第4話 昼休みの芝居と本音
授業はつつがなく終わった。凛花が同じクラスにいる以上、なにか行動を起こしても不思議ではなかったがそこは自重する凛花だった。
そして時は昼休みに入る。
「斗真~、学食行こうぜ~」
そう声をかけてきたのは直哉だった。中学のときもそうだが斗真は学食派だった。
基本的に藤宮家に親はいない。日本中を駆け回る忙しい仕事をしているからだ。
「うし、行くか。京介も……」
と話していた時に、そよ、と感じた冷気。教室の後ろからなにか来ている……!
「斗真君。お昼を食べましょう」
声の主は星野凛花だ。そして誰にも有無を言わせず斗真の席と隣の席をくっ付ける。
「えっと、星野、さん? 俺学食に――」
「お弁当。作り過ぎたのよね。まだ学校も始まったばかりで加減が分からなくって」
「え~っと」
「食べて、くれるわよね?」
威圧感が凄かった。誰にも有無を言わせない”スゴみ”がそこにはあった。
「……じゃ、じゃあ俺らはいってくるかな~。……ごゆっくりっ!」
「ま、待て直哉!」
直哉は早々に学食へ、いや、正しくはこの場から逃げ出した。という方が正しいか。
「……食べてくれないのかしら」
「いやそんなことは。食べる、食べるよ」
観念して席に着く。隣に凛花が座る。その瞬間にふわりと石鹸のような香りがした。女性経験のない斗真には強すぎる刺激だった。
そして鞄から出てくる、重箱。
「いや作りすぎじゃない!? 俺がいなかったどうするつもりだったの!?」
「男の子でしょう? これくらい食べるかと思って」
「……まぁ食べれるけど」
一段目を開ける。中身は綺麗なもので盛り付けが上手かった。彩り豊かで、詰め方も妙にプロっぽい。ただ……。
「茶色いな……。揚げ物にウィンナーに……なんでこんな風に?」
「男の子ってこういうの好きなんでしょう?」
まあそうだけど、と斗真。凛花は箸を手渡す。しっかり二人分用意されていて、いかに用意周到かが伺える。
「じゃあ、いただきます……」
「待ちなさい。違うでしょ?」
「へ……?」
斗真は既に一杯の頭をまだ動かす。何があったっけ……。食べたらおいしいって言って、次にありがとうって言って、それから……。
「はい。あーん」
「あ、あーんって……っ」
俺の目の前に差し出されたのは、黄金色に輝く唐揚げ。
いや、うん、うまそうではある。めっちゃ。
でもさ――
「……人目、って概念はあるよな? 星野」
「あら。私が人目を気にするように見えるの?」
にこりともせず、どこか小馬鹿にした笑み。美人ってこういうとき得だよな。
「いや、してくれ。頼むから今だけは人類の常識に従ってくれ」
「それ、唐揚げに向かって言ってるの?」
「違ぇよ。お前だよ」
衝撃的な展開に頭がパニックになる斗真。いやそういうのって付き合ってからさらにある程度時間が経って、ってやつじゃないの!? 目の前でから揚げがふわふわと踊っている。
斗真は思考を放棄し、あるがままを受け入れた。
「おいしい?」
「……。ああ、美味いよ」
「そう」
「本当に美味い。これ、時間がかかるやつだろ。漬け込みとか」
「え、ええ、まぁ」
「冷凍とかじゃない。ちゃんと作ったんだ。そりゃ美味いよ」
そしてご飯をかきこむ斗真。すこしぽかんとする凛花。
(斗真様、気づいてくれるのね。ますます惚れてしまうわ……)
表情には一切出さない凛花だが、尻尾があったらぶんぶん振り回していただろう。
「しかし……いいのか、こんなことをして」
「いい、というのは?」
「いや目立つだろ、普通に」
教室にはほかにも弁当勢がいる。そいつらからの視線が痛かった。
「……別に。知っているでしょう、私のことなんて」
「あ~……」
星野凛花。クラスでは頭一つ抜けて、学年で見てもトップクラスの美少女だ。彼女が言っているのは外見も含め、周りからの扱いがどうかという話。
昨日、学級委員を決める時があった。最初に決まったのは星野だったわけで、普通なら美少女と一緒にいられるとなれば男子の争奪戦が起こりそうなものだが、そんなものはなく。皆、面倒を回避するような感じだった。
「どうして、立候補なんてしたの。斗真」
……どうしよう。催眠アプリの実験だぜ~。なんて、言えるわけないし……。
「それは、俺もバカな男だってことだよ」
「どういうこと?」
「惚れたなんとやら、だよ」
口にするのはなかなかに恥ずかしいものだったが、頬が熱くなるのを感じながら正直に答えた。こんなセリフ、自分の口から出るとは思わなかった。
「言っとくけど、他言無用だからな! これは言う事を聞いてもらうぞ」
「……ええ。”そう言われたら”、黙っているわ」
催眠で言いなりになっている彼女は口にしないだろう。これで一安心。……と思っている斗真だが、そんなものなどない凛花は冷静を装いながら聞いていた。
(いままでにいろんな男子がいたけれど――斗真、あなただけは……)
ある一方では恥じらいを、ある一方では心地よい時を過ごしていた。
* * *
一方で斗真から離れた男子二人。
「悪い。トイレ行きてぇから先に行くな」
「ああ」
学食内で解散する二人。その一人、伊藤京介はトイレではなく、人気の少ない校舎端の階段へと向かっていた。
「——斗真は、まぁ、星野とイチャついてるころじゃないだろうか」
「……」
「そんなにカリカリせずともチャンスなんてすぐにでも巡ってくるさ」
「……」
「逆効果になりかねないが、俺が間を取り持ってもいいんだが」
京介はとある人物と会話していた。その人物は催眠にかかったフリをしている一人。——京介もまた、コチラ側の人間だった。
「しっかし本当に催眠に手を出すとは、あいつもなかなかアレだな」
「……!」
「怒るなよ。——なに、上手く立ち回ってやるさ」
そう、斗真の周りにはたくさんの勢力が渦巻いていた。
——それは、一人だけではない。
学食を食べていた長谷川直哉。京介が離席し、空いた一席に一人、やってきた。
「斗真? 星野に捕まってるよ。たぶん星野は出来るだけ外に出さないようにするんじゃないか?」
「……!」
「焦るなよ。一見劣勢に見えても、点数差は知れてる。逆転なんてすぐにできるさ」
普段は明るく、ちょっとバカっぽい直哉だが、別の顔ではバカはなりをひそめている。
「……」
「なに。お前さんの武器はそうとうなポテンシャルがある。……案外、あいつもすぐに落ちるかもしれないしな」
「……!」
「そうは思わない? なに、ちょっと試せば分かるさ」
こうして――。
斗真を巡る戦いは静かに、しかし激しく燃えるのであった。
「さあ、どうする。斗真?」
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