第7話:症状
「ニーナ、大丈夫!? しっかりして!」
突然の卒倒にセシルは驚き、転ぶような勢いで本棚の裏から出た。
明らかに様子がおかしい。
いきなり現れたセシルを見て、床に横たわるニーナは虚ろな表情で呟く。
「セシル先輩……? なんでここに……」
「そんなことはいいから。ニーナ、どこの具合が悪いの? 意識ははっきりしてる? どんな状態か教えてちょうだい」
ニーナの頬は赤っぽく息も絶え絶えであり、一目で体調不良だとわかる。
セシルが懸命に呼びかけると、苦しそうな声と表情で呟いた。
「気分が悪くて……頭がぼんやりする……」
「わかったわ。悪いけど、胸元を少し緩めるわね。その方が楽になるでしょうから」
セシルは留め具を外すが、数個外したところで思わず手が止まった。
心臓が不気味に鼓動し、不快な汗がじわりと背中に滲む。
――これは……紫色の……斑点模様……?
ニーナの胸元には、毒々しい紫色の模様がちらほらと浮かんでいた。
先ほど食堂で、リリカの話に出た流行病と同じと思われる模様が……。
セシルは即刻医務室に連れて行く必要性を感じ、未だぼんやりと突っ立ったままのザグルに願い出る。
「ザグル様、失礼ながら申し上げます。緊急事態につき、医務室に運ぶのを手伝ってくださいませんか? もしかしたら、ニーナは危ない病気にかかっているかもしれません。今すぐ医務室に……」
「絶対に嫌だ!」
セシルが頼んだ瞬間、ザグルの断固とした拒絶の声が倉庫に響いた。
そのまま、彼は必死の形相で続けて叫ぶ。
「か、彼女は病気なんだろ!? 僕に感染ったらどうするんだ! 死んだらどうする! 僕は侯爵家の次男だぞ! お前如きに責任が取れるのか!?」
「しかし、二人で運んだ方がニーナも楽かと……」
「手伝うわけがないだろう! 君が一人で運びたまえ! 僕は知らない! 僕は何も知らないからな!」
ザグルは叫ぶように言うと、一目散に走り去った。
静けさが戻る倉庫に、ニーナの啜り泣きが漏れる。
「ザグル様……どうして……あんなに好きと……仰ってくれたのに……」
「……気をしっかり持ちなさい。残念だけど、その程度の男性だったということでしょう。ほら、まずは医務部に行くわよ」
よっこいしょと担ぎ上げ、セシルは医務部に――ああは言っても宮殿一の優秀な医術師、リリカの元に向かう。
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「要するに、セシル君は貧乏くじを引いたというわけだね。いやはや、お疲れお疲れ」
応急処置が終わって、開口一番。
当のリリカは、ハハハと笑いながら言った。
今、二人がいるのは医務部の休憩室だ。
宮殿の一階に位置した医務部は広い。
設備もその場しのぎの簡易的な規模ではなく、手術器具から貴族でも入手が難しい貴重なポーションまで常備される。
宮殿関係の病人や怪我人の対応は、ほとんどここで行われた。
王族には専任の医術師がついているので、国王だの王子だのは滅多に来ないが……。
診察室は七つある他、病室は六人部屋が二つ、四人部屋が三つ、個室が三つ用意される。
その中で、ニーナは四人部屋に運ばれた。
診察室には自分たちしかおらず、ニーナもこの場にいないが、リリカの態度にはさすがのセシルも苦言を呈さざるを得なかった。
「貧乏くじって……そんなことを言っちゃ、ニーナが可哀想でしょう。ただでさえ病気で弱っているのに」
「本人に聞かれていないのだから問題ないと思うけどね。ボクが興味があるのはあくまで病気そのものであって、病人じゃないんだよ」
「……あなたはもう一度、大学に通い直して医術師として大事なものを勉強し直した方がいいわね」
「セシル君の言うとおり大学に通い直してもいいけど、どうせ半年も経たずに卒業してしまうさ。それは大学にとってもボクにとっても意味がないと思うよ?」
いけしゃあしゃあとリリカは答える。
彼女は優秀な代わりに、人として何か大切なものをどこかに置き忘れてきてしまったようだ。
セシルは軽くため息を吐いた後、本題を切り出した。
「ニーナの病気だけど、あなたの見立てはどう?」
問われると、リリカは即座に真剣な表情に変わり、静かに頷く。
「やはり、ノイエンアー嬢の病気も、宮殿で今流行っている病だと思う」




