第26話:謁見
リーデル王国宮殿、"謁見の間"。
白と金を基調とした装飾は清廉でありながら、見る者に威厳も与えた。
高座に鎮座する玉座には、この国の最高権力者――長い白髪に金の王冠を被った初老の男性、リーデル王が座る。
セシルはロベルトとともに階段の下に跪いており、しかと首を垂れていた。
小鳥の囀りさえ聞こえそうな静寂の中、リーデル王がゆっくりと口を開く。
「面を上げてくれるかの、セシル嬢にシュナイダー卿。このたびの貴殿らの活躍、言葉で表すのは非常に難しい。王国を帝国の侵略から守ってくれた英雄二人の顔を、もっとよく見せておくれ」
柔らかな声で讃えられ、セシルは緊張が解れるのを感じる。
自分のような低級貴族では、国王など一生会わないのが普通だ。
謁見の練習は何度もリリカに見てもらい、ようやく身についたと思う。
緊張とつかれもあり、正直なところ謁見を控えた昨日はよく眠れなかった。
お褒めの言葉を貰った後、ロベルトは顔を上げてリーデル王に伝える。
「国王陛下、僭越ながら申し上げます。この度の帝国の目論みを防いだのは、ほとんどセシルの功績でございます。私はただ、彼女の調査結果に基づき行動したまででございます」
「ロ、ロベルト様、私はそれほど大したことは……」
「いいから、黙っていなさい」
セシルは慌てて謙遜したが、ロベルトには言われるがままでいなさいと目で諭される。
「お主らは仲が良さそうで微笑ましいぞよ。シュナイダー卿が言うのならば、それが正しいのじゃろうな。さて、セシル嬢。改めて感謝の言葉を言わせてほしい。ありがとうの」
リーデル王の言葉に、セシルは慌てて首を垂れた。
諸々の事件は終息を迎えたが、心に刻まれた衝撃は未だ消し去ることはできなかった。
――まさか、アリシアが帝国の密偵だったなんて……。
正攻法ではリーデル王国を攻め落とすのが難しいと判断したガルダリス帝国は、"紫呪病"という新種の病を引き起こす特殊な呪文詠唱を開発した。
セシルたちが分析・解析を進めてきた呪文詠唱Aである。
――開発した呪文詠唱が効力を完全に発揮するには、王国の風土に定着させる必要がある。
よって、宮殿内外で流行させる役割としてアリシアと"劇団灯影座"の俳優たちが送り込まれたのだ。
大切で優秀な後輩が敵国の密偵という事実は衝撃的で、セシルは未だ衝撃から覚めやらない。
俯いたままのセシルに、リーデル王は穏やかな視線を向ける。
「宮殿内の警備は厳重じゃ。毒物や呪いの類いも厳しい検査を行っておる。じゃが、呪文詠唱の流行とは盲点じゃった。言葉なんてものは日に日に変化するからの。気がついたときには、日常に浸透しておる。そこに潜んだ悪意に気づくとは、セシル嬢は誠に素晴らしい人材じゃ。記録官としても国民としてもな」
「もったいなきお言葉を誠にありがとうございます、国王陛下」
リーデル王から直接謝辞を述べられるなど、それこそ右腕に近しいロベルトや、王族関係者、大臣などの極めて高位の貴族でないとあり得ない。
普通ならば一生経験しない事案がいくつも連続で発生し、セシルは何が起こっているのかわからなかくなってしまったほどだ。
拍動して止まない心臓を胸に気持ちを整えていると、リーデル王が軽く咳払いして別の話を切り出した。
「さて、話は変わるがの……セシル嬢の上司――ユルゲンについてじゃが、帝国の件とはまったく関係ない横領の事実が発覚した」
「えっ……ユルゲン部長が……ですか?」
「ああ、そうじゃ。長年少しずつ横領しておったようでな。発覚しないよう、財務課の担当者を買収する徹底ぶりじゃ。裁判はついさっき終結し、監獄行きと決まった。連行されていくときは抵抗が激しく、調度品をいくつか壊したので余計に罪が増えたの」
「そ、そうでしたか……。初めてお聞きしました」
今朝、出勤したときユルゲンがいなかったのは、王国騎士団に逮捕されていたからだと今わかった。
リーデル王はさらに続けて話を続ける。
「お主をずっと攻撃していた、ニーナ・ノイエンアー嬢についても話しておくことがある。シュナイダー卿により、セシル嬢に対する彼女の横暴は実家に伝わった。結果、ノイエンアー嬢は王国一の厳しい修道院に入ることが決まった。もうセシル嬢と関わることはないから安心するんじゃ」
「ニーナが修道院に……」
ニーナの行いは実家にはまったく伝わっておらず、事実を知ったノイエンアー家は大変に怒った。
事実上の追放であり、ニーナの人生は辛い時間で確定したのだった。
「最後にセシル嬢、お主には……呪文詠唱記録部を率いてほしい。具体的に言うと、部長になってほしいのじゃ」
「私が部長でございますか!? い、いえ、私は誰かの上に立つような人間ではございません!」
リーデル王の要請に、セシルは大慌てで断る。
部長といったら、各部署の最高責任者だ。
自分はそのような器ではないと思っていたが、リーデル王は静かに首を横に振った。
「いや、セシル嬢の今までの功績を調べたが、なぜ部長になっていないのか不思議なくらいじゃった。今回の件のみならず、お主は類い希な才能と実力の持ち主じゃとわかった。その力を、どうか王国の平和と発展のために使ってほしい。これは……シュナイダー卿の要望でもあるんじゃ」
「ロベルト様の……?」
セシルが思わず隣を見上げると、ロベルトの優しげな微笑みがあった。
信頼と尊敬、両方の感情が入り交じった微笑みだと、セシルにはわかる。
「もちろん、ワシからの頼みでもある。……どうじゃ、セシル嬢」
「……わかりました。謹んでお受けいたします!」
「ありがとうの、セシル嬢。お主が率いてくれれば、この国の呪文詠唱分野はますます発展することこの上なしじゃ」
本日を以て、セシルは呪文詠唱記録部部長となり、記録部全体の待遇も大幅に改善することをリーデル王は約束してくれた。
その後、雑談とは思えない緊張感あふれる世間話をし、リーデル王との謁見は終了となった。
"謁見の間"を後にしたセシルは、正装したままのロベルトから改まった様子で誘われた。
「少し夜風に当たらないか? 今の時期、夜の散歩は非常に気分が良いんだ」
「いいですね。私も外の空気を空いたかったところです」
宮殿のテラスに案内されると、空は藍色に染まり、白い星々が控えめに瞬き、夜風が優しく頬を撫でた。
夜の落ち着いた雰囲気に浸ると、それだけで緊張や疲労が解れるようだ。
「……セシル、この後少し時間はあるか? 君に話しておきたいことがあるんだ」
「ええ、大丈夫です」
――話したいことって何だろう……。
隣に立ったロベルトの横顔は険しいものの、呪文詠唱Aや帝国の侵略を危惧するときとはまた違った表情だ。
――切なさと悲しさが……伝わってくる……。
王国を守るという同じ目的の元、ともに過ごし、知らず知らずのうちに僅かな表情の違いにも気づけるようになっていた。
セシルが静かに言葉を待つ中、ロベルトはそっと告げた。
「君に話しておきたいこととは……私が魔法を使わない理由だ。まだ誰にも話していないが……セシルには話したくなったんだ」




