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第6話:友達医術師の話

 宮殿の大食堂は一階の南に面する。

 弁当を用意する人間もいるが、ほとんどの官吏はここを利用する。

 昼時になると穏やかな日差しが差し込み、白い内装も相まって開放感が一際強くなった。

 呪文詠唱記録官は呪文詠唱の記録だったり、色々な場所の地図を見たりと目を酷使する仕事だ。

 ここに来るたび、セシルは心地よい安らぎを得た。

 中庭が見える人気の席をどうにか確保した二人は、さっそく食事を始める。

 心躍る様子で"とっておきのメニュー"を眺めるセシルを見て、リリカはやや呆れた笑顔となった。


「セシル君は毎月、この日が一番嬉しそうだね」

「ええ、だってこんなに豪華な食事が安く食べられる日なんだもの。嬉しくないわけがないわ」

 

 ため息交じりなリリカの言葉に、セシルは目を輝かせて答える。

 彼女の煌めく瞳に映るのは、彩り豊かな料理だけだ。

 リデール王国における最高級牛――鶺鴒牛のサーロインステーキに、贈答用の高級林檎として知られるサンアップルのスライスが入ったフレッシュサラダ、品評会で毎年優勝する品種のシグレヒカリを使ったライス……それらがおしゃれな盛り付けでワンプレートにされている。

 これが楽しみにしていた"とっておきのメニュー"だった。

 いずれも王族御用達の食材が使用されており、月に一度だけ福利厚生の一環として格安の価格で提供される。

 おまけとしてついてくるカップスープでさえ、一週間分の食費がかかるだろう。

 セシルは大事に大事にサーロインステーキを切ると、大切に大切に頬張った。


「いただきま~す……はぁ~ん、これが天国……」


 一口食べた瞬間、肉の上質な脂とともに芳醇な香りが湧き立つ。

 焼き加減も絶妙で、まるで舌の上で味が踊るようだ。

 深い味わいを堪能しては震えるセシルに、リリカは肩を竦めた。


「食事にあまり興味のないボクには、いまいち理解ができないな。食事なんて栄養を摂取できればそれでいいのだよ」

「リリカは医術師なのに食事を否定するなんて……」

「別に、否定はしていないさ。ボクは食事に余計なエネルギーを使わない主義でね。食事なんてこれで十分だよ」


 そう言って、リリカは何が入っているのかよくわからない真っ青な特製ポーションを呷っては机に戻す。

 毎日、リリカは食事の代わりにこれを飲む。

 自分で栄養素を配分して作ったらしく、昼に一杯飲めば一日分の栄養素を摂取できるとのこと。 

 ポーションの色は毎回不規則だが、カラフル極まる蛍光色な色合いを見るたびセシルはどうにも食欲が減退してしまう。

 今日もいつもと同じように、見えないように自分のコップで隠していた。

 セシルが一口ずつ食べては感動に震えていると、リリカが意味深長な笑みを浮かべながら切り出した。


「ところで、セシル君。シュナイダー卿との噂を聞いたよ。午前中……いや、朝っぱらから密室の中、二人っきりで過ごすなんてずいぶんと仲が良いみたいじゃないか。いったいどんな話をしてたんだか」

「……はぃ?」


 リリカの言葉に、思わずフォークの手が止まってしまった。

 そのまま、シンプルに問う。


「う、噂って、なに」

「君がシュナイダー卿のお眼鏡に敵った女性では?という噂さ。君は知らないだろうけど、もう宮殿中の噂になっているんだよ。"血の申し子"が夢中になったのは、しがない記録官の女性ってね。密室で二人っきりで話したのは事実なのだろう?」

「話したのは事実だけど、記録部の別室だから。それに、ただ仕事の話をしていただけよ」

「おや、そうなのかい? ボクはてっきり、とうとうセシル君も結婚という男女関係の一種に名称をつけただけの関係に身売りしてしまったのかと思ったよ」

「全部誤解よ」

「でも、名前で呼び合う関係だと聞いたよ? 彼を名前で呼べる女性なんて、この宮殿の端から端を探しても君しか見つからないんだ」

「そ、それは、話の流れで……」

「そうは言うけど、周りを見てご覧、セシル君。宮殿の人間たちは、誤解でも話の流れでも構わないらしい」


 リリカに言われ、セシルは恐る恐る周囲を観察する。

 官吏も女官もこそこそと話し合っては、チラチラとセシルを見ていた。


 ――道理で、さっきからやたらと視線を感じるわけね……。


 やけに好奇心の籠もった視線が突き刺さると思っていたが、気のせいではなかったらしい。 元来、女官として務める貴族令嬢は噂好きだ。

 きっと、記録部の別室を出た場面を誰かしらが目撃しており、尾びれのついた噂が泳ぎ回って、たった午前中でそのような話に落ち着いたと考えられる。


 ――たしかに、見方を変えればそんな関係に見えなくも……ない。ロベルト様にご迷惑がかかったら大変よ。でも、今さらロベルト様の呼び名を変えると怪しまれそうだし……どうしよう。


 セシルが頭を抱えたところで、リリカが蛍光色な青色の特製ポーションを呷りながら、思い出したように話し出した。


「そういえば、最近、宮殿内で妙な病気が流行り始めていてね。セシル君も気をつけてくれたまえよ」

「……妙な病気? 何それ、怖い。教えてほし……」

「よくぞ聞いてくれた、セシル君! 詳細を話そうか迷っていたが、教えてほしいのならしょうがない! 一から千まで余すことなく教えてあげよう!」


 今日一番、瞳の光り輝くリリカを見て、セシルは心の中で頭を抱えた。


 ――し、しまった……リリカは病気の話になると興奮するんだった。


 三度の食事より病気や怪我。

 リリカとはそういう女性であった。

 

「まず、嗅覚がおかしくなる。スパイスの香りや焦げ臭い匂いや腐敗臭も全部一緒。違いがわからなくなるんだよ。次に味覚にも異常が生じる。これが厄介でね。水も苦く感じてしまうんだ。同時に、熱発と胃腸の不調がほぼ全員に確認される。ボクは消化器官系の内臓に炎症が引き起こされていると考えているよ」

「ちょ、ちょっと待って。一旦、ストップ。続きはご飯を食べてから……」

「主な症状は腹痛、嘔吐、吐き気、下痢といったところかね。患者はだいたい、上か下から内容物を出す。薬を処方しても改善しないから、症状が落ち着くまで待つしかないんだ。他の病気と違う明確な特徴があってね、なんと身体に紫色の斑点模様が浮かぶ。いやはや、恐ろしいね。不思議なことに患者は女の子ばかりなのさ。症状が良くなっても、しばらくしたらぶり返してボクのところに舞い戻るよ。だから、セシル君も気を付けてね」

「…………あなたのせいで食欲がなくなっちゃったんだけど……」


 聞き終わってから、病気の話を促してしまったこと、耳を塞がなかったことを後悔した。

 当のリリカはまったく悪びれもせず、例の特製ポーションを呷る。


「まぁ、たまには良いじゃないか。過度な栄養は、それはそれで健康に悪いものさ」


 その後頑張ったが、"とっておきのメニュー"はもう一口も食べられなかった。


 □□□


 ――……お腹空いた。


 と、思いながら、セシルはとぼとぼと宮殿の地下一階にある、記録部の第一倉庫に来た。

 今日の仕事は午前中で終わってしまったので、呪文詠唱Aについての分析を進めるためだ。 縦横およそ30mほどの空間には、書物でいっぱいの背の高い本棚が等間隔に並ぶ。

 記録部の倉庫には、古今東西、様々な地域の呪文詠唱に関する書物が集まる。

 ここ十年ほどの資料は、ほとんどセシルが記載したものではあったが……。


 ――倉庫の書物は全部読んでしまったけど、もう一度読み直せば新しい発見があるかもしれない。


 第一倉庫になければ第二、それでもなければ第三と地道に探すのが近道かもしれない。

 まずはなるべく新しい記録、特にエル村周辺から当たってみようと思う。

 資料を探し奥に進むうち、何やら人の声を思わせる音が聞こえてきた。


「……あのね、今日先輩たちに虐められちゃったの。ニーナ、すごい怖かったぁ」

「それは大変だったね。きっと、その先輩はこんな可愛い君に嫉妬していたんだよ」


 覗き見ると、ニーナと若い令息が密会中だった。


 ――たしか、あの令息はネブラント侯爵家の次男、ザグル様。女性好きとして有名だと聞いたけど、ニーナはそれでもいいのかしら?


 ザグルは甘い言葉を囁いてはニーナの頭や髪を撫で、ニーナも熱っぽい瞳で応える。


 ――なんか、急にお腹がいっぱいになってきた……。


 先ほどまでの空腹感はどこへ行ったのか、急激に腹が膨れてくる。

 一瞬見なかったことにしたかったが、そういうわけにもいかない。


 ――……やっぱり、注意しないとまずいわよね。


 自分は仕事の一環としてここに来ているが、ニーナは違うだろう。

 先輩としては見過ごすわけにはいかない。

 注意した後に飛んでくる罵倒の数々を考え、鬱々としながらセシルは本棚の後ろから出る。


「ちょっと、ニーナ。こんなところで何を……」


 声をかけようとした瞬間。

 突然、ニーナが倒れた。

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