第18話 綾小路ことね、Go beyond.
斗真と紗良、二人揃って帰る準備をする。
「そういえば紗良は帰る方向は?」
「門を通ってから東へ」
「ちょっと寄り道するから途中まで一緒かな」
「……そう」
もう少しいられる。そう思うと少し胸がわくわくする。
「じゃあ――」
紗良が声をかけようとした、その時だった。
「やあ斗真君」
階段の上から降りてくるのは生徒会長、皇城真雪だった。
ただ階段を降りてくるだけなのに、夕暮れの校舎も相まってものすごい神秘を帯びた感じになっている。特徴的な銀髪が一層輝く。
一段、一段と降りる姿はまるで――。
「——きゃあ!」
最後の一段で態勢を崩した。残りの階段を見誤った感じのコケ方をした。……そういえばこの人初めて会ったときも部屋でコケてたな。
「ちょっと! 大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫。君は嫁入り前の女性の尻にアザがあっても気にしないタイプか?」
「どういう切り返しですか。お尻より足首とか大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。だが恥のほうが深刻だ。君の前で嬌声を上げたことの方が深刻だ」
「嬌声って。まあ先輩は思ったよりかわいい寄りではありますが」
「なに? かわいいと言ったのか? 慧眼だな。そうだ、私はかわいいぞ」
……などと会話をする二人。それを黙ってみている紗良。紗良は図書室で十分に斗真成分を吸収したので多少のことでは動じなくなっていた。
そんな、やや離れた紗良に忍び寄る影二つ。
「……! もがが……!」
背後から忍び寄る凛花と葛城によって静かに拉致られていった。
「気をつけてくださいね。俺は帰りますけど……」
「待て、私も雑談しに来たわけではない。用事はここからだ」
ぱんぱんと制服を払い、改めて向き直る。
「実は綾小路女史が保健室にいる。君たちは家が近いんじゃなかったかな? 彼女を迎えに行って欲しいんだ」
「綾小路……、ことねか。分かりました。で、なんで保健室に?」
「なんでも部活中になにかあったらしい。詳しくは本人に聞いてくれ、ではな」
そう言って振り返る真雪。斗真も振り返るが……。
「あれ? 紗良は?」
「南雲女子なら先に行ったぞ。帰ったんじゃないか?」
一緒に帰ろう……とは言ってないか。命令はしてないし、帰っても不思議ではないか。
(じゃあ保健室に向かうか)
そう思い保健室へ向かう事にした。
一方、紗良は……。
「……ぷは。なんなんですかあなた達」
「説明は道すがら、ね。とにかく斗真くんを追うわよ」
三人が合流し、斗真を追う事になった。
* * *
保健室。中等部の方にあったのか、そして人気がない。
とりあえずノックする。……反応はない。とりあえず入る。
「ことね? いるか?」
「トーマ!? なんでここに……っと」
カーテンの向こうでパタパタとしている音がする。いるのはいるらしい。
カーテン越しに会話をする。
「なんか部活であったって聞いて……大丈夫なのか?」
「う、うん! 全然平気だよ、なんにもなってないし」
「そうなのか? だったらなんで保健室になんて……」
と言葉が返ってくるより先にカーテンが開けられる。
「……ほら、ね?」
斗真の目の前に立つことねは確かになんともなさそうだった。では何故保健室に、という疑問は当然あるが……。
「……帰るか?」
「うん……」
幼馴染特有の以心伝心とでもいうか、多少の疑念や不自然さがあっても特に掘り下げたりしない。なんとなくで察するのだ。
——もっとも、それが優秀であるとは限らないが。
二人して保健室を出る。校門へ向かって歩いていく二人。……を追う影四つ。
「何あの空気感……」
「さながら夫婦のようだな」
葛城と真雪がぼやく。その後ろに凛花と紗良も控えている。
「ふん。たかが幼馴染がなんだというの。現状優勢なのはお付き合いしているという体の私のはず」
「しかし本で読んだことがあります。こういった男女の仲には過去の出来事が大きく関与していると」
「へぇ。例えば?」
「子供の頃のプロポーズ、とか」
「——ハッ。ただの児戯でしょう?」
「そうでしょうか。存外女性はそういったことに執着するケがあります。——あなたが彼女という立場に固執するように」
「……」
凛花と紗良もこそこそと話していた。
「よし、我々も学校から出るぞ」
* * *
斗真とことね、並んで歩く二人。
特別な空気感などはない。普通に”友達の距離感”だ。
「ホントにいいのか? ただ買い物して帰るだけだけど」
「いいって言ってるじゃん。ほらいこ」
二人はスーパーに入った。少しして続く四人。
すごく普通に買い物をする二人。
「う~ん。気分は肉だが魚が安い、悩むな」
「豆腐が値下げされてたわ。魚の煮つけにでもしたら?」
「なるほど、それはいいな。肉は買って冷凍しておくか」
カゴに入れていく二人。まるで家族かのような買い物。
不意に斗真が口にする。
「ことねは何が食べたい?」
「え……」
「せっかくだしウチで食って行けよ」
「え~……あ~……」
悩むことね。魅力的な提案だ……しかし気になるのは他の女の妨害……どうするか、と考えたが――。
「……もっかい言って?」
「ん? だから”ウチで晩飯食っていけば”って……」
同じタイミング。二人して気が付く。
(無意識に”命令”を出した! 普通に会話してるつもりだったのに!)
(今のって”命令”よね! 断れないってやつよね!)
「……」
「……」
一転、気まずい空気が流れる。二人して固まる。出てしまった言葉は取り消せない。
「……いくか」
「……うん」
頬に朱を浮かべながら二人はスーパーを出た。それを追う四人。
「なんでしょう。一瞬で空気がエッチになりましたね」
「これが幼馴染の力だというの……!」
「ああやって誘導するのね。次は私が!」
「パワーバランスを見誤ったか? まさかこれほどとは」
一瞬にして変わった空気に慄く四人。全員が侮っていた、幼馴染バフ。
そんな絶妙な空気を保ったまま藤宮宅の前まで来た。藤宮宅はなにも変わらない。だが今は、そういうホテルかのような佇まいをしている……様に見える。
そして二人は藤宮宅へ消えて行った。
「「「「……」」」」
四人は敗北を悟った様な顔をする。
「また明日、だな」
真白の一声で四人は散った。
その夜、藤宮宅は電気が消えるのが遅かった。
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