第14話:調査開始
「セシル君はここで待っててくれ!」
リリカは叫ぶように言うと、勢いよく休憩室を飛び出した。
扉を介して、診察室の喧噪が聞こえる。
おそらく医術師たちの忙しなく駆ける音や、厳しい声音で飛び交う指示……それらから、実際に見なくともザグルの容態は厳しいことがよくわかった。
セシルは椅子に座り直し、ざわつく心で待つ。
――重傷ってことは、大怪我ってことよね。ザグル様が大怪我を負った? 私がサロンの設立について聞こうとした、"このタイミング"で?
これは単なる偶然の出来事なのか、セシルには判断がつかなかった。
得も言われぬ焦燥感に襲われながら待つこと、しばらく。
徐々に喧噪は収まり、事態が収束した気配を感じる。
休憩室の扉が力なく開けられると、飄々とした気配は消え失せ疲れた様子のリリカが入ってきた。
彼女が何も言わず席に座る様子を見て、セシルはお茶を淹れる。
リリカがひどく疲れているときはこうして労るのが、定番の行動であった。
そっと温かいお茶を出すと、リリカはようやく小さな笑みを浮かべた。
「ありがとう、セシル君。君は本当に気が利くね。……あぁ、うまい。心と身体が生き返る」
「ザグル様の容態は……どう?」
「……結論から言うと、かなりまずい状態だよ。後頭部に加わった強い衝撃による、意識不明だ」
「意識不明!? どこかで転んでしまったのかしら……」
リリカの淡々とした話に、セシルは息を呑んだ。
セシルが椅子から立ち上がる勢いで尋ねると、リリカは音もなく首を横に振った。
「怪我の状態から転倒は考えにくいんだ。"何者か"が故意に後ろから殴りつけたと思われる。凶器は何かしらの鈍器だろう。加害者には明確な殺意があったと思われる。何せ……頭蓋骨の一部が陥没していたからね」
「だ、誰かが殴ったですって!? いったい誰がそんな酷いことを……!」
「まだ犯人も何もわからないよ。この後、ボクの方から騎士団に報告するつもりさ。宮殿の中に危険な人間がいるってね」
事故ではなく、事件。
その事実を突き出されたセシルは、強く拍動する心臓を胸にそっと尋ねる。
「ザグル様はずっと医務部に入院するの? もしそうなら警備の人を……」
「いや、医務部の設備では対処ができないから、ザグル氏はネブラント侯爵家が運営する病院に移された。向こうの病院に腕の立つ医術師がいることを祈るしかない状況だ。下手したら……もう二度と意識は戻らない可能性すらある」
想像以上に重篤な状態、そして危険な状況に息が詰まるようだ。
セシルが息苦しさを感じていると、ひと際厳しい表情のリリカに小さな紙を差し出された。
「ザグル氏の胸ポケットに、この紙が挟まれていた。見つけてくれとでも言わんばかりにね。証拠品として騎士団に渡す前に、セシル君にも見てほしい」
そっと開くと、セシルの目に歪な筆跡の文章が飛び込んできた。
端的ながら不気味な内容に心臓が鼓動する。
〔イマスグ、サロンノチョウサヲ、ヤメロ。コレハ、ケイコク、デアル〕
何者かが書いた、やけに角張った文章だ。
――無機質で温かみのない形は筆跡鑑定を免れるためね。警告の対象は、考える間でもなくこの私……。
険しい表情で手紙を睨むセシルに、リリカが同じくらい厳しい顔つきで話す。
「セシル君、友人として忠告する。できれば……サロンや呪文詠唱Aについての調査はここで止めてほしい。ボクが思うに、ザグル氏の襲撃は通り魔的な犯行ではない。誰かが意図的に狙ったんだ。きっと、"メイク・ティークラブ"や呪文詠唱Aに関する何かしらの理由で」
リリカは至極心配して願う。
だが、セシルの決意は固かった。
「……いえ、ここで調査を止めるわけにはいかないわ。何か恐ろしい事実が隠されているのなら、それこそ徹底して調べ尽くす必要があるもの。……みんなの安全を守るためにもね」
セシルの瞳から強い意志を感じ取ったリリカは、やがて小さくフッと笑った。
「そういえば、セシル君は一度決めたら必ず最後までやり遂げる人間だったね。ただ、十分に用心してくれよ。大事な親友が意識不明の重体で運ばれてくる光景など、医術師としても友達としても見たくはないのだから」
「ええ、わかっているわ。私だって、殴られたりするのは嫌だもの」
そう言って、リリカと別れた。
心の中に不穏なしこりを感じながら、セシルは記録部に戻る。
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記録部に着いたセシルは、まずザグルの一件についてみなに周知した。
「……これが、先ほど医務部で発生した一件です。宮殿内には、ザグル様を襲った危険人物がまだいる可能性もあります。医務部の医術師が騎士団に報告しますが、みなさん厳重に注意してください。何かしらの指示があるまでは、なるべく単独行動は避けた方がいいかもしれません。また、現場に残された遺留物から、犯人は呪文詠唱Aに関する調査の妨害が目的と考えられます。無用な危険を避けるため、私の調査には協力しないでください」
セシルの話を聞き、記録官たちに動揺が広がる。
広い宮殿内では時たま小さないざこざはあったが、今回のような殺人未遂など聞いたことがない。
何より、未だ殺人未遂犯がその辺りにいるかもしれないと思ったら、それこそ生きた心地がしなかった。
記録官たちは互いに、単独行動は避けようと誓い合う。
ユルゲンもまた、何か言うとどこかにいる殺人未遂犯に自分が狙われるのではと怖くなり、セシルに調査の中止を命じることさえできなかった。
セシルが自席に戻ると、切羽詰まった様子のニーナに肩を掴まれた。
「ザグル様が襲撃されたってどういうことですか!? 誰に襲われたのです!」
「まだ詳細は何もわからないわ。騎士団の調査を待つしかないの」
「セシル先輩、あ、あたくしは大丈夫でしょうか!? ザグル様と親しかったあたくしも襲われてしまうんじゃないですか!」
「ニーナ、まずは落ち着いて。不安になる気持ちはすごくよくわかるわ。でも、あなたは呪文詠唱Aの調査はしていないでしょう。だから、襲われる可能性はほとんどないわ」
「そ、そうかもしれませんが……でも、0%じゃないですよね……。あぁ、襲われたらどうしよう……」
ニーナは多少落ち着いたものの、ぶるぶると両手で肩を抑えては怯えていた。
――私は私で目の前の仕事に集中しないと。ザグル様の容態を考えると、サロンを設立した目的を本人に聞くことはできないわね。では、一つずつ事実を確かめていきましょう。できることを確実に一つずつやれば、必ず真実が明らかにされる。いつだって、そうやって生きてきたんだから。
セシルが改めて決意を固め、患者のリストから効率よく調査するプランを考え出したとき。 不意に、二つの黒い影が机に落ちた。
思わず振り返ると、慕ってくれる二人の後輩――クレイとアリシアがいる。
「セシル先輩、俺たちも手伝うッスよ」
「ぜひ手伝わせてください。セシルさんのことだから、危険だから調査を中止するなんてしませんよね?」
「だ、だめよ! 何言っているの! さっきも言ったけど、この調査には危険が伴う! 私だけならまだしも、二人を巻き込むわけにはいかないわ!」
二人の申し出をセシルは慌てて断る。
大事な後輩を危険にさらすなど、とうてい考えられないことだった。
だが、クレイとアリシアはまったく引く様子を見せない。
「一人でやるより、三人でやった方が敵の狙いも分散されるってもんスよ。単純に三倍早く進みますし、ちゃっちゃと終わらせちゃいましょう」
「クレイの言う通りです。仲間が多ければその分相談もできますし、助け合うことだってできます。……私たちは、何があろうとセシルさんの味方です」
「クレイ……アリシア……ありがとう」
二人の決心に、セシルの心はじんわりと温まる。
軽く目頭を拭うと、リリカから預かった例のリストを見せながら頼んだ。
「これが宮殿で流行っている病気――紫呪病にかかった患者のリストよ。この患者たちに二つのことを聞いてほしいの。一つ目は、"メイク・ティーサロン"に参加して呪文詠唱Aを教わったことがあるか。二つ目は、呪文詠唱Aを詠唱した経験があるか」
クレイとアリシアはこくりと頷き、セシルはさらに話を続ける。
「患者は全部で17人ね。このうち、ニーナ、ニーナと同日に入院した令嬢、ペトラさんの3人はもう聞いたから省いていいわ。先ほど医務部で私が聞いてきた3人も同じく。だから、残りの11人を手分けして調査しましょう。配分は……」
「私が5人担当しますので、セシルさんとクレイは3人ずつ調査してください」
セシルが配分を決めようとしたとき、アリシアが遮るようにして告げた。
「でも、5人じゃ大変じゃない? あなたには自分の仕事もあるでしょうに」
「大丈夫です。リストには知り合いも何人かいますので、その分効率よく回れると思います」
「……そう? では、ちょっと大変だけどアリシアに5人、クレイに3人お願いするわ。二人ともどうもありがとう。十分に注意して調査を進めましょう。何かあったら、すぐに互いに報告すること」
「「了解っ!」」
無事に担当の配分が決まり、セシル、クレイ、アリシアの三人は調査に急ぐ。




