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第10話:事情聴取

 紫呪病に倒れたニーナを医務部に届け、ロベルトとの邂逅を果たし、リリカにレポート作成を命じたセシルは、すぐ記録部の主室に戻った。

 まずは、諸々の一件について部長のユルゲンに報告する。


「部長、ちょっとよろしいでしょうか。至急、お話ししておきたいことがありまして……実は、ニーナが……」

「セ、セシル君!? 何用だね!?」


 少し話しかけただけで、ユルゲンは猛烈な速度で後ずさった。

 化け物でも見たかのような顔をされ、セシルはまた少々居たたまれない気持ちとなる。


「ニーナが体調不良で倒れ、医務部に入院しました。担当の医術師の診断は、現在宮殿で流行っている紫呪病とのことです。四日と六時間ほどで退院できるとも話していました」

「な、なに、ニーナが入院だと? 後で見舞いにいかなければ……あ、いや、"上司として"行くという意味だが」

「お手数ですが、彼女の状況について記録部全体に周知してもらえるでしょうか」

「あ、ああ、もちろんだ。その代わり、シュナイダー卿にはきちんと仕事を遂行していると伝えてくれ」

 

 ユルゲンは記録部全体に、ニーナの入院と病状について伝達する。

 ニーナは日頃から周囲の反感を買っていたためか、表だって心配する同僚はいなかった。

 セシルが自席に戻ると、タイミングを計ったかのようにアリシアが来る。

 もちろん、化け物でも見たかのような顔ではなく、今にも吐きそうな顔でもなく、心配そうな顔だった。


「セシルさん、お疲れ様でした。病気のニーナさんを運ぶなんて、大変でしたよね。私だったら、自分に感染しちゃわないか不安で躊躇したかもしれません。セシルさんは度胸があります」

「まぁ、私も必死だったからね。その場に立ったら意外と何とかなるものよ」

「いいえ、謙遜しないでください。セシルさんだったから、ニーナさんも救われたんだと思います。医務部に運ぶのが遅れてたら手遅れになっていたかもしれませんし。やっぱり、セシルさんは憧れの先輩です」

「……ありがとう、アリシア。そんなことを言ってくれるのはあなただけよ。嬉しくて泣いてしまいそう」


 感動のあまり、セシルの瞳は潤む。

 吐き気を催すだの何だの言われてきた自分の身に、アリシアの労いはまさしく染み入った。


「きっと、セシルさんに意地悪してきた天罰が下されたんですよ。日頃から感謝もせず、酷い悪口ばかりでしたし。ところで、病気についてニーナさんは何か言っていましたか? 誰のせいで病気になった~とか」

「いえ、特に何も言ってなかったわ。彼女のことだから言いそうよね。……ああ、でも」

「でも?」

「……ごめんなさい、何でもないの。気にしないで」


 呪文詠唱Aの件も話そうとしたが、まだ未確定の要素が多すぎるので止めておいた。

 その後、仕事を再開したセシルの元をロベルトの使いが訪れた。

 エル村で発生した魔法事故について、今夜当事者から話を聞けるように手配してくれたそうだ。

 セシルは仕事をしながら、夜が訪れるのを待った。



 □□□



 日が沈み、周囲は静けさと暗闇に包まれる。

 夜になり、セシルは王国魔法騎士団の兵舎を訪れた。


 ――ここが魔法騎士団の兵舎……すごい威厳。


 それが第一印象だった。 

 白を基調とした石材は暗闇の中で松明や照明魔導具に薄っすらと照らされ、まるで要塞のような風格を放つ。


 ――初めて来たから緊張する……。怖くない……と言ったら嘘になるわね。


 宮殿は広大であり、関わりのない部署も多い。

 建物の質実剛健な雰囲気も相まって、セシルは緊張感が増す。

 昼間、使いの者に言われたように、まずは夜間受付に行く。

 そっと中を覗くと、担当は童顔の若い騎士だった。

 短い黒髪とやや垂れた黒の瞳がさらに若い印象を強くする。

 

「夜分遅くにすみません。私はセシル・ラブルダンと申します。エル村における魔法事故の件について、シュナイダー卿と約束があるのですが……」


 若い騎士はこの時間帯の女性の来客に一瞬驚いたが、すぐに値踏みするような表情に変わった。


「どうもこんばんは。僕は四級魔法騎士のパウロという者です。……ふむふむ、あなたがあの噂のセシルさんですか。これは噂通り、いや噂以上ですね。いやぁ、お会いできて光栄です」

「う、噂と言いますと……」

「"血の申し子"が、とうとう人間の娘に興味を示したのかという噂ですよ。あの"血の申し子"の興味を惹くほどですから、相手の女性も相応の人間だと噂になっているんです」


 昼間、リリカと話したときより噂の規模が大きくなっている。

 思いの外、自分は有名人になってしまっているようだ。

 これも噂好きの令嬢たちの努力の賜物と推測された。

 額に手を当てるセシルに、パウロは身を乗り出すようにして話す。


「あなたからも団長に言ってくださいよ。必要以上に、部下に厳しくするのは悪手だと。そんなに怒ってばっかじゃ、ただでさえ深い眉間の皺が羊皮紙を持てるほど深くなっちゃいますよ、って。それにしても、団長はなんでいつもしかめっ面をしてるんだろ。きっと、生まれたときからしかめっ面だったんだ。そう考えると面白いなぁ。しかめっ面の老けた赤ちゃん……ぷぷっ」

「あ、あの……そろそろ止められた方が……」

「何を仰いますか。こういうのは言えるときに言っておかないと。厳しい訓練が大好きな団長のせいで、僕たちは碌に休めないんですから。少しくらいは日頃のストレスを解消してもいいでしょう」


 調子に乗って日頃の鬱憤を晴らすパウロを見ながら、セシルは恐怖で震え上がる。

 いつの間にか、彼の後ろに噂の張本人"血の申し子"ことロベルトがいたからだ。

 パウロはまったく気づかず、なおもにっくき騎士団長――ロベルトを気分良くけなしてはこき下ろす。


「団長は本当に厳しくするのが好きでして、きっと夢の中でも部下に厳しくしてるんですよ。やれ素振りをしろ、やれ掃除をしろ、やれ武具を磨け……。あの人の頭の辞書に、優しさという言葉はないんでしょうね」

「ああ、そうだな。お前の言うとおりだ。私の辞書は薄いものでな。優しさという言葉は印刷されていないのだ」

「そうでしょう、そうでしょう。まったく、もっと勉強しなさい。……ん? 妙にセシルさんの声が低かったような…………ぇ?」


 妙な異変を感じて後ろを振り向いたパウロが石像に変わった瞬間を、セシルはたしかにこの目で見た。

 口だけ金魚のようにパクパクと動かす彼の肩に、ロベルトは優しく優しく手を置く。


「おや、先ほどまでの勢いはどうした、パウロ四級騎士? 私の眉間の深さについて、"専門家"の意見をもっと聞きたいのだが」

「あ……あ……」

「"厳しい"訓練後にも拘わらずその止まらない口の動きを鑑みるに、日中の訓練量が足りなかったと見える。すまない、私の指導不足だ。もっと強度の高い"厳しい"訓練をさせる必要があった。だが、安心してくれ。明日からは今までの毎日が霞むくらいの"厳しい"訓練ができるぞ」

「いえ、足りています! 十分過ぎるほど足りております! これ以上ないくらい最高の訓練を堪能させていただいております!」

「明日から、お前だけ基礎訓練を三倍にしようじゃないか。口も動かなくなるほど、"厳しい"訓練を楽しみにしていなさい。……さて、セシル、よく来てくれた。魔法事故の聴取についてはすでに準備ができている。談話室に案内しよう」


 サラサラと崩れていくパウロの身を案じながら、セシルは兵舎の中に歩を進める。

 外観と同じ石材で構成され、少ない調度品も相まってより一層質実剛健な印象を受けた。


 ――同じ宮殿でも、部署によってこうも性質が違うものなのね。記録部は温かで長閑な雰囲気だけど、ここは部外者を拒絶するような空気感……。


 二階に昇り少し歩くと、談話室に着いた。


「ここで事情聴取をすることになっている。人払いは済んでいるから、時間は気にせずゆっくりと話を聞いてほしい」

「はい、ありがとうございます。お心遣い感謝申し上げます」


 ロベルトが扉を開け、中に入ったら、濃い緑の髪をポニーテールにまとめた少女が座っていた。

 少女は自分たちに気づくと、緊張した様子で会釈する。

 ロベルトとともに、セシルも正面に座する。

 

「彼女が事故の当事者、ペトラ・エビング嬢だ。さて、エビング見習い騎士、こちらがセシル嬢。記録部の筆頭記録官を務めている。エル村での事故について、セシル嬢にも説明してほしい。聞かれたことには正直に答えるように」


 ペトラは自分と同じ男爵家出身とも聞き、セシルはどことなく親近感が湧いた。


「仕事終わりの疲れているところごめんなさいね。セシル・ラブルダンです。なるべく手短に終えるから」

「わ、わかりました。よろしくお願いします。……あの、これも監査部の新しい調査に入るのでしょうか……?」

「いいえ、違うわ。記録部としての調査よ」


 そうセシルが答えると、ペトラは安堵のため息を吐いた。

 文字通り、監査部は宮殿に務める人間の監査を行う部署で、事故を起こした彼女は処遇や待遇に影響が出るのではと心配だったのだ。

 セシルは鞄から呪文詠唱Aを記した紙を出し、机上に置く。


「さっそくだけど、この呪文詠唱について教えてもらえるかしら? どこで知ったのか、どんな効果があるのか、とか」

「はい、私が知っていることであれば何でも……。まず、私がこの言葉を教えてもらったのは、とあるサロンなんです」


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