04話 - 戦禍の爪跡
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
目の前の空間に映像が浮かんでいる。平面状の立体映像だ。
でもって映っているのは。
「これ、蟹?」
「はい。構造的にも立派な蟹、……………………のような気がします」
「「……」」
微妙な沈黙が場を支配した。
なぜこんな会話をしているかというと、それを説明するには少しばかり時間を遡らなければならない。
……。
現在、俺と冬の二人は入浴中である。
風呂の形は五右衛門風呂に近い形だ。金属製の大型釜に木製の敷板や座り板を設置し、後は釜の下に火をともす。
屋外ではあるが、簡単ながらも屋根と塀があるため、まさに露天風呂といった感じだ。
俺は裸一貫。冬は……。
「なあ……」
「なんでしょうか、マスター?」
「それ、いったいどこで手に入れたんだ?」
「……?何をでしょうか?」
「……うん、あのね、言いにくいんだけどね」
「はい」
……。
僅かな間、そして息を大きく吸い込み。
絶叫した。
「スク水はねーよ!!」
……。
正にその通り、俺の相棒、竜機神・冬月は紺色のスク水を着ていたのだ。
しかもご丁寧に、その胸には白い布にマジックで「ふゆつき」と書いてあるし……。
「ああ。これですか」
と、納得した風に自らの体を見下ろす。
「これなら教授からのプレゼントです。教授が『いやあ、今度一緒に入浴する機会があれば着てみるといいよ。絶対に雄矢君なら鼻血物だから、ね♪うまくいけばそのまま襲ってくれるよ♪』といって渡してくれました」
……教授、あなたいったい娘に何を教え込んでるんですか。
と、思わず意気消沈していると。
「で、マスター」
「…………うん?」
「襲ってくれますか?」
「とりあえず、教授の言葉は忘れなさい!」
冬の頭に桶を投げつけた。
「中々に痛かったです」
「悪い、悪い」
冬の頭を撫でる。
「ん、許します」
俺に頭を撫でられ気持ちよさそうに目を細める。
まるで心を許した猫のようだ。
「そうだ、結局のところ今日の調査結果はどうだったんだ?」
「はい」
一つ頷くと、表情が普段の無表情に近い感じに修正される。
そして。
「これを見てください」
と空中に映像が浮かび上がる。
「これは取ってきた岩塩の成分の詳細です。中々に大したものですよ」
「へえ、これはこれは」
冬の言葉に頷きそれを肯定する。
確かに成分表にはただの塩化ナトリウムだけではなく、ミネラルなどの多岐に亘る有効成分が表示されていた。
「有害物質は完全に除去しました。後はこれを何らかの手段で販売するだけです」
「なるほど」
「マスター。それと一つ報告したいことがあります……」
「お?どうした、難しい顔して」
「これをご覧になってください……」
「何々……、………………………………………………は?」
そこに写されていたのは一切の記憶に符合しない、異形の生物だった
そして、現在。
「これだけではありません、これらも見てください」
と、言葉の後に宙に多数のスクリーンが投写される。そこに映っていたのは……。
「おいおいおい……」
それ以降の言葉が続かない。
冬は無表情ながらもめんどくさそうに続ける。
「ここら一帯には特に危険なものはいませんが、少し離れればこのような生物が数多く潜んでいます」
そこに映されていたのは、金属質の蟹だけではなく、石の鱗を持った竜、巨大な動く木、全身が融け崩れている何か、全身に無数の目を持った豹、小さな村程度であれば人のみしてしまいそうな大蛇、頑強な角や爪を持った人らしき存在、その他諸々。
「……」
正直、開いた口が塞がらない。
……なんだこれは。
その一言につきる。
と、冬の言葉が俺の思考を現実に引き戻す。
「マスター、共和国の使った生物兵器を覚えていますか?」
「生物兵器?…………ああ、あれか。シンか」
「はい」
共和国が作り出した生物兵器に『罪業』というものがあった。正確に言うなら生体強化細胞『Sin』。埋め込んだ生体の能力を飛躍的に高めることの出来る奇跡の業であると同時に、適合できなければ確実に絶命する悪魔の業だ。
ゆえにこそ、『罪業』。
対戦中は罪業を埋め込んだ強化兵により、帝国の戦線が大規模に押し上げられたことがあった。
僅か半年で今まで膠着していた戦線が崩れ、帝国国境付近まで迫られたのだ。
尤も、その後帝国生物研究局の局長である賢者が作り出した生物兵器『妖精』がその戦線を押し戻したが、……それは今は割愛しよう。
……。
そして、次の冬の言葉を理解できなかった。
「これら多くの生物に罪業の細胞が確認できました」
「……」
「恐らくは、かの重力爆弾の掃射を生き抜いたものの系譜と思われます。そして、ここからは私の推論になるのですが、……恐らくは交配・誕生を繰り返すうちに独自の進化を重ね、今にたどり着いたのではないかと。確認できた罪業の細胞も私や『アーカーシャ』のデータにあるものと僅かに差異が確認できました」
「……」
理解できなかったわけではない、理解したくなかったのだ。
手を握り締め、地獄のそこから聞こえるような声で呻く。
「……馬鹿な」
戦禍の爪跡がこのような五千年後の世界にまで続いているとは……。
「…………」
暗い感情が暴走しそうになる、そして全ての引き金の原因である今はいない共和国上層部に憎悪が募る。
と、唐突に目の前が暗くなった。
……。
……。
「マスター、気をしっかりと持ってください!」
気づけば、冬に背を支えられていた。
どうやら湯あたりしたようである。
冬から「もう今日は休んでください」とドクターストップをくらったために早々に床につくことにした。
……。
布団の上に身を横たえながら、思わずぼやく。
「……まさかなぁ」
こんな五千年先の世界にまでかの大戦の戦禍が残っているとは思わなかった。
「……きついなぁ」
どうにも世界は平穏という言葉が嫌いらしい。
「……いや、嫌いなのは俺たち人間、かな」
俺はただ静かに暮らしたいだけなのだが、その望みはいまだ叶えられそうにはなかった。
「……本当に、…………きついなぁ」
その言葉を最後に意識は温かな闇へと沈んでいった。
「……」
太陽が天上を目指し昇っていく。
そしてそんな陽光降り注ぐ大地に青年が一人。
……。
頭に手ぬぐいを巻き、Tシャツにズボンというラフな装い。そしてその手には……。
「今日もいっちょやりますか!」
頑丈そうな鍬が握られていた。
「あらよっと」
鍬を大上段に振りかぶり、振り下ろす。
その作業をただひたすらに繰り返す。
植えるものは今朝方冬と話し合い、葱とキュウリ、大根等にすることにした。
特にキュウリと大根はそのまま食料になるし、うまくいけば糠漬けにもできる。
種苗は野生のものをとってくることに決め、冬は朝食後、その足で野生種を取りに出掛けていった。
「ほいさっと」
鍬で畝を作っていく。
大地には木灰や油粕、もしくは近くの森から取ってきた腐葉土を軽く混ぜてある。元々が豊かな土地だ、これで手入れさえ怠らなければそこそこの収穫が見込めるだろう。
「せいやっと」
流石に畑は広く、耕し手も自分ひとりだと時間がかかる。
だが、少し楽しみでもある。
軍人として殺しの業を学んできて、そして殺ししかやってこなかった自分が、今は生きるために生命を育てている。
農を全うし、命を育て、それを自らの腹が食う。なんと素晴らしいことか。
「農業も悪くは、ない、な!」
笑い、再び鍬を振り下ろす。
既に手には数多くのマメが出来ており、振り下ろすたび痛みが走るが、その痛みもまた心地いいものである。
……。
「み~のる稲穂に富士と鳩~♪あ~いと平和を表した~♪」
鼻歌を歌いながらも作業を続ける。
「は~たはみ~どりの風になる~♪つ~ちにと~り組む若人の~♪」
少したてば昼になる、そうすれば冬も返ってくるし飯にもなるだろう。それまでにはここの畑だけでも終わらせておきたい。
「い~きとね~つとが盛り上げた~♪」
それに、種苗が手に入ればそれを植えることになる。
「FF○!F○J!我らのほ~こ~り~♪」
さあ、後もう一息だぜ!
……。
ちなみにこの歌は極東の大昔にはやった農業歌らしい。
農家出身の技研のメンバーが教えてくれたものである。
自然の冷水が咽を流れていく。
「んぐ、んぐ、んぐ。……っぷはぁ!」
どうにか冬が帰ってくる前に作業を終わらせることができた。
「ふう。今日もいい汗かいたぜ」
ついでに、そのまま頭から水を被る。
井戸から湧き出る水が冷たく心地いい。
と。
「お?」
離れたところに人の群れが見える。
しかも、その内訳には負傷者が異常に多い。
「……?なんだ?」
そんな異常事態に拍車をかけるように。
「雄矢様!すいません、一緒に来てくださいますか?」
と、息を切らして桜さんが走ってきたのだ。
「……?、?」
「実は…………」
桜さんと並びながら洸樹さんの屋敷に向けて疾走する。
「隣の村から流れてきたんです!」
「流れて?」
「はい!どうやら隣の村が大規模な魔獣の群れに襲われたらしくて!」
魔獣!
咄嗟に頭に浮かんだのは罪業の細胞を持つ異形の生物の数々だった。
「生存者が此方に流れてきたということは!近いうちにこの村も!」
「……!、そうか」
この村にもその魔獣とやらが来る可能性が高いのか。
「特にこの村は!今は先の族長会議の際に!多くの戦士たちを失っていますから!」
「なんだって!じゃあ、戦える人は!?」
「私のような方術師やお父さんのような励術師、それに普通の戦士たち、全てを合わせて二十人もいません!」
聞きなれない単語が幾つかあったが、今はそれより先に質問しなければならないことがある。
「その魔獣の詳しい情報!それに、数は?」
そう、どのような戦でもまず最初に問われるのが単純な兵力である。
数の力は絶対的な要因であり、戦を制するには絶対に外せない条件だ。
「狼型の魔獣『ジェヴォーダン』です!集団で行動、狩を行っていて、時に人里や村を襲ったりする厄介なやつです!特徴としては黄土色の毛に目が存在していなくて、変わりに異常に鼻と耳がいいんです!それに頭も賢く、毎度毎度手を焼かされています!」
……耳と鼻、か。
「数は分かりません。今父上と逃げてきた人たちの代表が会っています、それで直ぐにでも分かるかと」
「……了解。で、一応俺を呼んだのは戦力のためかい?」
しばしの沈黙があるが、やがて。
「はい!今は猫の手も借りたい状況なので……」
猫の手とは酷いな、おい。
「冬月様が居れば一番良かったのですが……」
「あいつは今日も出掛けているよ」
「……そう、ですか」
「……」
今の言葉にはいろいろな感情が含まれていたが気にしないことにしておこう。
……。
「なんだとお!」
洸樹さんの屋敷の前に着いた途端、中から怒号が聞こえてきた。
「「!」」
「落ち着いてください、あなた」
同時に麗華さんの声も。
桜さんは少しためらうが、意を決して屋敷に入る。
「父上、母上、雄矢様を連れてきました!」
そして俺の目に映った光景、けしては好ましいものではなかった。
中に居たのは洸樹さん、麗華さん、そして見知らぬ二人の老いた男女だ。
洸樹さんはその大きな手を自らの額にあて、苦悶の表情を浮かべている。
麗華さんもその表情は普段の穏やかなものと違って暗い。
残りの二人も今でも死にそうなほどに青い顔をしている。
「来たか、雄矢殿……」
「洸樹さん、いったいどうしたんですか?」
「魔獣の話は聞いているか?」
「はい。桜さんから凡そのところは……」
「なら、話は早い。今外にいる者たちだが、魔獣に襲われて逃げてきた者達だ」
「その話も聞いています」
「うむ……。その魔獣だがな」
「はい」
洸樹さんは咽の奥から搾り出すように声を発した。
「…………その数、実に二百近くはいたそうだ……」
黒い絶望と共に。
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魔王を一旦休載して、本格的に此方に力をいれようかな、と悪魔の囁きがwww