第3話 誰か一人、かかってない
「はぁ……朝からとんでもない目にあった」
教室に着いた斗真。あの女子どうしが揃う事で発生する斥力フィールドの様な圧迫感を感じていた。いつ呼吸するのか分からない、そんな感覚だ。
……と、教室がいつもと違う空気なのを感じ取った。——原因は明白だ。
「それじゃあね、——斗真」
わざとらしく、教室には響く程度の声量で言った凛花。少しいたずらっぽい笑みを浮かべながら。
斗真も自分の席へ向かう。その一挙手一投足が見られているのを感じながら。
「ふぅ……」
ただ教室に来て座るだけでひどく疲れていた。そこへ見える二人の影。
「おい、藤宮。さっきの、なんだよアレ」
声をかけてきたのは、同じクラスの長谷川直哉だった。いつもの調子でニヤニヤ笑っている。こいつはこいつでイケメンだし面倒見がいいしで、いいやつだ。なのに俺なんかと中学の頃から変わらず接してくれている。
「お前、いつの間に星野凛花とそんな仲良くなってんだよ。え、文化祭マジック的なやつか?」
「ちげーよ。それに文化祭はまだ先だろう。昨日は……あれだ」
「なんだよ」
「……」
言えるわけがない。催眠アプリの”広告”の話は彼らも知っている。斗真がグチグチと言っていたからだ。
だがそれを使って、さらに効果があって、それを利用しているなんて。友人だろうが言えるわけがない。
黙っているともう一人が声を出した。
「まぁまぁ。嫉妬深い百合の園に、迂闊に足突っ込んでたら命がいくつあっても足りんぞ」
飄々とした口調でそう言ったのは、眼鏡を軽く持ち上げた伊藤京介。読書が趣味で、メガネをして、物事を一歩引いて見るタイプ。斗真たちの数少ない理性的な相談相手だ。
「それにしても斗真、今朝のあの空気はマジで異常だった。物理的な温度が一度下がってたろアレ。星野さんがああいう声出すと、空間の秩序が乱れるんだなって……」
「やめろ、思い出させんな……ていうか、そんな大げさじゃないって」
「いや、あの星野さんに名前呼びさせていただろう。どうなんだ、アレ」
「どうって……なんか、流れでそうなったって感じ」
ふーん、と一歩引く京介。友人からも詰められるのは堪えるな。なんて油断したのが甘かった。
「——で、”催眠アプリ”はどうした?」
京介の一言に心臓が驚く。なぜ、この話の流れでそれが出てくる!?
「な、なんでそれが……」
「最近のお前の口癖じゃん。朝来て開口一番は、アプリの広告が~、って」
そういえばそうだったか? 邪念が多すぎて覚えていなかった。
その横でキラリと京介のメガネが光る。
「仮に。仮にだ。お前が催眠アプリを手に入れ、それを使ったとして……」
「して……?」
「それは間違いなく”演技”だ。なんでもいうこと聞くような、そんなものはエロ本の中だけだ」
……言いてぇ~。実は本当なんです。って、言いてぇ~。
と内心でモヤる斗真を前に、メガネを直し、こう続ける。
「催眠とは浅眠ともいう。いわば夢うつつといった感じだ」
「さすが京介。博識だな」
「そんなもので人間が変わると思うか? もし本当なら罪人たちはことごとく更生させられているだろう」
「むむ……」
その言葉には確かに説得力があった。言われてみれば確かに、と。
そこに口を挟んだのは直哉だった。
「でもよ、かかった”フリ”してアレってんなら……めっちゃ面白くねぇか?」
「お前、他人事だからって……」
「いやいや、嘘か誠か置いといてさ。今を楽しめって話よ」
チャイムが鳴る。直にホームルームだ。
「またあとでな」
「ああ」
そうして各々解散していった。
(今を楽しめ、ねぇ……)
確かに俺の願ったハーレムは完成しつつある。確かに楽しむべきなんだろうが。
(……いや、完全ではないはずだ)
昨日見た表示。あれでは誰か一人、催眠に掛かってない人がいるはずだ。
直哉や京介の言ったような”フリ”をしている人がいるという事だ。
昨日を頑張って思い出す。……昨日は全員かかっている様に見えた。
なら今朝は? 思い出す。
凛花。なぜか家に迎えに来て一緒に登校した。昨日の催眠で付き合うとか言ってしまったせいなのか? でも普通もうちょっと段階を踏むとか。でも凛とした彼女があんなにデレデレなわけがない。催眠にかかっていると思っていいだろう。
ことね。部活動の一環で、といって家の前を通っていったわけだが、彼女には特別なにか催眠をかけたわけではない。本当に前を通っただけ? そういえば前の別れ際に「またね」と言ってたっけ。それって今日か? 少し怪しい。
ユナ。朝出会ったときはいつも通りの彼女の軽快な彼女だった。しかし気になるのは、昨日のパンツ事件。あれに関しては忘れろといったはず。なのに何故覚えているのか。正直一番怪しい。
(一体だれがかかっていないんだ?)
ホームルーム中はずっとそのことについて考えていた。
一方で星野凛花はというと――。
(彼から言い出した交際。これはかなり強いカードだと思っていたけど、思ったよりヘイトを向けられているわね。独占、とはいかなさそう)
現状について考えていた。予定では朝から二人で登校し、それなりの話題になれば全員に対して牽制出来るかと思っていた。
(まあいいわ。私には同じクラスで、しかも同じ役職を持っているという強みがある。彼を教室から出さなければいいだけの話)
実は催眠をかけようとした五人は全員別のクラスなのだ。単純接触効果が一番狙えるのは凛花の強みだ。
(私が落としてあげるわ。——斗真様)
星野凛花。澄ました顔で凛としているが、その実、ヤンデレ属性を宿す危険な存在であることを斗真はもちろん、他の女子たちもまだ気づいてはいない。
―――――――――――――――――
お読みいただいてありがとうございます。
よければブクマやこの下の星でポイントをつけて応援していただけるととても嬉しいです。
毎週月・水・金更新予定です!