13話 - 城下町へ
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
「はじめまして、賢者殿」
広場には四頭立ての幌馬車が一台。
横には口ひげが豊かな老人が待っていた。
「わしの名は彦。今回はよろしく頼みますわい」
「ええ。自分は雄矢です。今回はよろしくお願いします」
握手をすると、その手は年不相応にガッチリとしていた。
説明を聞くに、この幌馬車に乗って藩主様の城下町に向かうらしい。
幌馬車には彦さんと彦さんの孫である青年兵の禄さん、それに俺と冬の四人だ。
本来は輝夜も連れて行こうと思ったのだが、対人恐怖症がある輝夜を城下町に連れ出すのもあれだったので、今は自宅で留守を預からせている。
一応、ピアス状の通信機を渡してあるし、有事の際は連絡をするように言ってあるから問題はないだろう。
さて、同乗者の簡単な説明と城下町までの日程を軽く説明しておこうか。
馬車の御者をするのは禄さん。今回は彦さんの護衛兼手伝いとして同行しているらしい。一応、ジェヴォーダン殲滅戦のときに森に火をつけた青年兵の一人で、先程も説明したとおりの彦さんのお孫さんだ。年齢は俺とタメの十八。体格やその雰囲気から察するに戦人、というわけではないが治安を預かる衛兵としてならそこそこだろう。腰の下げている剣も飾り物ではなくそこそこ使い込んでいるふうだ。尤も、洸樹さんや翁波さんに比べると何段も劣るだろうが。
次に今回の一行のリーダー兼まとめ役である彦さん。見る限り御歳は六十越えはしていそうな老人である。尤も、その肉体は枯れた老人というわけではなく適度な運動と日ごろの節制のためか年齢より若々しい。麗華さんの紹介によると、織物業を生業としおり定期的に城下町に繰り出している商い人だ。また、先代村長である木裏さんの信任厚く、村人が作った工業品や農産物を城下町までもって行き捌くこともやっているらしい。
お次は今回の城下町までの日程を説明しようと思う。
日程としては朝一でこの村を出て東に向かうらしい。途中何度か休憩を挟みつつ、林道や山道を抜け城下町へ入るらしい。その途中で関が二箇所。この村を出て城下町へ向かう街道との合流地点に一つ、そして藩主の領地に入るときに一つ。一応、関を通らずとも城下町へ向かえる路はあるが、関を通ったほうが安全なようで、行程として関を通るらしい。予定通りに進めたのなら、明日の夜には城下町へと辿りつくとのこと。商いはその次の日の朝からの予定だ。
まぁ、今回の日程とその説明としてはこんなものだろう。
「マスター、先程から何をぶつぶつ呟いているのですか?」
「いや、画面の外の人に説明を、とね」
「……?」
「いや、俺も良く分からんが、なにやら説明をする義務を感じて……」
「? まぁ、いいです。彦様によるともう出るらしいので馬車に乗ってくださいとのことです」
「あいよ」
冬に言われ、馬車に乗り込む。
随分と大きな馬車である。
積荷を積んであっても、御者を含めた四人が中で寝泊りできるほどのサイズだ。
「賢者殿も乗り込みましたな。禄、出してくれ」
「あいよ、爺さん!」
禄さんの威勢のいい声と供に手綱が引かれ、馬車がゆっくりと動き出した。
「賢者殿も、その御付の方も多少は窮屈を感じるかも知れませんが、どうかご勘弁を」
「いや、気にしないで下さい。頼んだのは此方ですし」
彦さんがうやうやしく頭を下げてくるが、それを手で制し笑いかける。
「どうせですし楽しく行きましょう」
「ええ、わたし達にとっては初めてのことです。是非ともご鞭撻ご指導の程よろしくお願いします」
俺と冬の言葉を聞き、彦さんが破顔した。
「後、俺の名前は雄矢です。雄矢と呼んでください。こいつは冬月と」
「っ、しかし! ……いや、わかりました。雄矢殿とお呼びしましょう、そちらのお嬢さんは冬月殿で?」
「ええ。それでかまいません」
「是。ではこの度は宜しくお願いします。彦様」
俺は頷き、冬は頭を下げた。
道中は殆ど暇だ。故に彦さんからいろいろな話を聞いていく。
そしていろいろと話していく内にお互いの商品へと興味が移っていく。
「ほほう、調味料ですか」
「ええ。今回は砂糖と塩、それにこの醤油です」
「砂糖と塩は知識としては知っておりますな。大昔の料理人が使った秘伝の調味料、と。しかしこのどす黒い液体、醤油ですかな? これはいったい?」
「ええ、醤油で正解です。製法や原料は明かせませんが、これも調味料の一つです。……そうですね」
朝は早かったためか食事はお弁当という形で持ってきていた。
出発して暫く、朝食を取るにはいい時間だろう。
「お一つどうぞ」
笹の葉の包みを解く。すると中からは香ばしい香りが漂ってきた。
笹の葉のお弁当の中に包まれていたのは焼きおにぎりだった。
焼きおにぎりはおにぎりの表面を焼くことで作る簡易食である。そしてその味付けの多くには醤油が使われている。
今朝方、輝夜が握ってくれたのだ。彼女がそのまま手で握りながらちょちょいと熱を加えたら、あら不思議。ただのおにぎりが見事な焼きおにぎりに。
閑話休題。
「どうぞ。そのまま手で取って齧ってください」
「う、うむ」
既に横では冬がパクついている。
笹の葉の片隅には口休めの漬物がある。これも我が家でつけた糠漬けだ。これも輝夜が管理している糠床から作られたものだ。
……あいつも器用なもんだな。
と。
「おおお! これは素晴らしい」
彦さんが感歎の声を上げる。
「外はパリッとしていて、中はもっちりと本来の米の感触。そしてこの表面に塗られている、この醤油とやらが実に合う。素晴らしい! 実に素晴らしい! ただの握り飯がここまで美味くなるとは」
この時代の人間にとっては正に食卓革命だろう。
彦さんは焼きおにぎりを一瞬で平らげてしまう。
そして何やら僅かに悩んだかと思うと。
「雄矢殿! この調味料とやらはどうやって?」
いきなり企業秘密を聞いてきた。
「ええと、企業秘密です」
「むう!」
彦さんが未練たらたらの視線を向けてくる。
「一応、これが今後我が家の財源になりますから、なるべく高く売りたいんですよ」
商いの基本は独占と専売。
かつての古き時代には香辛料が黄金と同価値だった時代も存在する。それだけ調味料、香辛料は人の生活に深く影響するのだ。
これで商売をするのなら製法や原料は絶対の秘密である。
「くっ!」
「ま、まぁ、まぁ。落ち着いてください。彦さんには身内価格で販売しますから」
隣村にはいったことはないが城下町には既に冬が行ったことがあり、その過程で市場価格や全体の経済状態などは既に下調べがすんでいる。
一般販売価格は多少高いが、これは元来から人の生活に深く関わる物だ。売れないということは無いだろう。軌道にさえ乗ればすぐにでも、大金のウエルカムである。
とはいえども、世話になった人たち。具体的には洸樹さんや翁派さん、木裏さん、そして今回の彦さんなどには身内価格として多少は安くするつもりだ。
「い、いくらかね?」
「そうですね。塩なら……」
僅かに考え。
「一般価格が金符二枚、身内価格なら金符一枚に大銀符一枚でしょう」
「む!」
彦さんが黙り込んでしまった。
考え込むふりをしたが、この価格は既に冬や輝夜と相談した末の価格だ。
この世界の貨幣は「符」と呼ばれる薄い直方体の金属である。
その種類は高価な方から順に白金符、大金符、金符、大銀符、銀符、大銅符、銅符の七種類である。俺たちのいた元世界の価値に直すと、凡そ白金符が一万円札、大金符が五千円札、金符が千円札、大銀符が五百円玉、銀符が百円玉、大銅符が五十円玉、銅符が十円玉といったところだ。
そして、金符が二枚というのは確かに高いが、手が出せない高さではない。むしろ、少し手を伸ばせば十分に届く額である。一般にイムリの葉などを煮詰め乾燥させた粉末が凡そ金符一枚前後だ。ならば問題ないだろう。
こちらはイムリの葉のように独特の臭いもせず、味も澄んでいる。安く見積もっても二倍以上の価値はあると信じている。
ちなみに砂糖は大金符が一枚、醤油は金符三枚である。これは精製の苦労と原料の希少価値がそのままの価格になっている。特に砂糖なら白金符でも売れると思う。それだけこの時代において砂糖は貴重だ。事実、麗華さんに砂糖の存在を教え、味見をしてもらったところ、その値でも売れるだろうという太鼓判を貰った。
身内価格では醤油は金符二枚に大銀符が一枚。砂糖は一般価格と変わらずだ。
……。
……だって、砂糖は本当に貴重なんだもん。
「今、この場で売ってもらっても?」
これは彦さんの提案。
「大丈夫ですよ」
「そうか。ならば買おう。量は……」
「そこですが、此方も城下町で捌く必要があるので多くて二つか三つにしておいてくれると助かります」
「……それぞれを二つずつ貰おう」
「まいど♪」
砂糖と塩が入っている巾着袋をそれぞれ二つずつ、醤油の入っている陶器の壷を二つ、異空間に接続された鞄から取り出し渡す。同時に白金符を一枚と大金符を一枚、金符を三枚受け取った。
「……今、どこから出したかね?」
「禁則事項ですぜ♪」
―――冬月―――
横でマスターが彦様相手に販売をしている。
確かにぱっとみ高いかもしれないが十分いけるだろう。
調味用という物にはそれだけの価値がある。特に調味料の乏しく料理の味が雑なこの世界では相対的に価値も上がるはずである。それに、一応付加価値を付けるなどの努力もしているつもりだ、具体的には調味料を使った料理のレシピなどであるが。
……。
まぁ、それでも最初はあまり売れないだろうと思う。
一応マーケティング戦略としては口コミを重点においているから、少なくとも最初の数回は利益があまり見込めないだろう。宣伝も特にするつもりもないし。
回数をこなしそれでもなお売れないのであれば、改めて此方から売り込みに行けばいい。何時の時代、何時の世界にも金持ちというものは居る所には掃いて捨てる程いるのだから。
……さて。
私としては周囲に警戒線でも展開しておきましょう。
よもや賊が怖いなどとは言わないが、マスターの運の悪さは折り紙つきである。
警戒するに越したことは無い。
「……」
固目を閉じると馬車を中心に半径五千メートルの警戒線を展開する。
ついでに多目的軍事衛星に接続すると早期警戒プログラムを呼び出し実行する。
五千年のときを経て、アーカーシャが動き出す。いまや唯一の主人となった竜機神の命に従い、内蔵されたプログラムを実行していく。
「後は」
スカートの下のレッグバンドには黒色の拳銃と銀色の光線銃が納められている。それを確認する。
拳銃は威力重視のホローポイント弾を、光線銃は連射式に設定を切り替えてある。それこそ例の金属の蟹にでも襲われない限りそうそう遅れは取らないだろう。
「特に問題はありませんね」
両目を閉じ、警戒線に意識を集中した。
―――藤宮雄矢―――
……。
「……」
ゆっくりと目を開けるが、映ったのは乳白色の白一色。
「……。?」
昨日の内に一つ目の関を超え、既に山道に入っている。今も山道の脇に馬車を止めて野宿をしていたのだ。
「ん、む」
起き上がると大きく伸びをし、体を捻る。
いい感じにコキッ、コキッと音が鳴る。
「おはようございます、マスター」
背後から声を掛けられ、見れば冬が既に起床していた。
「おう」
眠い目をこすりながら応じる。
見れば周囲は深い霧に包まれていた。
「随分と素敵な光景だな」
感心と皮肉が半々。
「標高と周囲の自然のせいでしょう」
冬の表情も苦笑気味である。
「ともあれ、皆様を起こしましょうか」
「あいよ」
そのまま彦さん、禄さんの順に起こしていった。
「道のりは順調。上手くいけば日が暮れる前には城下町に着けますわい」
そういいながら彦さんが皆に焼き菓子を配っていく。この世界ではポピュラーな焼き菓子であるカボチャのクッキーだろう。小麦粉とカボチャ、それに牛の乳を使って焼いた携帯食らしい。
「この霧は?」
「ここの名物ですわ。朝方から昼の早いうちはここら一帯にこの霧があらわれるんですわ。昔はこの霧によって転落事故が相次いで、『白い魔物』などとも呼ばれたもんですよ」
かかかと笑う。
「へえ」
「とはいえ、見通しが悪くても完全に見えないというわけではないし。道を記憶していればそこまでのものではないですわい」
「信頼していますよ、彦さん♪」
「お任せあれ、賢者殿」
お互いに笑みを交わす。
と、冬がポットにお茶を入れて持ってきた。
「どうぞ」
それぞれのマグカップに熱い茶を注いでいく。
流石に料理音痴な冬でも茶をまずく入れることは難しいだろう。
……。
……そう、信じたい。
昨日と同じ様に禄さんの御者で進む。
先程と比べ、時間が進むごとに乳白色のカーテンはその濃度を減じてきている。
「この道は崖の中に掘られた路でしてな、昔から転落事故が多かったのですよ。わしもはじめて通ったときは○玉が縮み上がったもんですわい」
「それは、それは」
彦さんの言葉に苦笑しながら頷く。
確かにこれは怖い。この時代にガードレールなんてものは存在しない。路を踏み外した瞬間にグッバイだろう。
と。
(マスター、ご報告が)
冬から固有チャンネルで連絡が飛んできた。
(聞こう)
(敵性反応です。距離も遠く微弱なものですが、間違いありません)
(……人か?)
(人です)
(……そうかい)
網膜にこの辺りの地図と敵性反応のマークが表示される。
冬の報告の通り距離も遠く、反応も微弱なものだが間違いない。確実に敵意をもった相手が確認できる。
(消しておきますか?)
(……いや、待機だ)
(……)
(相手の目的が分からない以上無闇に手を出すのは悪手だ。それにまだ攻撃されると決まったわけじゃない)
(イエス・マイマスター。御心のままに)
(ただし)
(?)
(一度攻撃されたのなら遠慮はしないぜ♪)
(……了解です)
冬からは苦笑した気配が伝わってきた。
結論から言うと、この敵性反応は攻撃をしてこなかったし、また此方から攻撃しなくて正解だった。
だが、それが分かるのにはもう少し時間が必要であった。
ふと背筋にいやな予感が走る。
「……」
気のせいだと思いたい。
でも、運の悪さには定評がある俺である。
「嫌な予感がするぜぃ」
「いつものことです」
俺のぼやきは往年の相棒のツッコミで地に落ちた。
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