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16話 - 胎動

誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。

 頭上に月が輝く。

 遠くから狼の遠吠えらしきものが聞こえた気がした。

 と。

「かの大昔に存在した大○本帝國軍は、このように埋めた後肉汁を浴びせて、野犬を解き放ったそうですよ」

 頭上から絶対零度のお声がかかる。

 現在首から下は大地に抱擁されている。

「わあーい! 素敵なトリビア♪」

 恐らく俺の顔は恐怖に引き攣っているだろう。

 遠くに見える男女五名は既に恐怖で言葉一つ発せないようである。

「では今から実演を行いましょうか。安心してください、野犬はいませんが近くに大型の獣を確認しています」

 そう言って、手に持った鍋を掲げる。

 鍋からは食欲をそそる香ばしい匂いがしている。

「では逝ってください、骨は拾ってあげません」

「いや! あの! 冬月さん! ちょ、ちょっとお!?」

「では」

「では、じゃなくてだな!」

「……では」

「ちょ、おま、なんかトロっとしたものが顔に! あ、ダメ! なんか、食欲をそそるいい匂いが!!」

「風下に敵性反応を確認、大型の獣、四足歩行、多数」

「ちょっとおおおおおおっ!」

「接近を開始。接敵までカウント360です」

「いやあああああああああああっ!」

「……流石に餌がいいと食いつきも早いですね」

「らめえええええええええええええええっ!」


 ……。

 すんでのところで助けてもらった。


 俺は忘れないだろう、今日という日の恐怖を。

 ……。

 そして女の情念を。




 沸かした湯を一浴び。

 頭に掛かった肉汁と全身にこびり付いた土を流す。

 いろいろいいたいことはあるが、我慢。

 今の冬にいろいろ言った瞬間今度こそ冗談抜きで狗の餌になるだろう。

 どす黒い妖気を撒き散らしていた相棒の姿を思い出すだけで、全身に震えが走る。

 ……うう、最近ますます病んできているような。

 この世界に来る前の大人しかった冬が懐かしく感じてしまう。

「ああ、俺も遠くに来たものだ」

 思わず黄昏てしまう。

 視界は満天の夜空、美しい星々が輝いている。だというのに、なぜか俺の目には悲哀を誘う夕焼けに見えてしまった。


 と、黄昏ていると固有チャンネルを通して連絡が入った。

(マスター、ご報告があります)

(あ、ああ。頼む)

(了解です)

 冬の声を聴いた瞬間、体が震えたのは消して寒さからではないだろう。

 ……。

 寒さである、そう願いたい。心の底から。


(まずは、最初に拾った男女二名ですが、男の方の名を詩桐(しぎり)、女のほうの名を(つづり)というそうです)

(ふむ)

(本人談によりますと、現藩主である郷亜の甥と姪に当たるそうです)

(親類縁者か?)

(はい。しかし仲は最悪、とのことです)

 どうにも本人達の説明によると、自分達は藩主である郷亜に対抗する反抗勢力(レジスタンス)であり、本日は城下町の協力者のもとを尋ねたら何故か藩の衛兵が待ち伏せしており、命からが逃げてきた、とのことらしい。

(反抗勢力、か)

(はい)

 と、網膜に一つの画像が現れる。

 それはこの町に来た時に見た立て札だった。

 おれ自身文字は読めるが、そこに書いてある意味が理解できないので俺にとっては無意味なのだが。

(此方をご覧下さい。此方には『比洋の末に告ぐ。汝らの未来に光なし。我、汝らの類としてその未来に嘆く心有り。されば、比洋の末姫を保護せんと申し出るものなり。末姫を保護せし時は汝らを厚く迎えよう。また、余は汝らとの争いを好まず。ただ、類の年長として、末姫の未来を案ずるのみ』と書かれてあります。ここで比洋(ひよう)というのは詩桐様と綴様のお父上であり、比洋の末姫というのは綴様のことを指します)

(……)

 つまりは、「お前らに勝ち目は無い、綴を差し出すのなら見逃してやろう」ということなのだろう。

(マスターは現藩主である郷亜が藩主の座に座るときに自ら以外の兄妹一族を皆殺しにしたことを知っていますね)

(まぁな)

 この町に来る前にある程度下調べはしたつもりだ。当然、その情報も知っている。

(その政変のとき、詩桐様と綴様のご兄弟は別の藩に行っていてこの藩内にいなかったため殺されずにすんだようです。ですが、最近の藩主・郷亜の暴政に絶えかねた商人や昔の家人により担ぎ出されたそうです)

(……それは、また)

 ご苦労様としか言えない。

 その後も、冬が集め検証した情報を聞かせてもらった。


 パシャッ。

 水しぶきが跳ねる。

 湯船に浸かりながら、ふと思い出した事を相棒に報告する。

(そうだ。今度は此方からも報告があるぜ)

(? 伺いましょう)

(言葉で説明するのも面倒だから、記憶領域の記録データをそのまま送る。検証してくれ)

 脳内の生体演算素子(バイオコンピューター)で処理したデータを竜機神(ほんたい)に送る。

(どうにもきな臭くなってきたなぁ、おい)

(笑えませんよ。こうも関わってしまった以上、良くも悪くも私達も渦中に巻き込まれつつあります)

(分かっているさ)

 深い苦笑が顔を覆った。


 ……。

(マスター、ど……)

(俺は今回は反抗勢力の方々に味方しようと思う)

(……理由を聞いても?)

(……約束、かな)

(約束ですか?)

(ああ。明るい未来にするっていう約束がある。それを履行しようと思う)

 そのためには藩主・郷亜にはご退場していただく必要がある。

(あの、三人ですか)

(…………。ああ)

 冬の遠慮がちの質問に言葉短く返す。

 僅かな沈黙。やがて。

(はぁ。マスターがそういうのなら私はそれに協力しましょう)

(いいのかい?)

(私は竜機神『GAIA』、マスターの最強の武器です。武器はただ主に従うまでです。それに……)

(それに?)

(マスターのことです、それなりに理由があるのでしょう)

(おいおい、もしかしたら下心からの約束かもしれないぜ)

(それは無いですね)

(お?)

 冬の言葉は断言だった。

 その言葉には誇らしげな響きがあった。


(私が選んだマスターです。私の最愛の主は『未来』という重い約束をたかが下心でする人間ではありません)

(……)

(マスターが『未来』を約束するほどです、マスターの心を動かす何かがあの姉妹達にあったのでしょう。でなければ、そのようなことは絶対にありません)

(……)

 最後の最後まで断言。

 それは俺に対する深い信頼と愛情があってこその言葉であり、言葉では言い尽くせない時間を共に歩んだ相棒ならではの言葉。

「はは、ははははは!」

(マスター?)

 思わず笑い声を上げる。

(愛しているよ、冬月)

(んなっ!)

 愛おしい。本当に、心の底からそう思う。

(ああ。その通りだ。)

 俺があの姉妹を手助けするのは下心からではない。

 俺はただ……。

(俺はあの姉妹を助けたい)

 そう、あの姉妹を助けたい。

 心の底からそう思ったのだ。


(地獄のような日々を歩んできた姉妹、それでも誰一人失わずに生き抜いた姉妹)

 自らの身を省みずに妹達を案じる姉と、必死にその姉を助けようとする妹達。

 地獄の底のような生活を強いられようと失われなかった姉妹の絆。

 素直に美しいと思った。そして感銘を受けた。

(そろそろ地獄を抜け出しても誰も文句は言わないさ)

(……マスター)

機械の神(おまえ)その主(おれ)が文句を言わせないさ)

 辛い人生を送ってきた姉妹にそろそろ、華やかな未来を送ってやりたい。

 ……。

 それに、大勢の命を奪った俺だ。そろそろ偽善的な行為の一つでもしたい気分だ。

 血塗られた手でも誰かを救えると証明したい。

 ……。

(一働きしてもらうぜ、相棒)

(イエス)! 我が主(マイ・マスター)!)




 肉汁と泥を落とし、さっぱりしてから改めて渦中の人と向き合う。

「始めまして、雄矢殿」

「始めまして」

 そういって頭を下げたのは藩主・郷亜の親類である詩桐さんと綴さんだ。

 青が掛かった黒い短髪の青年に、同色の髪をしたセミロングの女性だ。

 恐らく詩桐さんは年上、綴さんは同い年ぐらいだろう。

 まぁ、感だが。

「あー……、そうかしこまらんといて」

 苦笑交じりで手を振る。

「冬から大体のことは聞いた。災難だったな」

「いえ、俺の力が及ばず……」

「……兄さん」

 青年は目の前で力なく肩を落とす。

 正に、「俺、落ち込んでます」といった風情である。

 しかし、これでは話しがすすまんので強引に進めることにしよう。

「まぁ、落ち込むのは全てが終わってからにしよう」

「「?」」

 疑問符を浮かべる二人に問いかける。

 これはこの藩を、ひいては一つの勢力を打ち倒すための第一声。

「貴方達にはまだ戦う気概はあるかい?」

 反抗勢力(レジスタンス)の二人に国家転覆の覚悟を問うた。


「ある!」

 躊躇いは無かった。

 いやあったかもしれないが、それは躊躇いともいえないものだった。

「俺はこの国の豪族の末裔として、藩主である郷亜の是非を正す義務がある」

 豪族としての義務。

 それは大きな権力を持つ代償。人々の上に立つものとして民を導く務め。

「少なくとも今の郷亜にはそれが出来ていない。ならば親類としてそれを正したい」

「……それは郷亜を殺す覚悟があるということか?」

 今の郷亜はもう引き返せるところにはいない。

 暴政と淫蕩。

 既に民の心は郷亜の元を離れている。

 民は自らの生活とその基盤が保証される限り、国主には無頓着だ。しかし、自らの生活が脅かされたなら、その心は近づくことは無く、ただ離れるだけ。

 正したい。されど正すことが出来ぬのなら、くしくもあの世にご退場願うしかない。

「分からない。でも、もし叔父上が自らの過ちを反省せぬのなら……」

「……」

「反省しないのなら、その時はせめて俺の手で……」

 青年のその瞳には深い悲しみと動かぬ覚悟が宿っていた。

「………………。合格」

「え?」

「いや、なんでも」

 苦笑しながら、手を振る。

 そして。

「詩桐さん、貴方が望むのなら俺は貴方に力を貸しましょう」

「え? い、今なんて!?」

 詩桐さんが目を剥き驚愕の声を上げる。

「貴方に郷亜打倒の意思があるなら、俺は冬月共々力を貸しましょう、と言ったんですよ」

「な、なぜ」

 詩桐さんが戸惑ったように声を上げる。見れば横の綴さんも目を丸くしている。

 その疑問に答える。

「俺には俺の理由があります。俺にはある約束を守る為にこの藩をまともにしなければなりませんから」

 三姉妹は今、冬が相手をしている。

 元々下着のような衣装しか纏っていなかったので、冬が三人の服を見繕っているのだ。

「利害は一致しています。それに少なくとも敵ではありません」

 手を差し出す。

「どうでしょう?」



 ―――詩桐―――


 少なくとも嘘をついているようには見えない。

 豪族として、生まれたときから人の上に立つ者として、人を見る目はそれなりに磨いてきたつもりだ。

 その結論として。


「此方こそ、お願いしたい」

 差し出された手を取り、握った。



 ―――藤宮 雄矢―――


「俺は戦人としては三流ですが、頭の方は少しばかり自信があります」

「頭?」

 頷きで肯定し。

「どうです、俺を参謀として臨時に雇いませんか?」

 一つ売り込んでみた。

 ……。


 ……。

「まずは、反抗勢力の規模と構成を詳しく教えてください」

「綴」

「うん。兄さんが信じるなら私も信じるよ」

 詩桐さんの言葉を受けて、綴さんが話し始める。

 どうにも兄は戦闘要員とそれをまとめる旗頭らしく、実際の実務を取り仕切っているのは妹らしい。

「私達の規模は大体6千人ぐらいよ」

「……6千人。敵さんの人数はわかるか?」

「大体3万人ぐらいだったはずよ。でも」

「でも?」

「最近は兵の脱走があるから実際はもう少し減るはず」

「了解」

 なるほど。

 末端の兵が脱走するとは、何とも極まっているな。

「しかし、約五倍か。戦力差が思った以上に開いているな。ちなみに拠点は? 武器や兵糧はどうやって調達している?」

「それは……」

 綴さんが詩桐さんをちらりと見て、詩桐さんが頷いたのを確認し。

「城下町を遠く離れたところに放棄された砦群があるの、そこを利用しているわ。武器や兵糧は志波(しば)さんを筆頭とする商人の方々(・・)が渡してくれているのよ」

「志波?」

「この藩で碧陽(へきよう)に次ぐ、商人の方よ」

「なるほど、な」

 ……。

 商人の「方々」、ね。

(冬)

(了解しています。すぐさま商人の洗い出しを行います)

(ついでに彦さんと禄さんに直ぐにでもこの地を去るように、と)

(御意)

(頼んだ)

「他に聞きたいことがいろいろとある。しっかりと答えてもらうぜ♪」

 にやりと笑った。


 自分で言うのもあれだが、きっと今の俺は間違いなく悪党面だっただろう。


 事実目の前で綴さんの顔が盛大に引き攣っていた。

ご感想・ご意見・各種批評・間違いの御指摘などをお待ちしております。


戦略物は作者も初挑戦でございます!


生温かい目で見守ってやってくださいwww

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