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第12話:帰還

 五日後。

 紫呪病に倒れたニーナが退院した。

 記録部の主室で帰還の挨拶をする。


「皆様、お久しぶりでございますわね。ニーナ・ノイエンアー、ただいま帰還いたしました。あたくしがいなくて、さぞお困りだったでしょう。でも、もうご安心くださいませ。あたくしが来たからには、仕事が捗ってしょうがないこと間違いなしですわ」


 いつも通りの派手なドレスを着て、これ見よがしにカーテシーをするニーナ。

 セシル以外の記録官は冷ややかな視線を向けた。

 実際、ニーナがいなくて困ったことはただの一度もなく、むしろ業務が捗るほどだった。

 記録官たちの反応に不満を持ったニーナは、自分の味方である記録部部長――ユルゲンにしな垂れかかる。


「部長~、皆様が心配してくれませんわ。部長は心配でしたよね?」

「こらっ、許可なく私に触れるな! 今すぐ離れろ!」

「痛っ! 何をするのですか、部長!」

「私までシュナイダー卿に目をつけられたらどうする! これ以上、巻き添えを喰うのはごめんだ!」


 ニーナは頭をはたかれ、勢いよく腕をはらわれる。

 ユルゲンは彼女が入院している間、ロベルトからの評価をこれ以上落とさないため、自主的に関係を断ち切ったのだ。 

 無論、一方的な主張ので両者は痴話喧嘩のように揉めたが、やがて二ーナは憎々しげに自席――セシルの隣に座った。

 セシルはニーナの呼吸が整ったところで、労いの言葉をかける。


「ニーナ、お帰りなさい。病気なんて大変だったわね」

「セシル先輩がもっと早く医務部に運んでくれていれば、こんなに長く入院することはなかったのですよ? 一段と迅速な行動を心がけてくださいまし」

「ええ、鈍臭くてごめんなさい」


 ニーナの小言を苦笑して受け流す。

 何かするたびに不平不満をぶつけられるのは、彼女が記録部に入職してから日常茶飯事の光景であった。


 ――これだけ小言を言えるならもう大丈夫そうね。


 すっかり耐性ができていたセシルはそう考え、本題を切り出した。


「ところで、あなたに聞きたいことがあるのだけど、お茶の腕前を競い合うサロンの"メイク・ティークラブ"に参加したことはある?」

「……あら。まさか、セシル先輩の口からそんな言葉が出るなんて思いもしませんでしたわ。ええ、もちろん参加したことはありますわ。すでに十回は参加したと思います。もしかして、セシル先輩も"メイク・ティークラブ"に参加したいので?」

「まぁ、そういう感じかしらね。だから、どんなことをやるサロンなのか教えてほしいの」

「あらあらあら、セシル先輩に教えを乞われる日が来るとは! 長生きはしてみるものですわね。いいでしょう、特別に教えて差し上げます。"メイク・ティークラブ"とは、お茶の腕前を競い合うサロンですわ。男子禁制なので、殿方がいると話せないあれやこれやも話せて大変愉快ですの。でも、セシル先輩は流行に疎いですからね。入れるかは保証できませんわ」


 ニーナは得意げにサロンの実態について話してくれる。

 概ね、ペトラの話と同じ中、参加人数について尋ねたら新たに重要な情報が提示された。


「えっ、50人も参加しているの?」

「たぶん、という話ですわ。もしかしたら、もっと多いかもしれませんし。いつも参加してるのは15人くらいですけど、古参の人曰く、所属メンバーは50人くらいに増えてるらしいです。毎回、なるべく参加者は変えてるとか。あたくしはいつも参加するようにしてましたが。その魔法騎士のペトラさんという名前も聞いたことはありますね」

「なるほど……」


 サロンに疎い自分でも、一般的な所属メンバーは多くても30人くらいが主流だと知っていた。

 参加者同士の交流を深める、という点で考えると、それくらいがベストな人数だからだ。

 予想より規模が大きかったことに興味を惹かれた後、セシルはまた別の問い――核心の問いを尋ねる。


「この前記録部でみんなに話した呪文詠唱Aも、そこで教えてもらったの?」

「ええ、そうですわ。たしか、ティーポットを保温する魔法を使うときだったような……標準詠唱の前にそれ――呪文詠唱Aをくっつけて詠唱することが、最新の流行だと皆さん言ってましたわね」


 ニーナの話は、どこか既視感を覚えた。


 ――ペトラさんのときと同じだ。最新の……"流行"。


 呪文詠唱Aがどんな魔法を引き起こす詠唱なのか、どこの詠唱なのか……それらと同じように、"流行"という言葉が引っかかる。


「最近、サロンでは体調不良者が出ていないかしら。それこそ、あなたが倒れたみたいに」


 セシルの話を聞いた途端、ニーナの表情から得意げな笑みが消えた。

 代わりに、何か考え込むような顔つきに変わる。


「……言われてみれば、そうですわね。毎回、参加するたびに誰かが休んでいるような……。でも、体調不良かはわかりませんわよ。サロンは強制じゃないですし、ただ参加しなかっただけかも」

「まぁ、それはそうよね。設立者が誰なのかも、もし知ってたらついでに教えてほしいのだけど」


 "メイク・ティークラブ"の設立者についてはロベルトが調べてくれているが、自分の方でも調査を進めたかった。

 ニーナも知らないのかと思っていたが、予想に反して彼女は険しい表情でその名を口にした。


「"メイク・ティークラブ"を設立したのは、ザグル様……いえ、あの憎き世間知らずですわ。ああ、思い出すだけで腹が立ちますわね。病気のあたくしをほっぽり出して自分だけ逃げるなんて……」

「ザグル様が設立者……?」


 見捨てられた仕打ちを思い出し怒りに震えるニーナの隣で、セシルは思案する。


 ――なぜ、男性のザグル様が男子禁制のサロンを設立したんだろう。女性好きという噂だから、たくさんの令嬢と知り合いになりたかったってこと?


「ねえ、ニーナ。ザグル様もサロンには参加していたの?」 

「いいえ、一度も見たことはありませんわ。あの人はお茶など興味がないですから。しかし、世間知らずの金だけ男が設立したと思ったら、もうあのサロンに行く気がなくなりましたわね。あたくしったらどうして、あんな薄情で顔とお金しか取り柄のない男が好きだったんでしょう……いだぁっ!」

「おい、いつまで雑談しているんだ。いい加減仕事しろ」


 ニーナの後ろには、いつの間にか分厚い辞書の角を構えたクレイが立っていた。

 その隣には厳しい表情をしたアリシアが佇む。

 すかさず、ニーナは憤慨した。


「雑談なんかしてませんわ! セシル先輩の質問に答えていただけです! 褒められるならまだしも、なぜ怒られなければいけないの! そもそも、レディの頭を叩くなんて横暴が許されるわけないでしょう! 謝りなさい!」


 クレイの代わりに、今度はアリシアが糾弾する。


「ニーナさん、いい加減にして。人の業績を盗むなんて、本来なら叩かれるくらいじゃ済まされないわ。あなたのせいでセシルさんの経歴に傷でもついたらどうするの。散々、セシルさんやみんなに嫌な思いをさせてきたのだから、もっと真面目になって」

「アリシアの言う通りだぞ。セシル先輩に迷惑をかけるな、サボり女。お前のせいでどれだけセシル先輩が被害を被ったと思ってやがる。記録部だって、散々迷惑な思いをしたんだ。今までの罪滅ぼしとして、お前にはたくさんの仕事をしてもらう。こっちに来るんだ」

「こ、こらっ、離しなさい! あたくしを誰だと思っているの!」


 ニーナはクレイとアリシアに連れられ、資料で前が見えないほどの机に座らされる。

 膨大な仕事量に泣き言を言う彼女を背に、セシルもまた自分の仕事に取りかかった。


 仕事を進めること、しばらく。

 あのパウロが記録部の主室を訪れた。


「失礼し、ます……王国魔法騎士団……四級騎士の、パウロ……と申します。セシル……さんは、いますかね……?」


 頬は死霊のように痩せこけ、目は虚ろ、杖までついており、あまりの満身創痍ぶりに記録部は静まりかえった。

 セシルは大慌てで彼の元に駆け寄る。


「どうしたんですか、パウロさん! 身体中がボロボロですよ、魔物にでも襲われたのですか!?」

「い、いえ、違います……。団長の、特別……訓練を……終えただけです……。もう身体、が……壊れそうです……」


 パウロは息も絶え絶えにどうにか答えた。

 思いの外、ロベルトの訓練はすこぶる"厳しい"ようで、セシルは心の中で涙した。

 空いている椅子に座らせると、パウロは大きくため息を吐いてから小さな声で本題を切り出す。


「団長がサロンの件について進展があったので、来てほしいということです。今から来られるでしょうか……?」

「ええ、行けるわ。私も新しい情報がいくつか手に入ったし、ロベルト様に共有したいの。ちょっと待ってて、今部長に伝えてくるから」


 そう言って、セシルが部長席に行くとユルゲンは壁際まで勢いよく後ずさった。


「部長、呪文詠唱Aの件でしばらく席を外します」

「い、いちいち許可を取らんでいい! 勝手に調べなさい! シュ、シュナイダー卿には真面目に働いていると伝えるように!」


 ユルゲンは満身創痍のパウロを目の当たりにして、"血の申し子"ことロベルトに関する数多の噂は本当なのだと強く強く思い込んだ。

 同時に、ロベルトと対等に接するセシルに対する畏怖も強くなったのだ。

 セシルはパウロとともに、魔法騎士団の兵舎に向かう。



 □□□


 

 王国魔法騎士団の兵舎を訪れたセシルは、最上階の五階に案内された。

 上質な樫の扉の前に着くや否や、パウロの表情は明確に沈んだ。


「こちらが団長の部屋です……」

「わ、わかったわ」


 首がもげそうなほど項垂れたパウロがノックすると、「入りなさい」と低い声が扉越しに聞こえる。

 ともに中に入ると、奥の執務机にロベルトが座っていた。

 パウロは緊張を押し殺すようにして報告する。


「団長、セシルさんをお連れしました……」

「ご苦労、パウロ。訓練に戻ってくれて構わない」

「え……今日の訓練はもう終わりなんじゃ……」

「何を言っている。本番はこれからだろう」


 ロベルトは意外と根に持つタイプで、"厳しい"訓練はまだまだ続くのであった。

 歩くだけで塵になってしまいそうなパウロが立ち去ると、室内は静寂が舞い戻る。

 こほんっと軽く咳払いし、ロベルトが話し出した。


「セシル、忙しいところすまないな。早めに伝えておきたい情報が入ったのだ」

「いえ、どうかお気になさらず。このところ、仕事は落ち着いていますので」

「そうか、ありがとう。では、さっそく本題に入ろう。"メイク・ティークラブ"について監査部に問い合わせたところ……設立申請書と初期の名簿が無くなっていたそうだ」

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