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05話 - 奇策

誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。

 単純な兵力差はおおよそ十倍。

 しかも相手は『罪業(シン)』の細胞を持つであろう魔獣。

 此方は洸樹さんを始めとした戦士が十七名に、方術師とやらは桜さんのみ。ついでに近接戦闘が苦手な半端者の俺。

 ……話になんねえ。

 マジで泣きたくなった。

 俺の軍歴は前線の陸軍兵ではなく、空軍出身のパイロットだ。機上ではエースパイロットだが、地上に降りれば半端者の俺である。唯一の誇れるものがあるとしたら、それは技研の長である教授(プロフェシオン)仕込みの工作技術、後は……。


 と、思考をさえぎる様に洸樹さんが立ち上がる。

「父上……」

「あなた……」

「やるしかなかろう。わしはここの長だ。わしの双肩にはここに住む皆の命がかかっているのだ」

 目を閉じて暫く、再度その目を開けたときにはいつもどおりの力強い瞳に戻っていた。

 次いで洸樹さんは此方を向くと問うてくる。

「雄矢殿、冬月殿は何処に?」

「村の外に出ています。種苗を捜しに……」

「……そうか」

 頷くと。

「麗華。皆を集めよ、会議を開く。逃げてきたお主らにも悪いが協力してもらうぞ」

 と、老いた男女に視線を向ける。

 老人が慌てたように返答する。

「我らには女子供しかいません……。戦は……」

 どうやら、戦に借り出されると勘違いしたようだ。

 だが、洸樹さんはそれを一括で否定する。

「否!勘違いをするな、戦うのは我ら戦士のみ。……されど、壁を築いたり、矢を作るなど、出来そうなことには協力してもらう」

「その程度でしたら、喜んで」

 老人も老婆もほっとしたような表情をした後、協力要請を快諾した。

 老人たちに頷くと再度此方を向く。

「雄矢殿も貴重な男手だ、申し訳ないが……」

「はい、大丈夫です。出来る限りは協力します」

「……スマンな」

 表情はいつのもの如くだが、その言葉にはやはりいつものような力がこもっていなかった。



 話をまとめると、昨晩の深夜から朝方にかけて、魔獣『ジェヴォーダン』の群れに襲われたらしい。

 戦士や青年以上の武器を振るえる男手総出で対応したが、結局の所数の暴力は逆らえず、朝日が昇る頃には村の総人口の四割以上が減っていた、とのこと。

 唯一の救いはジェヴォーダンが夜行性であり、朝日が昇ると同時に森の奥に消えていったとのこと。

 そして、戦士の殆どを失った人々は困り果て、隣村の洸樹さんを頼った、というのが真相らしい。

 ……。

 戦を生業とする者から見れば完全な敗北であるが、それでも、怪我こそあれど女子供達の中で一人も亡くなった者がいない、というのは評価するべきところであろう。


 ……。

 洸樹さんの声が狭い室内に響く。

「これより、会議を始める!状況は既に知っていると思う。昨晩、隣村がジェヴォーダンの群れに襲われて壊滅した、その数実に二百近く。そして、隣村の惨状を考えると我が村も人事とは言えない!最悪今晩にでも襲われるかもしれない……」

 そこかしこで呻き声が上がる。二百という数に絶望を感じたのだろう。

 俺といえば、会議にこそ出席してはいるが所詮はよそ者の新参者。殆ど聞き役に徹していた。

「まず、皆の意見を聞こう。何か考えがあるものはいるか?」

 再度洸樹さんの声が響き渡る。

「……」

 しかし、返ってきたのは冷たい沈黙。

 否、冷たいのではなく余りのことに思考が凍りついていて沈黙しかできないのであろう。

 ……まぁ、無理も無いか。

 ここにいる戦士は洸樹さんを合わせて十七名。その中でも実戦で使えそうなのは洸樹さんを合わせて三名程。後はみな年若い青年であり、その体の震えから察するに実戦経験が浅い者であろう。

 実戦経験の有無は戦場での生死を分ける重要な要因だ。

 死を目の前にしたとき、いかに動けるか(・・・・)


「……」

 俺個人の意見としては、柵などの防壁を築いきそれ越しに毒矢などの深いダメージを与えられる物を撃ち込む、といったオーソドックスなものだが……。

 ……ここはいい意味でも悪い意味でも立地が悪すぎる。

 この村は森と草原の境界線の上に作られている。背後の森などには柵を作る材料が豊富にあるだろう。しかし四方は完全に開けているため柵を作るには余りにも急すぎる。

 それに、今から毒などを用意していては日没までには間に合いそうに無い。

 別に今日の夜襲ってくると言う確証はないのだが、このような時は常に最悪の事態を考えておかなくてはならない。

 ……まぁ、本当に最悪な事態が発生したら『GAIA』で薙ぎ払えばいいのだが。

 竜機神の力はこの時代、この世界では余りにもオーバースペックすぎる。過ぎたる力は災いの源にしかならない、とは誰の言葉であったか。

 俺としてはこの時代、この世界の人間の力のみで解決したい。

 ゆえに、本当に最悪の事態にならない限り『GAIA』は封印しておくのがいいだろう。


 と、今までの沈黙を破るように一人の老兵が声をあげる。

 先程、使えると評した内の一人だ。

「何も語らないのでは始まらない。だから、まずは俺が意見を言おう。まずは柵等の防壁を築いたらどうだ、ジェヴォーダンが来るにしろ来ないにしろ、やれることはやっときたい。堀なんてものも案としてはどうだ?」

 腕を組んだまま渋い声で自らの意見を出す、だが。

「そんなの今からじゃ間に合いませんよ!」

「無理だ、村が総出でやっても出来上がるのは明日になっちまう!」

「そうだ、それより藩主を頼ろうぜ!」

 と若い者たちから後ろ向きな意見が飛び出す。

 ……ダメだな、こりゃ。

 こっそりとため息をつき、そっと洸樹さんを見る。

 見れば洸樹さんも固く目を瞑り、表情をけしていた。

 やる前から既に心が負けている。

 気持ちは分からないでもないが、それではダメだ。

 今の若者たちの発言で、さらに場が沈む。

 ……やれやれ、だな。

 ただただ時間だけが過ぎ、会議は一時中断となった。



 村の広場に避難していた隣村の人に話しかける。

「すまない。少し、話しを聞かせてくれないか?」

 殆どの人が座り込んで力なくしている中、一人だけ、たった一人だけ、かろうじてその瞳に理性と活力を残している人がいたのだ。

「わ、私ですか?」

「そうそう♪君」

「え、えと、答えられることなら……」

 烏の濡羽色の髪を長く垂らした綺麗な女の子だ。

 年のころは十六前後といったあたりだろうか。

「君たちはジェヴォーダンに襲われたんだよね?」

「はい」

「やつらがどのように襲ってきたかとか、わかるかい?」

「えと、それを聞いてどうしようと?」

「ちょいと考えたいことがあってね。まぁ、答えられないならそれでもかまわないけど」

 目の前の女の子は少し悩むと、少しずつ語りだした。

「あれは日が落ちて暫く、皆が寝静まる頃でした……」

 どうやら答えてくれるようだ。


「一つの、遠吠えが響き渡ったんです」

「遠吠え!?」

「はい『ごああああ!』って感じです」

 ……ごああああ!ね。

 女の子が可愛らしく凄むが、悲しいほどに迫力が欠如している。

「その暫く後に、ジェヴォーダンが集団でなだれ込んで来たんです。見たこともないくらい、たくさん」

「……」

 洸樹さんが聞いた話しでは二百近くということだ。

 さぞや、恐怖を掻き立てるような光景であったことだろう。

「村の戦士の方たちが抵抗しました。最初は撃退したんです、でも皆が安心した瞬間でした……」

 言葉を切って目を瞑ると、咽の奥から搾り出すように続けた。

「別の方向から、新しいジェヴォーダンの群れがなだれ込んで来たんです」

「なんだって!」

「それと同じことが何回も、何回も……」

「……」

「最後は日が昇ったためか、ジェヴォーダンは去っていきましたが、その時には既に村の戦士の殆どが……、お父さんも……」

「……」

 俺は、余りのことに言葉を失った。


 有名な戦術に『波状攻撃』というものがある。

 部隊を複数にわけ、タイミングをずらして別々の方向から攻撃をしかける戦場の妙手だ。

 だが、それは複数の部隊を同時に動かす高い統率力と、戦場を視て理解し流れを読む洞察力、そして、敵味方全てを視界に納め絶妙なタイミングで部隊を投入する高い判断力が必要となる。

 ……。

 それを、獣の身が実行したのだ。

 ……。

 驚かないはずが無い。

「……おいおい」

 ……笑い話になんねぇぞ。


「もう一つ……」

「……まだ、何かあるんかい!」

「えと、はい……」

 女の子は申し訳なさそうに頷くと、ポツリポツリと続けて語りだした。

「実は……」

 ……。

 ……。

 ……。

「……なるほど、ね」

 ……。

 ……。



 ……。

 会議が再開する、が。

「会議は踊る、どころかそもそも会議にすらなってないのな……」

 口の中で皮肉る。

 先程同様に皆口を閉ざし、だんまりだ。

 口を開けば「藩主を頼ろう」とか「逃げよう」とかしか言わない。

 そう。だれ一人として「戦おう」とは言わないのだ。

 皆、自らの言葉に責任が持てないのだろう。だから、「戦おう」とは言わない。


 ……やれやれ、だな、本当に。

 ……。

 仕方があるまい、余りでしゃばるのは好きじゃないんだが……。

「……一つ…………策がある」

「「「「!」」」」

 途端に方々から視線が集中する。

 ……注目されるのも余り好きじゃないんだけどな。

 無表情の下に苦笑いを浮かべ、考えを述べる。

「ただし、これは奇策だ。元より数の差が絶対的である以上、正道の策に意味は無し、故に奇策」

 此方に集中している視線を一つ一つ見返しながら言葉を続ける。

「俺の言に乗れば、皆が危険な道を歩むことになるだろう。けれど、それでも良しとするのなら、『我に一計あり』、だ」

 無表情の仮面を剥ぎ、その下の笑いの表情を表に押し出した。


「詳しく聞かせてくれ」

 そういったのは、俺が使えると評した兵の一人で先程までただの一言も喋らなかった人だ。

 顔の右側に走る傷痕が歴戦の兵であることを強調している。

 事実、俺の戦人としての直感が目の前の人物に何かを感じている。

「その『奇策』とやらがどんなものか分からなければ我らはそれに対しての是非を答えられぬ。……聞かせてもらえるか?」

 前半のセリフは、俺を胡散臭い瞳で睨んでいた若者たちに。

 後半のセリフは、俺に。

 よほど皆からの信があるのだろう、この一言で若者たちもとりあえず聞く姿勢を示す。

「あなたは?」

「俺は翁波(おうは)。この村の戦頭だ」

 ……戦頭?戦士の長のことか?

 それならば、歴戦の兵であってもおかしくは無い。

 ……それに。

 俺の奇策は目の前の翁波さんのような「力」が絶対に必要だ。

「分かりました、お話しましょう」

 息を整え、説明を始める。

 ……。


「群れた者たちを相手に、寡兵を持って大軍を破るのなら、策はただ一つ」


 一度間をおき、宣言する。


電撃的奇襲(ブリッツ)で群れの(トップ)を潰す」

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