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第5話 南雲紗良は催眠を読んでいる

 微睡みと戦う午後の授業も終わり、残すは下校のみとなった。


「さて、帰りましょうか。斗真?」


 常に距離を詰めてくる凛花。ちょっと怖いぞ。と、思っていた頃、担任から声が掛かる。


「藤宮、あとで生徒指導室に来てくれ」

「はぁ、先生。今ここでも良くないですか?」

「ちょっと書いてほしいものがあってな。それは今職員室だから、いったん取りに帰ってから改めてという感じだ」


 生徒指導室、とだけ聞くと恐ろしいものに思うかもしれないが、ウチの担任・東雲しののめ 修司しゅうじは生徒指導教員も兼ねている。そして生徒指導室はそんな担任の私室みたいになっている。便利に使い過ぎなのだ。

 そんな名指しにクラスが少しざわつく。「やったか」「やっぱり」みたいな憶測が飛び交っているようだ。


「先生。学級委員ということでしたら私も同行しますが」


 食らいついて来る凛花。そんなに俺と一緒がいいのか。やっぱり怖い。


「いや、藤宮個人への頼みごとなんだ。委員は関係ないよ」

「そうですか……。どのくらいかかりますか?」

「なんだ、彼女として把握しておきたい感じか」

「ち、違——」

「俺のところにも話は回ってきてるからな。噂には耳がはやいぞ」


 流石、生徒指導。学生間の噂やらも把握しているのか。


「わかりました」

「それじゃあ後でな。——彼女にもちゃんと言って聞かせるんだぞ」

「はあ」


 そうして、担任の東雲は教室を出た。


「……というわけで行ってくるから」

「終わるまで待っているわ」

「いやいや、どのくらいかかるか答えなかっただろ? 分からないんだ。今日はおとなしく帰って――」

「”おとなしく”?」

「——。先に帰るんだ」

「そう”言うなら”、ね」


 やっと観念したようで、教室から出て行った。……途中の圧ヤバかったな。

 さて、俺に用とはなんだろうか。と冷静を装いつつも心臓はバクバクだった。——まさか一日でバレたのか?

 催眠とかなんとか、耳が早い先生がどこまで知っているのか。その耳はどこについているのか。緊張が走る。

 生徒指導室の前に立ち、ため息を一つついてからノックする。


「どうぞ~」


 中から聞こえたのは、いつもの柔らかな声。

 ……に聞こえるけど、どこか裏がある気もするんだよな、この人。


「失礼します」


 ドアを開けると、東雲先生がソファの背もたれに寄りかかっていた。

 ワイシャツの袖をまくって、コーヒーらしき湯気の立つカップを手にしている。自由にやってるなぁ、と。


「座ってくれ。ま、緊張する必要はないからね」


 促されるままにソファに腰を下ろすと、部屋の空気は思った以上に柔らかかった。

 掲示物も最低限、書棚には分厚い指導要綱といくつかの小説。……小説? いや、ライトノベルが多かった。


「さて、藤宮くん。今日はちょっと頼みがあってね」

「はい。書類って話でしたけど」

「ああ、それはそれとして、もう一つ」


 東雲先生は小さく笑って、湯気の立つカップを机に置いた。


「文芸部に入ってはくれないか?」

「……はい?」


 思わず間抜けな声が出た。

 部活勧誘? 先生が?


「ちょうどね、部員が足りなくて。南雲さんが一人で活動していたんだけど、生徒会から継続のためにはもう一人必要だって言われていてね」

「南雲って……ああ、アイツか」


 記憶を辿って思い出す。昨日廊下でぶつかり、ややあって催眠をかけた少女だ。自分で文学少女みたいな~という比喩で彼女をくくっていたが、どうやら本当に文学少女だったようだ。


「面識があるのかい? なかなか面白い子だよ。君も分かってるんじゃないか?」


 まあ確かに。文学少女らしい控えめな性格かと思えば斗真を風紀委員に突き出そうとか言っているやつだ。これを面白いという括りでいいのかはなぞだが。


「文芸部といっても、硬派なものじゃなくてね。最近はライトノベルとか、ウェブ小説系も扱ってるらしい。君の観察力と……想像力なら、向いているんじゃないかな」

「また、回りくどい言い方を」

「教師の仕事は、選択肢を提示することだからね。押しつけはしない。……ただ、彼女が一人じゃ寂しいのも事実だ」


 その言葉には妙な温度があった。生徒指導としての義務か、あるいは……。


「そこで我がクラスの優秀でヒマそうな人材を派遣しようというわけだ」

「なるほど。……?」


 ん? なんだ、今何か、決定的な違和感があったが、なんだ?


「南雲くんにはこの話はしてあってね。どうだろう、この後部室を兼ねた図書室に顔を出してはくれないか」

「……分かりました」


 先生ははにかんだ。普通に生徒思いのいい先生なんだろう。


「書類というのはこれだ。入部届。できれば文芸部に形だけでもいいから入部してもらえるとありがたい」


 そういうことか、と納得する。

 ……と、同時に考える。昨日の今日で南雲というピンポイントな人間に接点が生まれるものだろうか、と。


「書くのはいつでもいい。ただ提出期限には気を付けて」

「分かりました」


 それだけの挨拶を交わし、生徒指導室を出た。

 

「……」


 東雲はソファにもたれこみ、コーヒーを口にする。


「さて、後は君の頑張り次第だ。南雲紗良」


     *     *     *


「ここか、図書室は」


 斗真は図書室の前に立つ。普段利用しないから若干の緊張がある。


「失礼します、っと」


 図書室の戸をあけ、中に入る。後ろ手に戸を閉める。戸が閉まった図書室の中は、放課後らしい静けさに包まれていた。カーテン越しに射す西日が、本棚に縦長の影を落としている。

 その奥。窓際の机に、一人の少女がいた。

 淡い銀髪に、規則正しく整えられた制服。まっすぐな背筋と、機械のような指の動きでページをめくる姿。誰がどう見ても「ひとりの時間に浸る文学少女」だった。


(……いた。南雲、紗良)


 彼女は顔を上げない。斗真の入室にもまるで反応を示さず、本の世界に没頭しているようだった。

 斗真は数歩、近づく。


「南雲、来たぞ」


 と声をかけるも本を読む手は止めなかった。しかし聞いてはいるのかチラリとだけこちらを見た。


「知ってる。どうせ先生から言われてきたんでしょう?」

「まあ、そうなんだが……」


 周囲を見渡す。南雲以外は誰もいない。寂しい空間だ、と感じる斗真。

 と、南雲はするどい視線を向ける。


「……今、不埒な事を考えたでしょう」


 不埒、という言葉に背中がこわばった。あれ、昨日催眠かけたよな、と。


「いや、静かでいい場所だと思っただけだ」


 極めて冷静に返す。が内心は焦りまくっていた。


(南雲、なのか? 催眠にかかってないのは)


 そんな考えが頭をよぎる。さりげなく確認するか。


「なんの本を読んでるんだ?」

「気になるんですか?」

「まあな。教えてくれるよな」


 言う通りに従うという催眠がかかっているなら断るということはないはずだ。


「……催眠もの、です」

「催、眠……?」

「主人公は催眠術を使ってヒロインを自分の言いなりにします。そしてイチャイチャと不埒な関係が続く甘々恋愛小説です」


 あれ、どっかで聞いたことあるなぁ。


「しかし、実は催眠というのはただの口実でヒロインは”かかったフリをして”主人公の男の願望をかなえていきます」

「……」

「ヒロインは基本なんでもいうことに従いますが、不埒な命令には抵抗を感じていて、その異変に主人公が気づいた。というところまで読みました」

「……その、面白い世界観だな」

「そうですか? 男って単純でバカなものだと言っているような作品に思えますが」

「はは……」


 内容が気になり過ぎる。そいつはどうやって過ごしているのだろう。


「で、入部ですか? 帰りますか?」


 淡々と話を続ける南雲。まあ断る理由もないし。


「入部するよ。で、何をすればいい?」

「そう」


 と、会話が途切れた。この流れで? と不安になる斗真。


「……え~っと、部活的に何をすればいいんだ?」

「何も。ただここへ来て、本を読む。それだけ」

「そ、そうか」


 椅子を一つ引いて座る。先ほど貰った入部届に記載する。……だけなのだが。


(ススス……)


 南雲がわざわざ斗真の横に座った。椅子も若干斜めに引いて丁度斗真の真横に付く形になる。トリートメントの香りか、フローラルな香りがふわりとした。


「南雲? なんで隣に?」

「私の事は紗良って呼んで。——あの女と同じように」

「あの女……?」

「星野、凛花」


 突然どうしたのだろうかと思った。というかなんでそんな情報を知っているのか。別クラスのはずなんだが。


「ええっと……紗良?」

「ん……」


 表情は変わらない。だが――


(これで放課後の時間は貰ったわ。星野凛花)


 南雲紗良という策士の戦略だった。内心ではしてやったりとほくそ笑んでいる。

 そんな紗良の幸せ空間だが、勢いよく開く扉によって破壊された。


「ここね、文芸部っていうのは。アタシも入部するから」


 雷鳴の如く現れたのは、問題児・葛城一葉だった。


―――――――――――――――――

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