を出したときでした。大声で鳴いたんです。『ごああああ!』って」
再度凄むが、やはり悲しいほどに迫力がない。
「その時に、気づいたんです」
「……?」
「最初に聞こえた咆哮とまったく同じ声だってことに」
「!」
「それで、その咆哮が聞こえるたびにジェヴォーダンたちの動きが変わっていくのにも気がついて……」
「……」
……おいおい、これは相当に重要な情報だぜ。
もし、この娘のいっていることが正しいのであれば、それは間違いなく……。
……しかし。
「そのジェヴォーダンを見たといっていたが、どこで?」
「……」
女の子は、ぎゅっと目を瞑ると何かに耐えるような表情をした。
やがて、搾り出すように、声を出した。
「近くです。お父さんが喰い殺されてる時に、震えながら……」
「……」
見れば、その美しい顔には涙がたまっていた。
「私も殺されるかと思ったんですが、その大きなジェヴォーダンは私の臭いを嗅いで、一声鳴いて去っていったんです」
「……」
「……」
「……なるほど、ね」
どうやって見逃されたかはわからないが、間違いなくそのジェヴォーダンは……。
やがて、目の前の女の子からすすり泣く声が聞こえる。
「悪い……。辛いことを聞いたな……」
その女の子の頭を優しく撫でてやる。
女の人の頭を撫でるのは冬意外では初めてのことだ。
「すまない。でもこの村のためにどうしても聞いておかなくちゃならなかったんだ……」
所詮いい訳だ。
目の前の女の子の心の傷を抉ったのは、いうまでもなく俺自身。
……悪いことをしたな。
小さくない自己嫌悪が身を蝕む。
……くそっ。
女の子が泣き止むまで優しくその頭を撫でる。
さらさらとした髪の毛が手に、心地よい感触を伝えてくる。
……。
やがて、少しずつ嗚咽が小さくなっていく。
頃合を見計らって言葉をかける。
「すまない。もう一つだけ俺の頼みを聞いてくれないか」
病人に鞭を打つような気で、自己嫌悪がとまらない、だが。
「どうしても必要なことなんだ……」
村のため、と大義名分を掲げ、理論武装で身を固める。
そうでもしなければ、とてもじゃないが今からの言葉は続けられない。
「今の説明を、村の会議で話してもらえないか」
「……」
「……」
やがて。
小さくだが、こくりと頷く。
「……わかりました、この村のためとなるのなら」
「……すまない」
「いえ、これも生き残ったものの務めです」
一度涙を流したからかその瞳には再び理性と活力が戻っていた。
「……すまない。頼む」
「はい」
と、女の子が突然聞いて来る。
「あの、お名前を尋ねてもよろしいですか?」
「名前を?」
「はい、貴方様のお名前です。ちなみに私の名は輝夜と申します」
「……ああ、そういや名のってなかったな、わりぃ。俺の名前は雄矢だ」
「雄矢様ですね、宜しくお願いします」
「おう」
女の子改め、輝夜が恐る恐る聞いてくる。
「あの雄矢様……」
「お?」
「あの、その、私が……、その……」
「……?」
「……いえ、何でもありません!忘れてください!」
「? ?」
頬が微妙に紅かったのは気のせいだろうか?
「……///」
……。
入ってきてもらった輝夜に、例の金色のジェヴォーダンについてもう一度説明をしてもらう。
巨大で黄金のジェヴォーダンを見たこと、そしてその咆哮でジェヴォーダンの群れが動いていたこと。
……。
「ありがとう、わざわざ説明してもらって、悪いな」
「いえ」
輝夜を後ろに下がらせると、再度村の戦士たちに声をかける。
「以上のように、群れの統率固体の当てはある。後はしとめるための作戦だが、それについても一応策はある」
竜機神を介して『アーカーシャ』に接続、そのまま『アーカーシャ』の光学機器を起動し、聞き知った情報を基に隣村を視たのだ。
その過程で村の被害状況の検分、そしてジェヴォーダンの行動パターンを洞察・推測した。
その結果として、一応作戦らしいものは立案してある。
「まぁ、策の詳細を煮詰めるのならもう少し洸樹さんあたりと話し合う必要があるが……、それも貴方たちが乗ってくれればこそだ」
洸樹さん、翁波さん、老兵、そして若い青年兵たちに視線を向ける。
「この作戦の成否は貴方たちの協力にかかっている、だから、この作戦を実行するか否かは、貴方たちで決めて欲しい、自分はその結果を支持する」
責任を取らないとは言わない、けれどこの作戦の成否は村全体の協力にかかっている、俺一人が奮闘するようではダメなのだ。
だからこそ……。
……。
「俺はその案を支持する」
最初に肯定意見を示したのは、例の老兵だ。
「あなたは?」
「俺の名前は木裏。先代の村長だ。尤も今は隠居した身だがな」
がははと豪快に笑う。その笑いや雰囲気はどうにも洸樹さんに通じるものがある。
「若いの、あんたの意見は確かに一見ただの夢想論のようにも聞こえるが、その瞳には不思議な自信がうかがえる。それに、俺はただ座して待つのは好きじゃない」
……なんとも豪快な爺さんだな。
「どうせ他に案がないのなら、俺はこの案を支持するぜ」
と、今度は。
「……俺もだ」
翁波さんが静かに笑いながら支持を表明した。
「木裏の言うとおり、なんの案もないのなら今ある案を実行するべきだ。俺も座して待つのは趣味じゃない。それに策とやらは既にあるのだろう」
と、翁波さんと木裏さんが支持を表明したからだろうか。
「それなら……」
「仕方がない……」
若い青年兵たちも渋々と納得の意を示した。
「……雄矢殿、勝算は?」
洸樹さんだ、会議が再会してからただの一度も口を開かなかった洸樹さんがここに来て口を開いたのだ。
「わしはの双肩にはこの村の全ての住人の命が乗っている、おいそれと肯定を示すわけにはいかんのだ……」
呻くような声。
「これ、洸樹!おまえは今更何をいっておるのだ!この案がダメならせめて代案をださんかい!」
それに反応したのは木裏さんだ。木裏さんが凛とした声で詰問する。
だが、それに。
「いえ、木裏さん、少し……」
と、その矛を収めてもらった。
洸樹さんと二人で向かい合う。
「洸樹さんの言うとおり勝利の確約は出来ません」
周りがどよめく、主に若い青年兵達だ。
「……雄矢殿」
「だけど、ならばこのまま座して死を待ちますか?」
「……それは」
「俺は……、俺たちは決断を迫られているのです!このままか、それとも進むかの!」
「……むう」
「いくらここにいる人たちが協力を約束しても、村長たるあなたが協力してくれなければことは進まないし、外に居る人たちも協力はしてくれません!」
「……」
「洸樹さん、貴方の胸に問うてください!今やるべきことを、そして、村のためになることを!例えあなた自身が俺の意見に反対だったとしても、今この時、この場で村のために何をしなければならないのかを!」
「……」
俺はこのような熱血キャラではないはずなのだが……。
一呼吸の間をおき、苦笑の表情を浮かべ続ける。
「貴方が俺の案に反対というのも、ある意味理解はできます。貴方の判断に人命がかかっているのですから。……でも、やれるだけのことはやっておきませんか?」
「……」
「俺は貴方に、この地で住むべき家と土地をいただきました。その恩を返したい。洸樹さん、あなたがやるというのなら、俺はこの命を持って全力で協力します……」
「……あなた」
「……父上」
麗華さんと桜さんの声が優しく響く、やがて……。
「むうん!」
パァンッ!
乾いた音が響き渡った。
洸樹さんが自らのたくましい両掌で自らの頬を叩いたのだ。
「そうだ!何をわしは弱気になっていたのだ!わしの行いで村の行く末が決するのならせめて、それを良い方向に持っていくのが村長の務め。代案もないのに意見に反対するなど愚の骨頂!雄矢殿!」
「はい」
「わしは……、否!わしらは全力でお主に協力しよう!勝算のない戦いにしか挑まないなどとは漢の行動ではない!」
その表情も声も、出会ったときのような力強いものに戻っていた。
それを見て、笑いながら頷く。
「ええ!勝ちましょう!」
「勝って、生き残りましょう!!」
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