第15話:情報共有
二日後。
セシル、クレイ、アリシアの三人は無事に調査を終えることができた。
ザグルの襲撃を知った騎士団の動きは早く、当日には騎士による巡回と監視が強化された。
今では裏庭など普段は誰もいなかった場所にも騎士がいる状態であり、徹底的に警戒している。
記録部の主室に集まった三人は、セシルの先導で情報を照らし合わす。
「みんな、お疲れ様。怪我がなくて何よりだわ。さっそく、お互いの情報を共有しましょう。まず、私が担当した3人の令嬢はみんな"メイク・ティーサロン"の参加者で、なおかつ呪文詠唱Aの詠唱経験もあったわ」
「俺もまったく同じッス! これはもう、紫呪病の原因は呪文詠唱Aで決まりッスね!」
「ええ、その可能性は非常に濃厚ね」
紫呪病の患者は、みな呪文詠唱Aの詠唱経験がある。
クレイは色めき立ったが、セシルはあくまで冷静にアリシアに尋ねる。
「アリシアの方はどうだった?」
「それが……私が担当した5人のうち、サロンの参加者で呪文詠唱Aを詠唱したことがあるのは1人だけでした。他の4人はサロンに参加したこともなく、呪文詠唱Aを詠唱したこともないそうです」
「……あら、そうなの。おかしいわね……てっきり、全ての患者が呪文詠唱Aを唱えたから紫呪病に罹患したのだと思ったけど……」
――別の要因があるってことかしら?
何はともあれ、紫呪病患者の背景に関する調査は完了した。
セシルは一度、ロベルトにも伝えることを決める。
騎士団に行き面会を求めると、終業時間後の夜に時間を取ってくれた。
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夜となり、セシルは王国魔法騎士団の兵舎を訪れた。
受付に行くと、すっかり顔馴染みになったパウロが今日もいてどことなく安心する。
「こんばんは、パウロさん。ロベルト様に会いにきたのですが、どちらにいらっ……」
「団長閣下は東の訓練場におられます。セシルさんが来られるまで、剣術の修行をされているとのことです」
セシルの言葉に被る勢いで、パウロは姿勢を正して答える。
規律に満ちた態度や表情、声音から、もう二度と訓練を厳しくさせまいという決心が伝わった。
パウロは丁寧が過ぎるほど訓練場までの道順も教えてくれ、セシルは深くお礼をする。
閑散とした兵舎を東に歩くに連れ、徐々に空気を斬るような鋭い音が聞こえてきた。
柱の陰からそっと訓練場の様子を窺うと、月明かりの下、ロベルトが一人で剣を振るっている。
剣を振り上げるたびに刀身が月光に眩しく反射し、彼の銀色の髪も揺れ動いては美しい煌めきを放つ。
そこだけ別世界のような光景に、しばしセシルは目を奪われる。
――そういえば、ロベルト様が剣を振るっている場面は初めて見たわ……。なんだかとても……綺麗。剣を持っているのに、怖いというより美しさを感じる。精霊の厳かなダンスでも見ている気分……。
そのような感想を抱きながら見ていると、セシルは訪問の理由を思い出した。
こほんっ、と軽く咳払いして訓練場に足を踏み入れる。
「ロベルト様、こんばんは。夜遅くに失礼します。調査結果のご報告の件で参りました」
「なんだ、気配を感じると思ったらセシルか。君こそ遅い時間なのによく来てくれた。さっそく、情報共有といこう。私の方でもいくつか君に話しておきたい情報があるんだ。さて、調査結果を教えてくれ」
「ええ、わかりました。まず、結論から申しますと……あの、ロベルト様。どうして、そんなに離れていらっしゃるんですか?」
ロベルトはセシルから5mほど離れた立ち位置を維持しており、近寄ろうとしない。
おまけに、彼の顔はどことなく赤い。
――ロベルト様、どうしたのだろう? なぜか、近寄ってほしくない雰囲気が伝わる……まさか!
セシルは恐ろしい可能性に気づき、心臓が跳ね上がった。
「紫呪病に罹患してしまったんじゃ……!」
「いや、違う! 私は至って健康そのものだ! た、ただ……汗臭くないかと思ってだな」
「……そういうことでしたか。全然気になりませんので、近くで話しましょう。ザグル様の襲撃犯がどこかに隠れているかもしれませんし」
紫呪病とはまったく関係のない理由であり心底ホッとする。
二人は近くのベンチに座り、まずはセシルが調査結果を切り出した。
「医務部に受診した経緯のある紫呪病患者17名のうち13名が、"メイク・ティークラブ"の参加経験、及びサロンで教わった呪文詠唱Aの詠唱経験どちらもありました。このことから、呪文詠唱Aが紫呪病の原因であると考えてほぼ間違いはないと思います」
「ふむ、非常に興味深い調査結果だ。よく調べたな」
「医務部にも進言し医術分野から呪文詠唱Aの解析が始まりましたが、未だ芳しい結果は出ていません」
ロベルトは頷くと、自分の情報をセシルに共有する。
「私から伝えたい話は2つだ。まず、先日宮殿内で発生したザグル襲撃事件だが、調査は難航している。目撃者もおらず、凶器も見つかっていない。犯人が判明するまでは予想以上の日数がかかりそうだ」
「そうですか……早く捕まるといいですね」
ザグルは一目につかぬ宮殿の地下倉庫で襲われた。
状況から考えて、何者か――おそらく襲撃犯に誘い込まれたと考えられる……という話を聞き、セシルは背筋が冷たくなる感覚を覚える。
「もう一つの話は、監査部が"メイク・ティークラブ"の設立申請書と初期メンバーの名簿を紛失した件だ。あれから監査部にしつこく問い合わせたところ、紛失ではなく"盗難"の可能性があるとわかった」
「……盗難? ということは、サロンの調査を妨害しようと誰かが盗み出した可能性も……」
「十分に考えられる。その場合、ザグル様の襲撃犯とサロンに関する書類の盗難。両方は同一人物か、共犯者同士の線もあるな」
そこで話は終わり、二人の間を静寂が包み込む。
――これはもう、何者か……もしかしたら組織のような大きな存在が、呪文詠唱Aの調査を邪魔しているとしか考えられない。そして、たぶんサロンに行けばより詳しい情報が手に入るはず……。
これから自分が行おうとしていることは、きっと危険が潜んでいる。
だが、止めるわけにはいかないのだ。
セシルは、決意を込めた瞳で告げる。
「呪文詠唱Aの正体が何なのか、どこから発生したのか調べるため、私は"メイク・ティークラブ"に潜入しようと思います」




