第6話 嵐は言葉から
「葛城……!?」
静かな図書室に現れた雷鳴のような少女、葛城一葉。様々なやんちゃエピソードをもつ彼女が何故図書室なんかに。
流石に怒ったのか本を閉じる紗良。そして立ち上がって葛城の方を見る。
「文芸部は満員よ。他をあたりなさい」
「はあ!? こんな誰もいないところのどこが満員なのよ。っていうか部活で満員ってなに?」
葛城は相変わらずというか、敵を多く作りそうな口調で話し続ける。そして、紗良と葛城の舌戦が始まった。
「私と藤宮くん。ふたりいれば十分でしょ。活動内容も自主読書だし、騒がしい人は、不要」
「ちょっと待ちなさいよ。アンタが勝手に決めるなっての。顧問はどこよ、顧問!」
「藤宮くんが顧問代行よ。つまり、私たちがルール」
「なによその無法地帯……それにしても、あんた、ちょっと藤宮にベッタリしすぎじゃない?」
図星を突いたつもりの一葉。だが紗良の表情は変わらない。むしろ声のトーンを下げて、少しだけ挑発するように口元をゆがめた。
「嫉妬? そんなに藤宮くんと二人きりになりたいの?」
「はっ!? バカ言わないでよ! あんな奴、ちょっと面白そうだからいじってるだけで——」
「——ふぅん。じゃあ、何もしないわよね。文芸部でも、彼の隣を狙ったりしないわよね」
「は、はあ!? な、なんでアンタがそんなこと……!」
「だって、文芸部だもの。静寂と秩序こそが命。色恋の騒がしさは不要……そうでしょう?」
一葉が言葉に詰まる。論理で攻める紗良に対し、感情で言い返そうとするたびに、空転してしまう。だが、負けるつもりはないようだ。
「へぇ〜〜〜そういうタイプね。冷静ぶって、裏でこっそり独占したがる系? かわいい顔して、結構えげつないじゃない」
「顔は関係ないわ。私が必要なのは、藤宮くんとの静かな時間。それだけ」
「……あっそ。じゃあアタシが『藤宮と二人きりの時間』を乱す存在なら、全力で排除ってわけ?」
「当然」
バチバチと火花が散るような視線の応酬。
まるで、嵐の前の静けさ。もしくは嵐そのものが図書室に侵入してきたようだった。
(えーっと……これ、俺のせいじゃないよな?)
葛城の真意は不明だが、ここにいる二人は斗真によって催眠がかけられたという共通点がある。俺、なにかやっちゃいました?
「藤宮くん」「藤宮!」
双方から同時に声が掛かる。やっぱり俺が原因なのか……!?
「あなたが顧問代理なのよね。入部を認めるくらいは出来るでしょう? ほら入部届よ。これで文句はないわよね」
「藤宮くん。部活とはいえ面接のようなものはあってしかるべきよ。この女は規律に反しているわ。却下すべき」
詰められる斗真。まったく反りが合わない二人をどうすべきなんだろうか。
「はっ、なにその言い方。女って……あんた、自分が部長だからって偉そうに仕切りすぎじゃない?」
「事実を述べただけよ。あなたの言動、見ていれば分かるわ。知性も理性も、文芸部には不適合」
「はあ!? 誰が知性ないって言ったのよ!」
「あなたの語彙がそれを証明してる。あと、入って五分で怒鳴る人間を、どうやって静かな読書空間に置けと?」
「ぐっ……! うっさいわね……!」
一葉が悔しそうに唇をかむ。論破されたわけじゃない。けど、言葉にできないもやもやを突きつけられたようで、イラつくのだ。
「でもね、南雲さん? あんたがどんなに理屈を並べても、ここは学校なの。文芸部ってのは、誰でも入れるのが前提でしょ?」
「“誰でも”というのは、“誰でも歓迎される人”のことよ。あなたは歓迎されていない。つまり、対象外」
「……っ!」
一葉の拳が震える。殴るわけじゃない、でも感情のコントロールに手一杯な様子。
「だいたい、あんたこそ何様なのよ。藤宮が顧問なら、あんたはただの部員でしょ? なんでそんなに仕切ってんのよ」
「……私こそが、文芸部そのものだからよ」
静かな、でも異様な迫力を帯びた紗良の言葉に、一葉がわずかにたじろいだ。
「私がいるから文芸部は文芸部でいられる。藤宮くんも、それを理解しているわ。……よね?」
名前を呼ばれた斗真が、びくりと肩を揺らす。
(なんだこの空気……選択肢間違えたら死ぬゲーム始まってない?)
「それとも、あなたはこの部を、誰でも入れる“寄り合い所帯”にしたいの? 藤宮くん」
「……ちょ、ちょっと待ってよ! なんでそこで私が否定される前提なのよ!」
一葉がぐいっと詰め寄る。今度は紗良に対してではなく、斗真に。
「藤宮、言っとくけどね! あんたのこと、面白いと思ったから来ただけ! 別にこの子のオマケになるつもりなんか、ないんだから!」
「藤宮くん。文芸部に“面白い”を求めるのは間違ってるわ。“静けさ”と“深み”こそが本質。あなたはどう思うの?」
ジト目とツン目に挟まれ、斗真の視界は地獄色に染まる。
(女同士の戦いって怖えぇ……。でも、俺の問題でもあるよな)
二人とも催眠にかかっている――と思っている斗真——は、言う事を聞かせる能力でなんとかしようと画策する。
「えーっと、まず葛城」
「何よ」
「文芸部としては歓迎しよう。人数が足りないってのは先生からも頼まれてたんだ。だから入部希望なら受け付ける」
「やった!」と嬉しそうな葛城、「藤宮くん……!?」と驚いている紗良。
「ただし部室内ではルールは守ること。はしゃいだりうるさくするのは駄目だ」
「はーい♪」
自分の意見が通って嬉しそうな葛城。対照的に不服そうな紗良。
「文芸部としては受け入れてもいいだろう。俺がうるさくはさせないし、仕事があったら当然やらせる。普通の部員と同じだ、な?」
「……藤宮くんがそう”言う”なら」
100%の納得ではなさそうだが言う事は聞いてくれそうだ。でもストレスが溜まるようならなんとかしなくちゃいけない。
その時の判断は俺が――ま、未来の俺に任せるか。
「……よし、じゃあ今日は解散にするか。”紗良”はどうする、残るか?」
「ええ、もう少しだけ読んでから」
と、平和に終わりそう――だった。
「——紗良? なに、藤宮。あんたいつそんな仲になったの?」
名前呼びに反応する葛城。……なんだか地雷を踏んだ気がする。
ちょっとマズイ空気の中、さらに切り込んだのは紗良だった。
「ああ。わたしは藤宮くんと呼んでいたのだけれど。バレたらもういいわよね――斗真?」
「——ッ!」
振り返る葛城。いや弁明をしておかねば!
「”待て!” 葛城!」
その静止を振り切って図書室から出て行った。……まいったな。
「……ふん。所詮は賑やかしでしかなかったわね」
椅子を引いて座る紗良。「もう知らない」といった様子だった。
女子の感覚というのは分からない。が、斗真の心にはモヤモヤが残っている。
「悪い紗良。ちょっと追いかけるわ」
「ご自由に~」
と適当な返事で返された。まあいい、今は葛城を追おう。
* * *
(馬鹿。馬鹿、馬鹿、馬鹿——馬鹿!)
目を伏したまま廊下を駆ける葛城。
今朝から星野と藤宮が付き合ったとか言う噂が流れてきているのを聞いてはいたが、どうせ催眠にかかったフリの一環でやってるだけ……そう高を括っていた。
そして南雲紗良についてはチャンスがあったとてものには出来ないだろうと思っていた。……もしかしたら演技なのかもしれない。でも――。
——やっと、素直になれたかもしれなかったのに。
(目の前で見せられると、こんなに苦しいなんて)
ああ。嫌になる。こんな癇癪女なんて、とさらに嫌われてしまったかもしれない。
目元が熱くなる。嫌いだ、みんなも、私自身も――。と。
「おっと」
誰かにぶつかった。
「……どうやらその様子だと、やられた、って感じだな」
その人物とは、長谷川直哉。斗真の友であり、今は裏方に徹している存在だ。
「あいつが……、あいつがぁ……っ!」
「よしよし。そうだよな、あいつはそういうとこあるからな」
葛城をなだめる直哉。小さく息を吐きながらどこかを見る。
(これからが大変だぞ、藤宮)
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