第29話 如月ユナは最後まで
ピンポーン。
藤宮宅の呼び鈴が鳴らされる。今日は随分と早い。
「お兄ちゃーん、出てー」
「あいあい……」
どうせ凛花だろうと思っていた。開けるまでは。
戸を開ける。そこにいたのは――。
「ユナ?」
「やっほー」
予想外の来客だった。 その軽い挨拶とは裏腹に、ユナの目は真剣だった。いつもの飄々とした笑顔の奥に、何か覚悟を決めたものがあるのがわかる。
「ちょっとだけ、時間もらっていいかな?」
「……ああ、いいけど」
ユナはリビングには上がらず、玄関先に座り込んだ。
「え、そこで話すの?」
「うん、ここでいいよ。あたしの番、そういう立ち位置かなって」
そう言って、膝を抱える。斗真も戸を開けたまま、向かいに腰を下ろす。
「お兄ちゃーん?」
「気にしなくていい、澄乃」
妹は奥に引っ込ませる。
「ねえ、斗真くん。あたしが一番最初にアプリに“かかった”の、覚えてる?」
「ああ……確か、あの時は……」
ユナが「笑いながら」命令に従ったことを思い出す。その時から、妙に「芝居がかってた」ことも。
「ね、ちょっとしたクイズなんだけどさ。あたし、最初から『かかってなかった』って、気づいてたと思う?」
「……え?」
その告白に少し戸惑う。そうか、とも思うし、本当に? とも思う。
「答えは――うん、たぶん気づいてた。ていうか、自覚はあった」
ユナは少しだけ目を伏せて、続ける。
「あたしね、演技上手いタイプじゃないから。最初は乗っかってるだけのノリだった。でもね、気づいちゃったの。“言われたこと”よりも、“言ってる斗真くん”を見てる時間のほうが、ずっとドキドキしてたことに」
「……」
「催眠なんて関係ないのに、気がついたら、勝手に好きになってたの。ずるいよね。アプリも、斗真くんも」
ぽろりと、口をついて出た言葉。それはどこか、長く溜め込んでいたもののようだった。
「普通さ、そんなアプリあったらもっと”振り回す”と思うんだよね。例えば私なんか、さ」
そう言ってユナは自分の胸を持ち上げて強調する。確かに目立つし、男子の視線が集まるのも納得の胸だ。
「——こんなだから、もっとエッチな命令とか、されるのかな~って思ってた」
「……まあ」
「あ、ちょっとは考えたんだ。やっぱりエッチだったんだね~」
「それはなんというか、不可抗力だろ」
そういう目があったことを恥じる斗真。だがユナはそこまで悪い気はしていない様だった。
「——いいよ。斗真くんだから、許してあげる」
とても暖かな声だった。彼女の優しさというものが現れたような、そんな優しい声音。
「でもねっ、私も不完全燃焼というか、斗真くんは私のこと分かってないと思うんだ」
ちょっと子供っぽく、でも彼女らしくそう告げる。
「だからさ――今日、来たの」
ユナはゆっくりと立ち上がる。戸の前に立つ斗真の前に歩み寄って、一歩、また一歩と距離を縮めていく。
「このまま、誰にも想いを伝えずに見送るなんて……あたしのキャラじゃないから」
「ユナ……」
「斗真くんがどんなにバカでも、落ち込んでも、全部ひっくるめて、好きだよ」
そして、ユナはそっと背伸びをする。斗真の襟を掴んで、柔らかく、唇を重ねた。
それは短くて、でもすごく熱を持ったキスだった。
離れた後、ユナはそっと目を伏せて言った。
「これで、あたしの番はおしまい。ね? フェアでしょ?」
そう言って、小さく笑った彼女の顔は、いつになく大人びて見えた。
「それじゃあ、先にいくね――」
「待て」
その声に止まるユナ。だがそれを笑ってみせた。
「もう……催眠はかかってないから、言っても聞かないよ?」
「いや違う。俺、ユナの事——」
「——駄目。斗真くん」
すんでのところで、しかしはっきりと静止させる。
「その先は、みんなの思いを聞いてから。私一人なんかで決めちゃダメ」
一度振り返って、しっかりと目を見て話す。
「あなたは皆の思いを受け止める責任があるわ。その責任を、最後まで全うしなきゃ」
「……」
斗真はそれを黙って受け入れた。
「……じゃあね。——みんなを、よろしく」
そうして、ユナは出て行った。
* * *
<ユナ、終了しました〜。次の方どうぞ~。
グループトークに、そんな一文が送信される。
「っと……」
彼女は学校に向かう。その背後から声が掛かる。
「よかったのか?」
「……なにが?」
声の主は真雪。彼女もまた観察者に過ぎない。
「最後かもしれんぞ?」
「そんな~。死ぬわけじゃあるまいし~」
「——死ぬぞ。心がな」
シンとする一帯。何もない、誰もいない。
何者も、彼女を止めるものはいない。
「……よくない」
声が漏れたのはユナだった。
「嫌だ……。私だって、もっと斗真の隣で……一緒に……」
俯いた彼女から大粒の涙が溢れていた。
「……嫌だ。斗真ぁ……」
「全く。そのくらい素直にやっていればよかったものを」
「……嫌だ。こんなブサイク……」
「あれも嫌、これも嫌か。……もしかしたら、いちばん手がかかるのは、キミだったのかもしれないな」
真雪は優しく抱擁する。彼女が落ち着くまで、ゆっくりと。
(さあ斗真。君の選択を見せてくれ)
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