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第22話:きっかけ

 部屋の一角に、4人の令嬢が集まったテーブル席がある。

 本人たちは何も気にせずお茶を楽しんでいるが、セシルは彼女たちから視線を外すことができなかった。

 いずれも、リリカもまとめてくれた患者の一覧表に載っていた写影と顔が同じだ。

 

 ――あの子たちは……アリシアが"サロンに参加したことがない"って言っていた令嬢だわ……。


 先日、"紫呪病"と呪文詠唱Aの関係性を調べるにあたり、セシルとクレイ、そしてアリシアで手分けして調査をした。


 ――そのときアリシアが担当したのは5人。"メイク・ティーサロン"の参加歴があるのは1人だけ、って調べてくれたけど……。もしかして、彼女たちは今回が初めての参加ということ?


 それにしては、随分と場に馴染んでいるように見える。

 セシルは微かな違和感を覚え、隣のロベルトにそっと話す。


「ロベルト様……あの窓際に座っている四人の令嬢なんですが、部下の報告ではサロンに参加したことがないそうです。ちょっと気になるので、本人たちに聞いてみようと思います」

「ふむ……私も一緒に行こう」


 セシルとロベルトはルイーゼとリサに感謝と別れを告げ、四人のテーブルに近づく。


「ご歓談中すみません。私たちもご一緒してもよろしいでしょうか?」

「ええ、どうぞ。お見かけしないお顔ですが初めての方ですかね?」

「はい、そうなんです。私はセシル・ラブルダンと申しまして、こちらは……」

「マリー・シャルトーダンシャクレイジョウ……デスワッ」


 互いに自己紹介をし、ロベルトの甲高い裏声に令嬢たちが若干引いたところで、セシルはさっそく本題を切り出した。


「みなさんもこちらのサロンに参加するのは初めて……なんでしょうか?」


 セシルがそう尋ねると、令嬢たちは笑いながら答える。


「いいえ、私たちはもう何度も何度も参加してますわ。十回は超えていると思いますわよ」

「たまには殿方がいない環境もいいですわよね。やっぱり、女性だけでお話しするのが一番楽で楽しいですから」


 四人の令嬢はいずれも"メイク・ティークラブ"の古参メンバーであり、初めてどころか常連の参加者だった。

 ほぼ毎回のように何度も何度も参加していると聞き、セシルは恐る恐る呪文詠唱Aについて尋ねる。


「みなさんも、お茶を淹れるとき不思議な呪文詠唱を唱えてから魔法を使いますか?」

「ええ、もちろん。このサロンでの催しに限らず、日常生活でも詠唱してますわ。これが"最先端の流行"ですものね」


 四人の令嬢は楽しそうに話す。

 一方で、セシルは彼女たちの発言に真実が隠されているような気がしていた。


 ――何度も何度も参加……そのたびに呪文詠唱Aを唱える……"最先端の流行"……そうか!


 令嬢たちの言葉がきっかけとなり、セシルは呪文詠唱Aの正体と目的がわかった。

 それを宮殿内で広めた人物も……。


「その流行りの呪文詠唱を教えてくれたのは、この少女ではありませんか?」


 セシルは鞄から羽根ペンと羊皮紙を取り出す。

 "例の人物"の似顔絵を描いて見せると、四人の令嬢は表情が明るくなった。


「そうです、この方ですわ。ようやく思い出しました。いつの間にか、すっかり顔を出さなくなりましたわね」

「ええ、最初はあんなに熱心に活動してましたのに。お茶の知識も豊富だし面白い言葉も知っているしで、物静かだけど印象的な方でしたわ」


 似顔絵を見せたら、令嬢は四人とも"例の人物"から教わったと話す。

 思った通りの回答ではあったが、セシルは強い衝撃を受けた気分だ。

 

 ――まさか、本当にあの子だったなんて。でも、そう考えると、今までの行動理由にも説明がつく……。まずは、呪文詠唱Aについて注意喚起しないと……。


 どこか悲しく切ない思いを胸にセシルは立ち上がり、サロン全体に呼びかける。


「みなさん、聞いてください! 私は呪文詠唱記録部のセシル・ラブルダンと言います! みなさんが先ほどから詠唱している流行りの呪文詠唱は唱えないでください! 現在宮殿で多数の患者が出ている"紫呪病"を誘発する恐れがあります! 詳細は現在調査中ですが、不用意に詠唱しないようお願いします! 危険です!」


 危険という言葉を聞き、令嬢たちの間に動揺が広がる。

 特に、今し方話していた四人の令嬢はいずれも激しく混乱していた。


「"紫呪病"を引き起こすってどういうことですの、セシルさん。あの人はそんなこと言ってませんでしたわ。最近の流行の言葉だって……」

「ごめんなさい。今は詠唱しないようお願いすることしかできないんです。もうじき全容が明らかになるはずなので、全てが解明されたらみなさんにも周知します。……すみません、調査があるので失礼しますね」


 セシルはロベルトを連れ、ざわめきに包まれるサロンを後にした。



 □□□



 記録部の会議室に着いたセシルはロベルトの化粧を落とし、着替えも済ませてもらった。


「ロベルト様、お疲れ様でした。ずっと中腰では辛かったですよね。お化粧も顔が疲れてしまったと思います」

「いや、いずれも問題ない。調査が無事に済んで何よりだ。……さて、さっそくだが調査の結果とやらを教えてくれるか?」

「はい。結論から申し上げますと、私たちは今……ガルダリス帝国の攻撃を受けています」


 セシルが告げると、室内は静寂に包まれた。

 外からは、時折笑い声や足音が薄っすらと聞こえる。

 扉を隔てて、日常と非日常が分断されているようだった。


「……詳しく話してくれ」


 真剣な表情で話すロベルトに頷き、セシルは今までの調査結果による推測を説明する。


「まず、呪文詠唱Aの効力は術者に"紫呪病"を誘発することです。魔法の基本として、呪文詠唱がその場の風土に定着する必要があります。なので、参加者全員が"紫呪病"になっていないのは、まだ完全に王国の風土に定着しきっていないからです。そして……私は呪文詠唱Aは帝国が開発したものだと考えています」

「体調不良になる呪文詠唱を浸透させることで、王国内に混乱をもたらすつもり……だということか?」


 ロベルトの問いにセシルは硬い表情で頷き、言葉を続ける。


「令嬢に人気のある劇団なども使って"流行の言葉"として周知させることで、"いつの間にか流行していた"という状況を作ろうとしたんだと思います」

「なるほどな。"メイク・ティークラブ"の"流行に敏感な女性"という参加条件も、その目的を高めたというわけか」

「ええ、ターゲットを女性に絞ることで、劇団の運用なども効果的にしようと企んだと思われます。そして、帝国は……王国民に呪文詠唱Aを浸透させ、体調不良者が続出したところで攻め込むつもりなんです。王国内で呪文詠唱Aを流行させるのも、流行したかどうか確かめるのも、密偵を放つ必要があります。その密偵というのが、私は……だと思います」


 セシルは"例の人物"の名を出す。

 まさか、こんな身近に帝国の密偵がいるとは思わなかったが、調査の結果からはやはりそうだと言わざるを得なかった。


「では、すぐに国王陛下に進言しよう。その密偵も捕らえる必要がある」

「申し訳ありませんが、国王陛下への進言はちょっとだけ待ってください。まだ、呪文詠唱Aの構成がわかっていません。帝国の呪文詠唱――それも戦闘に使うような呪文詠唱を元に分析すれば、危険だと論理的に説明できるはずです。でも、一介の記録官が閲覧するわけにはいかないので、お手数ですがロベルト様も一緒に来ていただけませんか?」

「わかった。この後にでも早急に軍事情報部門に行こう」

「ありがとうございます。そして、密偵については私に作戦があります……」


 セシルが作戦を伝えると、ロベルトは表情が一段と厳しくなった。


「ダメだ、危険すぎる。状況証拠は十分に集まっている」

「いえ、まだ物的証拠が出ていないんです。完全に隠滅した可能性もあります。これはもう現行犯で捕まえるしかありません。向こうはまだ、私たちの狙いに気づいていません。今が最大のチャンスなんです。それに私はこう見えて、フィールドワークで鍛えられて足が速いですから。襲われても逃げ切れます」


 ロベルトは暫し無言で考え込んでいたが、やがてため息を吐きながら了承した。


「……わかった。だが、当日は私や騎士団もすぐ近くに待機する。少しでも危害が加えられる様子を見たら、即刻捕らえる。君を……傷つけさせたくないんだ」

「ありがとうございます……ロベルト様……」


 二人は静かに微笑み合う。

 状況は深刻でも、ロベルトと話せば気持ちが和らいだ。

 セシルはロベルトとともに、軍事情報部門に急ぐ。

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