第17話:練習
「じょ、女装だと!? それは、私が女性のような格好をするということか?」
「ええ、そういうことになりますね。お気を悪くされたら申し訳ありません。ですが、男子禁制という条件を鑑みると、これが最も確実で安全な方法の気がするんです」
「まぁ、正直なところ潜入できれば何でもいいが、見ての通り私は男性的な顔つきだ。服装だけ変えても誤魔化せるとは思えん。流行に敏感な令嬢たちなら、より一層視線が厳しいだろう」
ロベルトの心配も尤もである。
だが、セシルにはバレない女装を作る自信があった。
「お任せください。私はこう見えて、お化粧が得意なんです」
「そうなのか? それは意外……と言ったら失礼になるな」
「いえ、お気になさらないでください。私も普段から、あまり濃いお化粧はしませんから」
セシルはいつもナチュラルメイクで化粧は薄い。
だから、ロベルトがそのように思うのも無理はなかった。
「私たち記録官の仕事は、分析などのデスクワークだけでなくフィールドワークもよくあります。様々な地方に住む民族に、彼らの歴史に伝わる呪文詠唱を教えてもらうんです。ですが、教えてくれと言って簡単に教えてくれる人ばかりではありません。なので、彼らが受け入れてくれるよう、伝統化粧や儀式化粧などの民族化粧を自分に施すことが多々ありました。その過程で、自然とうまくなった形ですね」
「なるほど……。呪文詠唱記録官と聞いたら呪文詠唱の分析や記録の専門家というイメージが湧きがちだが、そんな芸当もできるのか」
「はい、体を張るフィールドワークは最近あまり人気がなく、いつも私が担当してきたので一段と上達が加速しました。そのせいですっかり行き遅れてしまいましたが、ははっ」
「う、うむ、反応に困るな」
化粧するにしても女装するにしても、サロンに潜入する前に何度か練習が必要だ。
セシルとロベルトはその場で日程を打ち合わせ、二日後にもう一度落ち合うことが決まった。
「では、二日後にまた会おう。宮殿内は騎士の巡回が強化されているが、夜道には十分に気をつけなさい」
「はい、今日はお忙しい中ありがとうございました」
セシルは丁寧に礼をしてから、ロベルトと別れる。
兵舎を出て寮に向かう間も、数人の騎士とすれ違った。
会釈しながら歩を進めるたび、訓練場での出来事が思い出される。
――こんなときになんだけど、ロベルト様とお話しするたび、。
藍に染まった夜空には、白の月が美しく輝いていた。
□□□
二日後。
セシルはロベルトとともに、記録部の地下倉庫を訪れた。
上階に新しい倉庫をあてがわれてからは使い勝手が悪くなり、今は捨てるに捨てられない不要な物品の終着地になっている。
前日、セシルが密かに掃除したので、普段の埃っぽさはなかった。
もちろんのこと、ここにも騎士が配置されており、ロベルトを見ると青ざめた顔で敬礼した。
セシルは鍵を開け、ロベルトを案内する。
「ここは記録部の使っていない地下倉庫です。誰も来ることはありませんし、外に声が漏れ聞こえることもないので、何をやっても問題はございません」
「ふむ、なかなか良い部屋じゃないか。それと、誤解を生むような言い方はやめなさい」
誤解を生むとはどういう意味なのかと疑問に思いつつ、セシルは諸々の準備を始める。
まずは、持ってきた鞄から薄い緑色の質素なフープスカートのドレスを取り出した。
「ロベルト様、これは私の着なくなった服です。手持ちの服の中で、一番ゆったりした作りの物を選んできました。お手数ですが、こちらに着替えてもらえますか」
「わかった、ありがとう」
ドレスを渡すと、ロベルトは素直に着替え始めた。
その場で外套を脱ぎ、シャツのボタンを外す。
引き締まった筋肉が胸元から垣間見えた瞬間、セシルは慌てて目を逸らした。
――こ、こら、セシル! そんなにまじまじと見ては失礼でしょ。ロベルト様だって、本当は女性の前で着替えたくなんてないのよ。
もしかしたら、一度席を外した方がよかったのでは?と思い至ったとき、背中からロベルトの声が聞こえた。
「着替え終わったのだが、これでいいだろうか」
「お疲れ様でした。きつくなかったでしょう……か」
振り返ったセシルは、そこに立つロベルトを見て思わず動きを止めてしまった。
暫しぽかんとした後、微笑みを噛み殺すような表情のセシルを見て、ロベルトは訝しげな表情で尋ねる。
「……何がおかしい?」
「い、いえ、何もおかしくはありません。決して、何もおかしくは……」
「怒らないから素直な感想を教えなさい」
「そ、そうですか?」
世の中には、怒らないと言いつつ怒る事例が数多くある。
――だ、大丈夫かな。誤魔化した方が……いいえ、ここは素直に話しましょう。
セシルは深呼吸して気持ちを整える。
ほぅっと小さく息を吐き、言われた通りに素直な感想を告げた。
「なんだかすごく……可愛いなと」
「よし、当日は戦闘服で潜入するとしよう」
「ロベルト様! お願いですから!」
セシルは可愛いと言われ不機嫌になってしまったロベルトを必死に宥める。
カッコいいはまだしも、可愛いなどと言われたことがないロベルトは素っ気ない態度を取っていたが、やがて機嫌を直してくれた。
「……さて、潜入するにあたり私の偽名を決めねばなるまいな。爵位は最も数の多い男爵にしよう」
「では、マリー・シャルトー……という偽名はどうでしょうか」
「良い名前だ。平凡で目立たず印象にも残りにくい」
ロベルトの偽名も決まり、自己紹介の練習に移る。
「私はマリー・シャルトー男爵令嬢だ」
「お言葉ですが、ロベルト様。地声ではすぐにバレてしまいます。もっと高い声で話していただいた方が……例えば、裏声を使われるとか。それに、話し方も男性っぽいので、"ですわ"などの令嬢言葉を意識してみてください」
「ふむ、やってみよう。こほんっ……ワタクシハ、マリー・シャルトー、ダンシャクレイジョウ……デスワッ!! ……セシル、何がおかしい」
「い、いえ、何もおかしくはありません。決して、何もおかしくは……」
「怒らないから素直な感想を教えなさい」
またもや同じことを言われてしまった。
――今度こそ怒られてしまうかもしれない。誤魔化した方が……いえ、その方が失礼でしょう。正直に言いなさい、セシル。
意を決して、セシルは告げた。
「甲高いお声がとても可愛いなと……」
「よし、」
「ロベルト様! お願いしますので!」
拗ね始めたロベルトを、セシルはもう一度懸命に宥める。
「……まぁ、化粧と声はどうにかなるとして、問題はドレスのサイズだな。足が飛び出してしまう」
「申し訳ありません、やはりサイズが小さかったですね。ロベルト様の体格に合うようなサイズは、既製品では見つからなかったんです。オーダーすると最低でも一ヶ月はかかってしまって」
セシルのドレスはロベルトには小さく、本人が言うように膝小僧が見えている。
何より下腿も筋肉質なので、簡単に男性だとバレてしまうだろう。
対策を検討した結果、ロベルトが良いアイデアを思いついた。
「……そうだ、単純にしゃがんで歩いたらどうだろうか」
ロベルトはフープの中で膝を曲げ腰を落とす。
膝下はドレスに覆われ、完全に見えなくなった。
よく見れば等身が変な感じがしなくもないが、誤魔化せそうではある。
「すごいです、ロベルト様。もう良いところのご令嬢にしか見えません。でも、しゃがみながらでは歩くのが大変じゃないですか?」
「問題ない。……ほら、この通りだ」
そのままロベルトは颯爽と歩き出すのだが、幽霊が歩いているような歩き方となり、セシルは楽しい気持ちになってしまった。
「……セシル、何がおかしい」
「い、いえ、何もおかしくはありません。決して、何もおかしくは……」
「怒らないから素直な感想を教えなさい」
「……大変失礼ですが、幽霊みたいで面白いなと……ロベルト様! ドレスを脱ごうとしないでください!」
その日から、主に終業時間後に秘密の練習を重ねる日々が始まった。




