第7話 ギャルは甘く笑う
二日目も終わり、一人帰路につく。
(いろんなことがあったなぁ)
一日を振り返る。まず朝は凛花と出会って、途中でことねと合流して学校に向かって……。この時点でお腹いっぱいなんだけどな。
学校に付いたらこれでもかと目線を浴び、なんとも言い難い時間を過ごした。
昼になって凛花が力技で昼食を共にし、楽しい昼を過ごした。
放課後になったら先生の指示で文芸部へ。入部だけ済ませれば良かったのだがそこで紗良と交流をした。さらにそこへ来た葛城とひと悶着。最終的に彼女を傷つける形になってしまった。
(結局追いかけても捕まえられなかったんだよなぁ……)
誤解を解くとまではいかなくとも謝るくらいはしたかったなぁ、と反省する斗真。明日会えるだろうか。
それにしても――。
(静かだ……)
今日という一日は喧噪の中にあった。この静寂は中学まで間でずっと感じていたものだ。もういらないと思っていたこの静けさが、心地よいと感じる日が来るとは。
「——誰か忘れてない?」
「——ッ!」
背後から話しかけられ、猫のような飛び上がりをしてしまう。
「あなたは……」
「やっほー、朝ぶりだね。藤宮斗真くん」
そこにいたのは風紀委員の如月ユナだった。
「なんでこんなところに?」
「帰り道はたまたま一緒だったぽいね。いやーアタシも初めて知ったよ」
「それにこんな時間まで何を?」
「風紀委員のお仕事、的な?」
「大変ですね、風紀も」
何気ない会話をする。そうそう、これくらいでいい。これくらいで――。
「で、催眠はどうなったの?」
普通の会話が消し飛んだ。
「な、なんで催眠の事を!?」
「え~君がかけたんじゃん。そっちが忘れるとかなくない?」
「忘れろって言ったはずなのに、なんで覚えてんすか!」
「催眠なんだから暗示みたいなもんでしょ? 記憶に影響とかでなくない?」
友人の言葉を思い出す。”催眠が効くというなら罪人は更生できている”と。
だが、他の人は催眠にかかっているはずなんだ。……待てよ。
思い出す。確か催眠アプリの使用回数に「残1」の表記があったこと。
そうかそういうことかと納得。如月さんが掛かってない人だったわけだ。と分かれば……。
「じゃあ如月さん、はいこれ」
「ん~? またおんなじぐるぐるだね~」
三秒経った。これで間違いないはず。
「いいですか如月さん。俺の言う事を聞いてください」
「言う事を聞く……」
「この催眠アプリのことは絶対他言無用です。いいですか?」
「分かったぁ」
「あと今日の会話と昨日の出来事も忘れる事。いいですね」
「忘れる……ね」
これでいいはず。と思いつつも漏れがないか再度思い出す。何かなかったか?
と、となりで如月がニマニマしている事に気づいた。
「ど、どうしたんですか」
「なんかさ~、言う事聞いて~とか。なんかわんちゃんみたいだなって」
「犬!?」
「ふふっ、藤宮く~ん。忠犬ユナだよ~」
なんというか。これがギャル特有の絡みなんだろうか。扱いが難しい。
「忠犬って……そういう意味じゃないと思うけど……」
肩をすくめる斗真。だがユナの笑みは崩れない。まるで”全てわかってますけど?”と言わんばかりだ。
「てかさぁ、今日一日、いろいろあったね~?」
「……まぁ、そうですね」
「星野さん、やっぱアレだよねぇ。近づき方、ストレートすぎじゃない?」
「……そう見えますか?」
「見えるっていうか、あれはもはや突進だよね。こう、頭から。猪突猛進って感じでさ」
冗談めかしてるのに、会話の節々に“核心”がちらついている。
ユナは軽いノリで話しているだけなのに、どこか心臓をぐっと掴まれるような圧がある。
それになんだ……? まるで”全てを知っているような”口ぶりは。どこから何をこの人は見ているんだ。
「でも葛城さんの方が……うん、ちょっと、あれは可哀想だったかも?」
「…………」
まっすぐ目を見てくる。その視線が、まるで”君のせいだよね?”と語っているように錯覚する。やはりだ、この人は俺のことを把握している。
「男子ってさ、たまに無自覚に人を傷つけるじゃん? 無意識で地雷踏み抜くっていうか」
「……俺は、そんなつもりじゃ……」
「うんうん。そう言うと思ったー」
ユナはそれ以上何も言わず、前を向いて歩き出す。
その背中を見ながら、斗真は背筋に冷たいものを感じていた。
(……催眠、とは別のベクトルでこの人は見えているものが違う。多分本人自身のスペックなんだろうけど……発する言葉の全てが痛む)
後ろを振り返るユナ。細い指先で、くいっとウィンクするように片目を閉じる。
「でもまあ、藤宮くんは“うっかり”が多そうだから、気をつけてね? ……いろんな意味で♡」
小悪魔的な笑みを浮かべながら(小、はいらないかもしれない)手を振る如月ユナ。この先は帰る道が分かれるようで、斗真も彼女と別れた。
(”うっかり”、か。誰にも傷ついてほしくないけど、でも先に手を出したのは俺だしな……。気には留めておかないと)
しばらく歩いて帰宅。
「ただいま~」
と玄関で靴を脱いでいると。
(ん? 誰かの靴? それもウチの学校の女子の靴だ)
リビングへあがると、そこには見知った顔があった。
「……やっほー……」
申し訳なさそうにちょっと控えめに挨拶してきたのは斗真の幼馴染・綾小路ことねだった。
「ほら、お兄ちゃんも着替えて手ぇ洗って手伝って! 今日は鍋にするぞ~」
張り切っている妹もいる。
どうやら一息つくにはまだ掛かりそうだ。
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