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第18話:束の間の休息

「……セシル君、開演まであと三十分もあるというのにすごい人だよ」

「ええ、最近新設されたみたいだけど人気があるって前評判の通りね」


 隣を歩くリリカに答えながら、セシルは自分の席にと急ぐ。

 ロベルトと練習を始め、あっという間に五日が過ぎた。

 "メイク・ティーサロン"の月例会への潜入は、いよいよ明日だ。

 準備は順調であり、あとは潜入を控えるのみである。

 諸々の下準備を済ませたセシルは、英気を養うため劇団の観覧に訪れた。

 場所は王都の一角にある劇場で、すでに七割ほどの席が埋まっている。

 みな、入り口で貰ったチラシを見ては、見目麗しい俳優に心を躍らせていた。

 セシルもチラシは貰ったがイケメン俳優にはまったく見向きもせず、裏面にメモの準備を始める。

 せっせと準備をする彼女を見て、リリカは半分呆れたような調子で話す。


「セシル君は演者にはあまり興味がないみたいだね」

「ええ、そうね」

「ここにいる女性はみな、見目麗しい男性を眺めに来ているというのに変わり者もいたもんだ」

「最近、演劇界では劇中で実際の魔法を使う演出が流行っているからね。劇団によって微妙にアレンジされてたりしてるから、記録を採らずにはいられないわ」

 

 目を輝かせて話すセシルに、リリカはため息を吐く。

 セシルは今まで見聞きた呪文詠唱は全て記憶しており、それらの記憶と照らし合わせて観覧するのが好きだった。

 普段は使わない呪文詠唱と再会できる機会もあったりして、懐かしくて楽しいのだ。

 一方のリリカもまた、一般的な令嬢とは違った感性でこのような劇を楽しむ。


「それを言うなら、リリカだって俳優さんには興味がないんでしょう」

「うん。自分とは別の人間を演じる様子を見ることが、ボクは面白くてしょうがないんだ」

「あなたも変わり者ね」


 二人は周りの令嬢から白けた目で見られていることにも気づかず、座して開演を待つ。

 メモの準備が終わったセシルは、表面の情報に目を向ける。

 正直なところイケメン俳優とやらにはあまり興味がないが、劇団の設立や彼らの巡業ルートには興味があった。


 ――劇団の名前は"劇団灯影座"……素敵な名前。1年前の設立にしてはずいぶんと規模が大きいわね。今一番令嬢の中で流行っている劇団と……。ふーん、東の方から王国を横断しているんだ。


 おしゃれに装飾されたチラシには劇団のプロフィールの他、簡単な巡回ルートも記されていた。

 王都の次は西の街に行くようだ。

 前の席の令嬢もチラシを持っており、隣の友人と見せ合っては喜んでいる。

 中には前の街で貰ったと思われる紙も見え、各街毎にデザインが違うこともわかった。


 ――……なるほど、街毎にデザインを帰れば、チラシと言えどもコレクション性が生まれる。熱心なファンの子は集めたくなるわよね。劇団の知名度も上がるし、よく考えられてるなぁ。もしかしたら、おっかけの子もたくさんいるかも。


 セシルがあれこれと考えていると、リリカがチラシとは似ても似つかない羊皮紙の塊を、恐る恐る差し出した。


「と、ところで、セシル君。開演を待つ間、例のレポートを見ていただいてもいいだろうか」

「……見せなさい」


 リリカが緊張して渡したそれを、セシルは淡々と受け取り淡々と中身を読む。

 読んでいるのはもちろん、先日提出を命じた南方山脈に棲む魔物の進化に関する考察だ。

 最初から最後までしっかりと目を通した後、神託を待つように祈るリリカに告げた。


「……良いと思うわ。これで受け取りましょう」

「ありがとう、セシル君! ボクは今、とてつもない開放感を感じているよ! ああ、なんて空気がおいしいんだ!」


 リリカは両手を挙げては、令嬢の白けた視線も気にせず歓喜する。

 何度もレポートを作製しては修正を求められており、食べ物の恨みの深さを思い知ったのだ。

 そうこうしているうちに開演時間となり、会場の明かりが落とされた。

 ざわついた喧噪も徐々に収まって、楽しい劇が始まる前の心躍る緊張感が漂う。

 

 ――劇を見るのは呪文詠唱の記録がメインだけど、この雰囲気は結構好きなのよね。今日の劇は"観客参加型"らしいから、みんなで歌ったりするのかしら。


 明かりが灯されると同時、舞台上には俳優たちがいて、会場は大歓声に包まれた。

 会場の熱気をそのまま演出にするよいに劇が始まる。

 今回の劇は悲劇の少女が王子に救われたという古い伝説をなぞらえた話で、古今東西問わず根強い人気があった。

 王子が元気づけるため花火を打ち上げたという逸話のシーンでは、小さな花火が何発も会場に放たれ、令嬢たちは黄色い歓声を上げる。

 天井付近で輝く光の玉を見ては、隣に座るリリカも感心した様子で呟いた。


「おや、なかなかに綺麗じゃないか。だけど、室内で火魔法を使う演出はどうなんだろうね。万が一にでも火事が起きたら、ボクたちはみんな仲良く蒸し焼きになってしまうよ」

「その辺りはきちんとケアされているでしょう。水魔法の得意な人が待機しているとか」

「どうだろうね。案外適当かもしれないよ。この手の劇団は集客や演出に力を注ぐ分、安全管理なんかは手を抜きがちな傾向にある」

「ほ、ほら、周りの人は楽しんでいるから」


 口を開けば苦言を呈するリリカに、周囲の令嬢は厳しい視線を注ぐ。

 劇は進み、お茶会の場面に移った。

 舞台上で粛々と行われるお茶会を見て、セシルは自然と背筋が伸びた。


 ――明日潜入する"メイク・ティーサロン"もあんな感じなのかしら。この機会に、テーブルマナーをもう一度勉強しておきましょう。


 周りの令嬢がイケメン俳優たちの一挙手一投足に見惚れる中、セシルの視線はテーブル上の細かい仕草に注がれる。

 事前に本で読んだり実践して学んだことは正しいようだ。

 セシルは熱心にメモを取っていたが、お茶を淹れる場面で思わず手が止まった。

 演者の一人がティーポットを掲げ、令嬢たちの黄色い歓声を受け、カップにお茶を注いだとき。


「〔●%ネ※m・fw。☆b/!ア◆?q 汝の抱く 香り高き風味 今ここに 蒸気とともに舞い上がれ〕」


 ――これはお茶をおいしく淹れる魔法の標準詠唱……? でも、ちょっと待って……もしかして、これって……。


 セシルの心臓は冷たく鼓動する。

 演者は呪文詠唱Aを唱えていたのだ。

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