15話 - 流転
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
「何ぃ! 逃がしただと!」
一応の主君である藩主・郷亜が目を剥き怒鳴る。
「何をやっとるんだ、馬鹿者!」
お叱りを受けているのはことの次第を報告にきた末端の兵だ。
哀れな。
とはいえども、このままではいつものように感情任せに剣で切り殺してしまうだろう。
「郷亜、ここは一つ提案がある」
「なんだ、碧陽」
「ああ。ここは罰するのではなく、褒美で釣ってみたらどうだ?」
「む?」
「鞭より飴だよ。見つけ出した物には褒美を、そしてつれてきたものにはより大きな褒美を、ということだ」
「つまりは懸賞金を掛けるということか?」
「察しの通りで」
臣下の礼をとるが、内心のため息は止まらない。
この程度のことはもっと早く気づいて欲しかったというのが本音だ。
「これなら褒美を元に、兵達も一層励むだろう」
「おお! なるほど!」
「では?」
「掛ける金額に関してはお前に一任する! 直ぐにでも比洋の末姫を連れてくるのだ!」
「あい分かった」
一礼すると、怯えて硬直している兵に笑いかける。
そこで兵はようやく命の危機が去ったことを理解したのか、ほっとした顔で頭を下げてくる。
郷亜の癇癪に触れて斬られた兵は既に二桁は行っている。今自らが助かったことを喜んでいるのだろう。
……やれやれ、兵も無限じゃないというのに。
最近は郷亜の横暴に耐えかねて脱走する兵もいるぐらいだ。
「……はぁ」
どうにも浅くないため息が漏れた。
しかし、悪いことは連続するものだ。
郷亜のお気に入りの娼婦であり、最高級娼婦の蛍という少女が何者かに強奪されたのだ。
高位の占術師であり、儚げな容貌の美少女だ。
私も目にした事があるが、信じられないほどの美貌だったのを覚えている。
神秘的な雰囲気もそれに拍車を掛けていた。
あの淫蕩な郷亜が何度も何度も通い続け、その妹達も面倒をみるという面倒な条件まで呑んで身請けしたのだ。
それが、手元に来る寸前で何者かに強奪されたのだ。
その憤激たるやけして小さくないだろう。
事実。
「ひぃっ! お、お助けを」
「ふんっ!」
ザシュッ!
「ぎぃあああああっ!」
目の前で兵が斬り殺される。
娼館まで蛍という少女を迎えに行った兵士だ。
同様に足元には既に三人の死体がバラバラに散らばっている。
ドサリッ。
重い何かが倒れる音がして、四人目の死体が床に転がった。
血濡れの赤い剣を握り締めながらはぁはぁと荒い息をしている。
と、血走った目で此方を睨みつけながら喚く。
「碧洋!」
「既に手配している。藩下の衛兵の九割以上を動員して城下町内をくまなく捜索中だ。今しばらく我慢しろ」
「くそっ! くそっ!! くそっっ!!!」
顔を真っ赤にし口角泡をとばしながら喚いている。
ただでさえ比洋の末姫である綴を逃しているのに、それに加えて楽しみにしていた蛍にまで逃げられたのだ。
もはや理性など働いていないような状態だろう。
「女だ! 女を連れて来い!」
「……ああ」
手を打つ。
すると。
一人の女性が連れてこられた。
肩まで届く柔らかな金髪にきめ細かい白い肌。澄んだ碧い瞳に、長い睫毛、赤い唇。
染み一つ無い肌からは男の性を刺激するような甘い香りがする。
凡そ十人いれば十人が美人と評するであろう美女だった。
それは自らを綺麗に見せるために努力した者のみが得られる磨かれた美。
そして、その体を覆うのは男心をいやらしいまでにくすぐる色気たっぷりの下着。
程よい肉つきを締め付け、見せ付けるかのような濃紫の衣装。
どれもこれも男に差し出されるためだけのものだった。
しかし、連れて来られた女の体で最も目を引くのは雪のように白い下腹部に痛々しく刻まれた焼印だった。
それは藩主郷亜の所有物をあらわす焼印。
生涯、違わず性奴隷を示す絶望の焼印。
これを刻まれた人間はここの後宮でしか生きることを許されず、逃げ出したなら即死刑という過酷な運命を科される。
また、焼印がもたらす絶望はそれだけではない。藩主である郷亜以外と寝ることも許されず、また焼印を持ったものを匿ったり手を貸したりするだけでその者とその者の一族郎党に罰が下される。
凡そ女としての、いや人としての幸せを踏みにじる烙印だった。
「此方を」
女の背を押す。
女の表情は虚ろ。いっそ無表情と評してもいい。
恐らくは暴れたためか嫌がったために薬で判断力や理性を麻痺させたりしたのだろう。
癇癪を起こした後に抱かれた女は決まって壊される。
精神的なものか、肉体的なものかの違いはあるが。
故に、後宮の女達は唐突の呼び出しを嫌がる。
「ははぁ。たまらぬなぁ」
郷亜は女の手を引っ張ると自らの腕で抱きしめ、その乳房を揉みしだく。
「……う……あ」
女の口から虚ろな声が漏れるのが、哀れを誘った。
郷亜が女の唇にむしゃぶりついたのを機に振り向き、出口を目指す。
ここから先は私から見ても、いいものではない。
「失礼する」
一礼をし、玉座の間を辞した。
背後から女の叫びが聞こえた。恐怖にも似た、絶望にも似た叫び。
恐らくは薬の効果が切れたのだろう。
……。
哀れ、などとはけして思うまい。いや、思うことは許されない。
女がいなくなっては市井から拉致同然につれてきて後宮に入れることもやった。商売敵の娘を攫ったこともあった。借金のかたに妻や娘を攫ったこともあった。
中には恋人がいたり、夫がいたりした女も居たが当然の如くそのような訴えは無視して後宮に入れた。逃げられないように焼印を入れた。
全ては往年の友たる郷亜のため。
……だが、これだけの外道を重ねたのだ。けして楽には死ねまい。
自嘲気味なため息が出た。
「っ」
思わず拳を握り締めてしまう。
藩主になったばかりの郷亜はもっと自制や倫理というものが残っていたと思う。
……どこで間違ったのか。
やはり郷亜は藩主としての器ではなかったのか?
藩主になりたいなどと相談されたときに止めるべきだったか。
いや、この世界に「もし」という言葉は存在しない。
自らが選んだ道であり、それが過去から今を通り未来に続いている。
なればこそ、行き着くところまで行くしかない。
……。
「地獄に落ちるのは、当然だろうなぁ」
ポツリと言葉が漏れた。
それは自らを嘲笑う自嘲の言葉だった。
事実、その地獄はすぐそこまで来ていたのかもしれない。
―――藤宮 雄矢―――
三姉妹を自分ごと光学迷彩で包み込み、早々に城下町の門を抜ける。
夜が遅くとも、夜に活動する行商がいるため、四方の門のうち西門はギリギリで開いていたのだ。
後は俺が蛍さんを抱え、それに祈と願の姉妹がついてくるだけである。
最悪気づかれたのなら、実力行使に訴えるつもりだったが、存外にうまくいってよかったと思う。
後は、冬が送ってきた座標まで移動するだけである。
まぁ、道中はやはり暇なのでお互いに簡単な自己紹介。
でもって二人の自己紹介を受けて。
「へぇ、二人とも方術師だったのか」
おー、といった感歎の言葉が漏れる。
「そうよ、すごいんだから」
「えへへへ」
双子のお返事。前者が姉の祈、後者が妹の願だ。
なんというか姉妹の性格がそのままに出ているお返事である。
「方術というと火とか水とかか?」
「まぁね。元々はお姉ちゃんを守る為に死に物狂いで覚えたのよ」
えっへんと胸を張る。
「私は主に火と風、願は水と地を操ることに長けているの。私に方術を教えてくれたお師匠様によると、性格による違いが出たかもって言ってたわ」
「……性格、ね」
なんというか凄い説得力がある。
合って間もない俺が言うのもなんだが、祈は勝気というか強気というか、そんなとこがあるような気がする。対して末っ子の願は少し気が弱いというか甘えん坊なとこがあるように思える。
「何よ! 文句でもあるの?」
「滅相もございません、お姫様」
「よろしい」
俺の返答が受けたのか、からからと笑う。
その笑顔を評するなら正に大輪の向日葵、空に咲く太陽。
可愛いもんだ。
と。
きゅるる~。
なにやら音が聞こえた。
横を向けば。
「あうっ///」
願がお腹を押さえて紅くなっていた。
「今日はお昼から何も食べていませんので……」
末っ子に対し助け舟を出したのは長女の蛍さんだ。
「元々私達が得られる食は拙いものです、それに妹達はお客を取っていなかったので、娼館側でもあまり食べるものをくれなかったんです……」
足りない分は私のを分けていたんです。
そう言って気まずそうに顔を歪める。
「そうかい」
一つ苦笑すると。
「祈、俺の鞄を開けてくれ」
「え? 私」
「おう」
「……もう、しょうがないわね」
ぶつぶつと文句を言いながら俺が背負っていた鞄を開く。
「中に、皮袋があるはずだ。それを願に渡してやってくれ」
「もう。……えと、これ?」
鞄の中から取り出したのは握り拳二つ分ぐらいの大きさの皮袋である。
「そうそう、それそれ。中にお菓子が入っているから君達で食べていいぜ」
祈願姉妹の顔が綻ぶ。
流石に女の子。甘いものやお菓子という言葉に弱いのは何時の時代、何時の世界も共通なのだろう。
「これ!」
「わあ!」
姉妹の驚きの声が聞こえる。
袋の中に入っていたのは、なんと俺が元いた時代のクッキーだった。
この世界に存在するような小麦粉とミルクで焼くものとは違う。
小麦粉と薄力粉、それにバターと卵黄を使って生地を作り、中にドライフルーツを加えて焼き上げた。いうなら過去風、もしくは未来風のクッキーだ。
「いい匂い」
「美味しそう」
「だろう」
ふふんと笑う。
そう、先日冬と試行錯誤の末に何とかバターを作り上げたのだ。尤も生産量は微々たるものであり、売り物には到底ならない程度だったが。
「……甘い」
「……すごい」
祈願姉妹はそういったきり無言でクッキーを貪り始める。
「おいおい、一応俺のものだぜ。俺が食う分ぐらい残してといてくれよ」
苦笑しながら一応言葉をかけておく。が、返ってきたのは。
「何よ、女の子の物を横から奪おうっていうの」
「……」
あー……、えーと。
「いや、それは元々俺の物だからな」
「却下よ。こんな美味しいものは渡せないわ!」
「……。いや、それは元々」
「はい、お姉ちゃんもどうぞ。祈ちゃんも、アーン」
「頂きます」
「あ、アーン///」
「いや、それは」
「んぐんぐ。はい、お姉ちゃん、最後の一つ」
「ん」
ぱくっと、目の前で無常にも最後の一つが蛍さんの口の中に消えた。
……。
「……………………もういいです」
視界が歪んで見えるのは気のせいだろう。……きっと。
袋を鞄の中にしまう。
「へえ、雄矢って商人なんだ?」
「新米だけどな」
「で、何を扱ってるの?」
「調味料の類だよ。後、先程お前らが全部食べたのも一応試作品だぜ」
目の前のツインテールの娘さんからは、反省という文字が見えない。腕の中の長女と横をついてくる三女には一応反省が見えるのだが、次女からは反省の「は」の字も見えない。
……はぁ。
「試作品ていうことはまた今度作るのね?」
「……」
祈さんの目が実にキラキラと輝いていらっしゃる。
くそう、今度試作品を作っても絶対にわたすもんか!
と。
「調味料というと、イムリの煮汁とかですか?」
「いんや、塩だよ」
横合いから質問をしてきた末っ子に応える。
「純正の塩さ。文献や伝聞で聞いたことぐらいはあるだろう」
「あ、はい。一応」
「それそれ。ちょいと企業秘密だが精製に成功してね。一稼ぎしようかとね」
「すごい」
苦笑しながら言葉を続ける。
「これから合流する手はずになっている相棒、それにここにはいない仲間の三人でね」
思い浮かべるのはいつもクールな相棒とおっとりとしたお嬢様の二人だ。
それから暫く言葉を交わす。
そして、ふと尋ねてみた。
「君達、よければガザの村に来るか?」
「ガザの村ですが?」
俺の言葉に応じたのは蛍さんだった。
「一応俺はそこに住んでいてね。それに村長とも顔見知りだ、君達に来るつもりがあるなら、口利きするよ」
「「……」」
双子は顔を見合わせた後、長女のほうを向く。
「この体ですし、迷惑をかけるかもしれません……」
「そのへんは特に気にしないさね。それにこうして知り合ったのも何かの縁。袖すり合うも他生の縁、てね」
「……」
「それに、先程の約束どおり、君の体も徐々に治していきたいしね。どうだい?」
蛍さんの体に関しては、輝夜の巧術、冬のナノテクがあればなんとかなるだろう。
最悪の場合も打つ手はある。
……教授さまさまだな。
「本当によろしいのですか?」
「おうよ」
蛍さんの申し訳なさそうな言葉に笑って頷く。
蛍さんは僅かに考え込むと。
「……祈、願。貴方達はどう? 私はこの方の世話になろうと思います」
と言葉を紡ぐ。
しかし。
「お姉ちゃんがいいなら私もいいよ。それに雄矢は嫌いじゃないしね」
「うん、私もいいよ」
蛍さんの言葉に双子は一も二も無く揃って頷く。
その言葉を受け取り。
「すいません。では、お世話になります」
頭を下げてきた。
「あいあい、任せておきな」
にかっと笑いかける。
そしてその時初めて。
「はい、宜しくお願いします」
蛍さんが笑った。
祈を大輪の向日葵、願を満開の桜とするなら、蛍さんは夜空に浮かぶ三日月。
幻想的であり神秘的とも取れる、儚く美しい笑みだった。
―――冬月―――
「っ! この感覚は! ……マスター、後で折檻ですね」
―――輝夜―――
「何でしょうか? なにやら不快感が……」
―――藤宮 雄矢―――
ゾクゾクゾクッ!
「おおおおっ!」
「どうしたの、雄矢」
「雄矢さん?」
祈願姉妹が心配そうに声を掛けてくるが、それどころではない。
「な、なにやら背中に嫌なモノがっ」
とんでもない殺気の塊を感じた、それも二つ。
間違いない! この殺気は確実に俺をオーバーキルできる!
と。
「あ、あの」
「な、なにかな?」
「……背中に嫌なモノが見えます」
しばし躊躇った末に一言ポツリと。
蛍さんが実に聞きたくないことを教えてくれた。
「そ、その根拠は?」
俺の震える声での問い。
けれど蛍さんは困ったように一言。
「私の占術が遠くない未来に女難の相を……」
ご感想・ご意見・各種批評・間違いの御指摘などをお待ちしております。
黒髪ロングの女の子はヤンデレという都市伝説がある……。