17話 - 反抗勢力
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
世界は白い霧に包まれる、その穢れ無き白は陽の光さえ通すことはない。
幾多の風が吹こうともこの地に溜まった白を流しきることは出来ない。
自らの一寸先は白い闇に包まれる。
老若男女関係なく包むそれを人々は魔物と呼び、いつしか恐怖と畏敬を込めて『白い魔物』と呼ばれるようになった。
……。
そして、朝焼けと共に魔物が今去ろうとしたその地にたどり着いた一団の姿があった。
視界に入った巨大な構造物を見て、思わず口をついて言葉が漏れた。
「へぇ、中々に趣があるじゃないか」
放棄された砦群。
……なるほど、言葉通りか。
視線の先には文字通りの光景が映った。
山間の斜面、その一角にある盆地に立てられた砦群。
それを一見で評するなら古城、である。
膨大な石を積み上げられて作られたであろう城壁。
視界の全てを満遍なく見れるようにと築かれた小高い塔。
「いい拠点だな」
戦略面から見ても、悪くは無い。
所々、破損している箇所が目立つが、破棄された砦にしては中々に上等なものだ。
一見、現役の砦としか思えない。
まぁ、詩桐さんや綴さんが使っているのだからある意味現役の砦なのだろう。
と、横で綴さんが砦に関する由来を説明してくれた。
「元々は領土拡大のために作られ、使われていたものなのですが、それがうまく言った後は砦の維持やその他の費用に費やす資金も勿体ない、と棄てられたんです」
……予算削減?
「まぁ、予算の削減ですね。造られてからかなりの年数が経過していましたし、修繕する資金も勿体なかったのでしょう」
頭の中に浮かんだ疑問をそのまま肯定されてしまった。
いつの時代にも予算の削減とかあるんだなー……。
ほんのちょっぴりだけ世の真理を味わった気がした。
さてと、自慢ではないが俺は頭がいい。
……ええと、冗談ではないですよ。
正確に表すのなら、作戦立案とその遂行能力に多少ばかりの自身がある、だ。
ゆえに、砦の内部に招かれた後は、反抗勢力の現状を知るべく可能な限りの情報を集めた。事務の総括役である綴さんに話しを聞き、残された書類に片っ端から目を通していく。
そして、ある程度まで理解できたのなら今度は外の情報も集め始める。具体的には郷亜が藩主になってからの動向や政治の動き。また、軍が動いたタイミングやその理由など。
そして、重要なのはお互いの兵力の差や戦場になりそうな地形の調査。
……。
瞬く間に、三日が過ぎた。
さて、唐突ではあるが争いというのは情報戦である。
小さなものは個人の喧嘩から、大きなものは国同士の戦争まで。
全ては情報戦から始まる。
どのタイミングでどこにどのように力をぶつけるのか?
相手の補給のタイミングは? 兵糧部隊はどこにいるのか?
相手の部隊の規模と種類は? 相手の指揮官の指揮にはどのような癖があるのか?
争う場所の地理は? 天気や風、気温などの天候は?
相手の国や勢力の現状は? どれくらいのリミットがあるのか?
……。
情報を制したものは、世界を制す!
誰が唱えた言葉かは忘れたが、心底共感できる。
特に兵力で劣り、寡兵をもって大功を上げようというのなら、序盤の情報戦はそれこそ針の穴を通すぐらいに慎重にやらねばならない。
一度のミスも許されない覚悟が必要なのだ。
……。
月が天頂に昇る深夜。
部屋を圧する闇を押してのけるのは小さな蝋燭の火のみ。
そしてそんな中、書類に目を通しながら冬の報告を聞いていた。
(藩主・郷亜の近況はあまり芳しくないですね)
(お?)
(どうにもマスターの助けた娼婦が郷亜のお気に入りだったようで……、付け加えるのなら罠にかけたはずの綴様にも逃げられたため相当に荒れています)
(あらら、ご愁傷様だな)
(ええ)
俺の苦笑じみた言葉に、冬が1pgも同情していない声音で同意した。
(軍の動向は?)
(はい、流石に全軍を費やしての捜索はなされていませんが、かなりの数が捜索に投入されています。後、先程のお二人にかなりの額の懸賞金が掛けられました)
(…………)
(綴様、蛍様共に白金符で千枚です)
……。
(勿論生きていることが条件です。他にも綴様は処女であること、蛍様は無傷であることなどの条件がありますが、こんなところでしょうか)
(……下種が)
心底の呪いを込めて呻いた。
たかが女を得るために国庫からの懸賞金。
こんな時代だ、基本的な人権を、などと叫ぶつもりはない。
それにこんな世界、こんな時代である、人買いや奴隷売りがいても目くじらは立てるつもりもない、表向きは。
職業に貴賎なし。
人買いや奴隷売り、娼婦などの人間の体を売る職業は生きるのにも必要な時だってあるし、それで助かる命もあるかもしれない。特に戦乱や内乱が続く国では最も顕著だろう。
……。
だが。
だが!
……。
……。
(……マスター)
(すまん、ちょっと落ち着くのに時間がかかった)
往年の相棒が心配そうに声をかけてくれる。
(この不愉快な感情は後にとっておくとしよう、怒りは思考を曇らせ判断を鈍らせる)
言葉にしながら、自らに言い聞かせる。
そうでもしないと、怒りにまかせて行動してしまいそうだ。
深呼吸を大きく一回。
思考をクリアな状態にし、最も重要な案件の一つを問うた。
(…………冬、例の件は?)
(是。確認できました。懸念したとおりです)
(そうかい)
……先は暗いなぁ。
翌日、反抗勢力の主要人物を集めての戦略会議の席で一計を提案した。
即ち。
「短期決戦で挑む!?」
「ああ」
綴さんの驚愕した声に肯定の意を示した。
「無茶な! どれだけの兵力さがあると思ってるの!?」
「それも知っている。だが、それでもやらなければならない事情がある」
綴さんの反応は予想できていた、ゆえに予め用意していた言葉を並べていく。
「まずは聞いて欲しい」
集まったみんなの目を見ながらゆっくりとした口調で説明していく。
ここで重要なのは忍耐だ。
相手に自らの意見を押し付けるときは、ただひたすらに根気よく我慢することが重要だ。
焦ってはいけない。
「綴さんに懸賞金がかけられました」
会議場が一瞬静まり返り、直ぐに大きく揺れる。
一瞬の間を取り、次の情報を投げつける。
「白金符で千枚です」
今度こそ会議場が大きく揺れた。
白金符千枚。
一般の家庭なら下手をすれば遊んで暮らせる。
最悪、そのお金を元手に別の藩や国で新しい生活を始めてもいい。
何より、この貧困に喘いでいる現状で白金符千枚はあまりにも大きな爆弾だった。
視線を向ければ、綴さんも顔を真っ青にしていた。
お世辞にも反抗勢力は豊かとはいえない。
中には食うに困り、この反抗勢力に身を投じたものもいる。
正規の軍ではなく、あくまで寄せ集めの志願兵。
そのモラルや規律はけして高くはない。
もしかしたら内部に、賞金に釣られて裏切る者も出てくるかもしれない。
そして、綴さんも馬鹿ではない。
むしろ頭の回転は速い。
すぐさまその思考に行き着いたからこそ顔を青くしたのだろう。
「幸い、今の情報はここにいる物達しか知りません。ですが、それも時間の問題でしょう」
落ち着いた頃合いを見て言葉を続ける。
「一度開いた穴を塞ぐのには多大な労力を費やすしかありません。ですから、そうなる前にことを片付けてしまうのが一番いい……」
と、いきなり若い女性の声が割り込んできた。
「しかし青年、私達と郷亜のデブが持っている兵力の差は理解しているのかい?」
言葉を投げつけてきた女性は、先程摩耶と名乗った女性だ。
書類と綴さんの説明によれば、彼女は詩桐さんと綴さんの父親である比洋さんに使えていた武人であり、詩桐さんに剣の業を叩き込んだ師匠であり、そして反抗勢力軍最強の剣士であるらしい。
ともあれ、言葉を投げ返す。
「ええ、そちらも理解しています」
「……ほう」
摩耶さんが試すように唇の端を吊り上げた。
「まず、此方の不利を説明します」
正面を見て、一言。
「やはり第一に挙がるのが、兵力の圧倒的不利でしょう。次いで、背後にある地力の差」
この場にいるのは反抗勢力の主要人物たち。
誰よりも今指摘した点を理解している者達だ。
一瞬の間をとる、そして。
「今度は此方のみが持っている利点を説明します」
声を大きくする。
さて、ここからが今日の本題。勝負どころである。
「此方は軍が小規模ゆえに、小回りが利くことです。戦場の設定、奇襲での攻撃、撤退時の速度。どれも、大規模な軍団には不可能なことです」
さらに言葉を紡ぐ。
今から言う台詞こそが、今このときから始める逆転の烽火。
「ですが、今この時に限って言えば、利点がもう一つ。即ち懸賞金です」
皆が頭上にクエスチョンマークを乱舞させる。
そんな中、口元に僅かに苦笑を浮かべ説明した。
「白金符千枚という数字が郷亜の感情そのものだとしたどう思います?」
「どういうことだ?」
俺の問いに反応したのは、詩桐さんだった。
「聞けば、郷亜は綴さんを求めていたといいます。そして、すんでのところで綴さんや貴方を取り逃がした。郷亜の中に湧き上がった憤怒、苛立ち、焦り……。そして、それらの末の結果が懸賞金であり、白金符の千枚」
思考の追跡。
相手側にたって、相手の思考を追う。
恐らくはこれら懸賞金を用意したのは郷亜の腹心である碧陽という名の宰相だろう。
しかし、それでもそれは郷亜が納得するだけのものでなければならない。
恐らく白金符の千枚という異常な数字は、郷亜の我慢や忍耐を計算した結果なのだろう。……確かに白金符千枚という異常な額なら、裏切る者や密告するものは後を絶たないだろう。
「実際に支払われるかどうかは分かりませんが、白金符の千枚なら靡く者は絶対に出てきます。そして、郷亜が懸賞金を掛け、同時に俺達の陣営がその事を知らない今なら、まだ間に合います」
そして、俺が三日の期間を経て考えた末の作戦を提示した。
「この白金符千枚の裏に潜んだ郷亜の感情を利用してこの藩の兵力を釣り、同時に持てる最大戦力で郷亜の首、ただその一点を狙います」
「そんなの所詮推測だ! そんな夢物語信じられるか!」
最初に反対票を投じたのは摩耶さんの横に座っていた若い男性だった。
名前は確か。
「少し黙れ、來」
ゴッ!
俺が名前を思い出す前に摩耶さんがその來と呼ばれた男性を張り倒した。
……。
「お前らはこの推測、具体的には白金符千枚の話しはどう思う?」
と、摩耶さんが詩桐さんと綴さん兄妹に声をかける。
この中で一番郷亜を知っている二人に今の意見を聞いてみたいのだろう。
まぁ、横で頭に大きなたんこぶを作り白目を剥いている來さんは見なかった方向でいこうと思う。
「可能性はありますね。今の伯父ならそれくらいはやりかねない」
「ええ」
兄妹の応えは両方とも肯定。
「……ふぅむ」
摩耶さんは僅かに考え込むと。
「青年、確か雄矢と言ったか?」
「そうです」
「そうかい。では雄矢、君の作戦は藩の兵力を釣って、同時に持てる最大戦力で郷亜を討つといったが、釣った戦力はどうするんだ?」
「この地で足止めします」
「ほう。それはどうやって?」
そう。釣り上げた戦力はこの地で一分一秒と少しでも長く足止めする必要がある。
して、その方法は。
「この砦の周囲まで引き込み、そして」
目の前の机の上に広げられた地図、そして、その一角を指した。
「ここを使います!」
……。
……。
……。
「雄矢の作戦を支持するよ」
一番最初にその言葉を紡いだのは、なんと摩耶さんだった。
「はははは、緩い顔して随分とえげつない手段を使うじゃないか」
そう言って、強引に頭を抱えてくる。
その豊かな胸が当たって微妙に恥ずかしい。
というより、この場面が冬にはけして見られませんように。
「いいよ、あたしゃ雄矢の作戦に乗るよ」
からからと笑う。
……随分と姉御肌な人だ。
思わず苦笑してしまう。
「俺も支持するよ」「私も」
摩耶さんの行動を苦笑しながら見守っていた詩桐、綴姉妹も同意する。
「ちょ、息が、摩耶さん、ストップ! ついでに胸、胸が!!」
「あたしゃガキに触られても気にしないよ! それとも直に触ってみるかい少年、うりうり」
「むぐーーー!!」
「なはははは」
……。
……この姿が冬には絶対に見つかりませんように。
俺はこの世界に来て始めて、いもしないであろう神に祈った。
最終的には俺の提示した作戦は実行される運びとなった。
因みに余談であるが、來さんは最後の最後まで白目を剥いていたという。
ご感想・ご意見・各種批評・間違いの御指摘などをお待ちしております。