第9話 ”生徒会長”
昨日はなんだかすっきり眠れなかった。雑念、というか考える事が多かった。
因果応報……。それはそうだが、催眠をかけた女の子たちにもそれぞれの考えや環境がある。それを俺が乱してるんだなぁ、なんて。
「いやいや、俺は、俺が全員幸せにすればいいだけの話!」
そういって布団から出て準備をする。鏡に映る俺はえらく寝癖が酷かった。
「おはよう、澄乃……あれ?」
リビングは静かだった。気配がない。
机を見る。皿に乗った一枚のトーストと紙切れ。そこにはこう書かれている。
「遅刻のラッキーアイテム、食パン」
と。
「今何時!?」
時刻は8時過ぎ。支度を急げば何とか間に合う、か。
「マジで少女漫画みてぇなことすんのかよ!」
急いで洗面所に入るがよりによって今日の寝癖は最悪だった。ちょっと濡らしたくらいでは直りそうもない。
「ええい、最悪学校で直せばいいだろう!」
諦めてリビングに戻り、食パンを咥える。そしてそのまま家を出る。っと、誰もいないから鍵を閉めねばと鍵を出そうとするがこういう時に限ってスッと出てくれない。
なんとか鍵を閉めて出てこれた。急いで学校へ向かう。
(こんな早いタイミングで遅刻とか何言われるやら。特に凛花)
などと思いながら走る。——パンを咥えて。
(てか思ったよりしんどいな! パンのせいで呼吸が苦しい!)
やはり漫画は漫画なのだと改めて実感する。
(もう少し! 曲がったらあとは直線だ!)
全力で駆け抜ける。まだ門は開いている。間に合った!
(うおおお! いっけぇぇぇ!)
そうして、学校内に滑り込んだのだった。
「はぁ、間に合った……」
「遅刻ギリギリ――でも、見逃してあげちゃうもんね~」
「あ……ユナさん」
校門の番をしていたのは如月ユナだった。そうと知っていれば少しはゆっくり出来たかもしれないのに。
「あはは~、寝癖すご~。ガチ寝起きって感じだね」
「あんまり見ないでください。恥ずかしいので」
「分かった。”見ないよ”~」
ちょっとした会話のつもりだったのだがここでも催眠の効果が出ているのか。
「……じゃぁ、お先に」
「はいは~い」
……なんだろう。やはりこの人は底が見えないというか、どこか恐ろしいものを感じる。催眠はしっかりとかかっているはずだし、大丈夫だと思うが……。
なんて考えているだろうとお見通しのユナはくすりと笑う。
そんな校門での一幕を上から眺める影が一つ。
「……」
何を考え、何を見ているのか。曇り空は新たな波乱を予感させる。
* * *
「ふぃ~」
なんとか教室に辿り着く。ギリギリホームルーム前だ。
額の汗をぬぐいながら席に着く斗真。それを見ていた星野凛花はこう考える。
(やっぱり家の前で待つべきだったかしら。いいえ、むしろ彼より遅れて学校に来るくらいの方が従順な彼女感があっていい演出になったかも)
などなど。策略を練るのであった。
「おはよ~」
次いで入ってくるのは担任の東雲修二だ。皆に挨拶しながら教壇に立つ。ホームルームが始まるのだ。——と誰もが思っていた。
——ピンポンパンポーン。何かのお知らせの時に使う音だ。
「一年二組、藤宮斗真。至急、いや急いではいないか。とにかく生徒会室に来るように」
「……。?」
そんな校内放送が流れた。なんだか放送にあるまじき緩さだった気がするが。
「斗真くん。何をしたか知らないけど行ってきていいよ。ホームルームには出席扱いにしておくから」
と、担任は言う。
「分かりました」
そう返事だけして教室を出る。生徒会かぁ、なんて思いながら向かう。
(はぁ。朝から走ってきたのにさらに階段とかキツイ……)
基本行くことのない生徒会室だが場所だけは知っている。校舎の最上階に位置し、校門が良く見える場所、だったはずだ。
部屋の前に辿りつき呼吸を整えてからノックする。
「ああ、入っていい――きゃあ!」
ドサドサと音がする。中で何が?
「失礼します! 大丈夫ですか!?」
中に駆け込むように入る。中に人が……いない。……のではなく、多分奥の机の裏で転んでいるかもしれない。
割ときちんとした綺麗なへやだが、その奥で尻もちをついている女性が一人。
「あいたた……」
「あの、大丈夫ですか?」
「なに、問題はないさ。ちょっと書類の整理に手間取っただけだ」
強がっているのか、そういう性格なのかはさておき、なんだか不思議な気配がする人だ。……と思うのも外見のせいか。
なんといっても長く美しい銀髪の髪。幻想的ですらある。それに凛とした風格を持っていながらもどこか幼い印象を受けるキレカワ系の顔。そしてどうしても目が行く主張の激しい胸。
「やれやれ。情けないところを見せたな。どれ、茶の一つでも淹れようか。——ああ、落ちた書類はそのままでいいぞ。勝手に片付けるしな。その辺に腰かけていてくれ」
と、ことごとく斗真の動きを先読みし、指示を飛ばす生徒会長。そういえば彼女の事をよく知らないなと思う。学年始まってすぐだから仕方ないとは思うが。
「私か? 皇城真雪という。苗字は変だから忘れてくれていいぞ。私の事は雪ちゃんとでも呼んでくれ」
「……一応先輩、ですよね? 後輩的にそれはさすがに」
「なんでだ。いいだろう? 雪ちゃん。親しみやすさがある」
「いやいや、さすがに皇城先輩で」
「駄目だ。せめて名前で呼んでくれるまでは帰さないぞ」
「どんな脅しですか!?」
と、紙コップにお茶を入れて持って帰ってくる先輩。ちゃんと緑茶だった。
「で、呼び出した理由はなんですか?」
「ん、ちょっと話がしたかっただけだが?」
「そんな、理由……?」
いや、そんなはずはない、と直感が囁く。この人は底知れない何かをもっている。
「気になるだろう? ——新学期早々女子を手玉に取る男子なんて」
「っ、やっぱり――」
催眠アプリ……まではバレていないだろうが、担任といいこの学校は耳が早すぎないか!?
「君は見た所、特別モテるような風格もなければ、そういう努力も見られない」
そういいながら頭をちょんちょんと触る仕草。寝癖の事を指摘しているのだろう。
「なあ、どうやったんだ? 葛城女史を泣かせたという報告もあるが」
「な、なんでそこまで……」
「さあ? そろそろ自分の話をすべきじゃないか?」
じりじりと追い詰められている気がする。いや、もう崖際だ。戦うしかない。
「皇城先輩は――」
「雪ちゃん」
「……真雪先輩は」
「及第点だな」
会話の主導は常に握られている。強い。なんて人だ。
だが待てよ、と。思い出す。
——「残数、1」
どういうわけだか残っている催眠アプリの使用回数。今こそ使うべきじゃないのか。
「……正直に言ったら信じてもらえますか」
「それしか情報がないなら信じるしかないだろう」
「なら……これを見てください」
催眠アプリ起動! 最後の一発だが生徒会長が相手なら不足なし!
「……」
ど、どうだ……?
「そうか……そういう、ことか……」
「?」
な、なんだかマズイ気がする。相手を間違えたか……!
「なあ藤宮君」
「はい!?」
なんで催眠まで使ったのに会話の主導権を握られているんだ……!
「実は君の事が気になっていたんだ」
「え!?」
「端的に、付き合ってほしい」
ええ~! なんか今までと違う催眠のかかり方してる気がする!
だが落ち着け。すでに五回の実績があるアプリだ。根本の”いう事を聞く”は健在のはずだ。
「落ち着いて俺の言う事を聞いて下さい。俺たちは初対面のはずです。それは好きとは違う感情のはずです」
「いいや。私は、君になら抱かれてもいい」
「っ!?」
なんてことをいいだすんだ! ていうかさらっと抵抗してないかこの人!
「なら……”言う事を聞いて下さい”。今日ここでは何もなかったし、先輩は何もしていない。いいですね」
「……」
「聞いてますか!」
「雪ちゃん……」
「分かりました真雪先輩。今日のことは忘れる事! いいですね!」
「分かった……」
効いている、のか? 変な手ごたえだがこれでいいはず。
「では、俺はこれで。すめ……真雪先輩」
「……」
斗真が出て戸が閉められる。
一人残された真雪は振り返って外を見る。
「そうか、そういうことだったのか。ふふ、ふふふ……」
* * *
それからは普通の時間を送った。
普通に授業を受け。
普通に席を凛花に占領され昼食を食べ。
普通にあくびをしながら授業を終えた。
そうして学校生活の一日が終わったころ。
「斗真君。今日は一緒に帰って貰うわよ」
「待ってくれ。俺には文芸部が」
「文芸部?」
するどい形相で睨んでくる凛花。「私の知らない所で何を勝手に」と言っているようだった。
「私の知らない所で何を勝手に」
言った。
「どうせロクな活動もないのでしょう。今日は私と帰るのよ」
と半ば強引に言ってくる。困ったな、——と。
ピンポンパンポーン。またしても何かのお知らせの音だ。
「一年一組、南雲 紗良。
一年二組、星野凛花。
一年三組、綾小路ことね。
一年四組、葛城 一葉。
一年五組、如月ユナ。
至急、うん? この場合あってるか。とにかく生徒会室に来るように」
この声は……今日聞いたすめ、真雪先輩の声だ。となりで「私……?」と不服そうにしている凛花。
しかし、今の人選……。何故俺が催眠をかけた人がピンポイントで?
「はぁ。無視してもいいのだけれど」
「いやいや、今の呼び出しは生徒会長だぞ。バックレるのはまずいって」
「そういえば、今朝はなんの話を?」
「え、ああ! 遅刻しかけたからな。それについての話だったよ」
「……」
「……(ドキドキ)」
「……そう」
納得した。
「じゃあ行ってくるわ。心底面倒だけれど、ね」
そうして凛花は、いや、彼女たちは生徒会室へと向かった。
* * *
「やあ。よく集まってくれた。——催眠にかけられた少女たち」
生徒会長は切り出す。
「情報を整理しようじゃないか。——ハーレム計画とやらについて」
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